第151話:不倫と忘れ物。


「ほっほっほ……怖気づいてしまったかと思うたわい」


 カウンター裏のドアから奥へ進むと、爺さんが待ちくたびれたという様子で笑った。


「これは昇降機になっておる。これで下った先をまっすぐ進むがよかろう」


 爺さんはそう言いながら昇降機の扉を開け、俺達を中へ促す。


「これはどこに通じているんですの?」

「行けば分かる事じゃて……では健闘を」

 ガシャンガシャン!


 爺さんの言葉は最後まで聞き取ることができなかった。

 ガチガチと機械音をたてながら俺達の乗った箱型昇降機が降りていく。

 要はエレベーターだ。獣人の隠れ里みたいな遺物ではなく、もっと人の手で作ったと分かるメカメカしい物だったが、無事に地下まで辿り着く事が出来た。


 扉は自動で空いてくれなかったので自分でこじ開けると、真っ暗な通路が続いている。


「……なんだここは?」

「暗くて怖いですわ」

「まぱまぱー、奥に誰かいるみたいだよ」


 困惑する二人とは違い、イリスはとてとて奥へ走って行ってしまう。

 俺やイリスにはこのくらいの暗闇なんて事無いが、ぽんぽことロリナにはあまり見えていないようだ。


「おいイリス、一人で先に行くんじゃない! ぽんぽこ、俺の手を取れ。エスコートしてやるよ」


「はいですわ♪ ほらロリナもわたくしの手を取りなさい。一緒に案内してもらわないと危険ですわ」


「くっ……不本意ではあるが止むを得まい……」


 二人を先導する形で通路の奥を目指す。

 途中で曲がり角があったり、地面に凹凸があったのを気を付けるように言いながら進んだ所、奥からわずかに光が漏れていた。


「まぱまぱーはやくー♪」

「イリス待てって! 一人で行くな危ないかもしれないだろ?」

「はぁーい」


 イリスが悪びれる素振りもなく光の手前で立ち止まり俺達を待つ。


 そして、ゆっくり光の漏れる方へ手を伸ばし、そこにある扉を開けると……。


「ミナトちゅあぁぁぁぁぁん! 会いたかったぜぇぇぇっ!!」


 扉を開けた瞬間俺の目の前に人の顔があった。

 誰かが俺目掛けて飛びついてきたらしく、あまりの出来事に頭が真っ白になって避けるのが遅れた。


 ……が、飛びついてきた男の顔面が俺の顔面に触れてしまいそうになる瞬間、そいつが空中で停止した。


「ジキル……お前という奴は……」

「貴様、余の妻になる者になんという事を……」

「じ、冗談だ冗談っ! ミナトちゃんなら絶対かわすって分ってるから出来る冗談だ!」


 ……待って、なんだこれ?

 状況を整理しよう。


 俺に飛び掛かってきたのはジキルで、それをクイーンとエクスが阻止して、周りには見た事ない奴等が沢山いる。


「……ここどこ?」


 その質問に答えてくれたのはロリナだった。


「ここは英傑祭の控室だな。こんな所に繋がっているとは……英傑王専用の裏口か?」


「余専用、という訳ではないが、ここ数年使っているのは余だけであろうな」


「ここに居る連中はみんな英傑って事か。なんで俺達をこんな裏道から入れたんだ?」

「普通に正面から入ろうとすると手続きがいくつも必要なんでな。ここに直接通してしまった方が早い。話は通しておくから心配は無用だ」


 ……やだ、このイケメンめっちゃ気が利く!

『きゅん♪』

 やめろ。それはやめとけマジで。


「誰だァそいつは……」

「どうやら英傑王が推薦した方のようですね」

「へぇ、英傑王に認められるなんて凄い人だね。僕の名前はゼット、宜しくね」

「奴隷を二人も連れ込んで獣臭くなるだろうが……」


 なんだか俺の周りにわらわらと英傑が集まってきてとても嫌な感じだ。

 こういう集団に放り込まれた時の疎外感ときたらたまらん。

 ただ最後の奴だけはいずれぶん殴る。


『コミュ障だもんねぇ……』

 そこまで酷くはねぇだろうよ。


「うるさいぞ。恐らくこのミナトはここに居る誰よりも強い。無論余よりも、だ。死にたくなければ散れ」


「あぁン? 英傑王よりも、だとォ……?」

「それは……怖いですね」

「ひぇぇ……僕なんかが気軽に声をかけていい相手じゃなかった……」

「ちっ……」


 英傑王のおかげで俺を取り囲む集団は散っていったが、なんだろう。これはこれで疎外感が凄い。

 そして無駄にハードル上げないでよ……。


「もしやそちらのお嬢さんはミナトの妹か何かか?」


 英傑王が顎でイリスを示す。


「ちがうよー? あたしはまぱまぱの娘なんだぁ♪ よろしくね英傑王のおじさん」


「お、おじっ……!?」


 控室が一気にざわついた。

 英傑王エクスをおじさん呼ばわりしたというのはそれだけ大問題なのだろう。


「い、いや……それはいい。それよりもミナト、む、娘というのは本当なのか? 貴様、俺を差し置いてどこの誰と……!」


 再び控室がざわつく。


「英傑王マジ惚れじゃんあいつほんと何者……?」

「でも子持ちでしょ? まさか不倫……?」

「英傑王に限ってそんな事ないです! あの女がたぶらかしたに決まってます!」


 ……おいおいおい。

 英傑王って英傑の連中からかなり尊敬されているらしく、男性陣からはいつか超えるべき壁、あるいは尊敬すべき存在。そして女性からは憧れの対象になっているようだ。


 その中にジキルとクイーンは含まれないようだが。


「イリスは俺の娘だが、どちらかというと俺じゃなくてその……」


 俺はエクスの耳元に顔を寄せ、小声で「イルヴァリースの娘なんだよ」と告げた。


「なっ!? なん……だと……? 何故そういう事を早く言わないのだ!」


「痴話喧嘩よっ!」

「ハッ、くだらねェ……」

「あの二人……どういう関係なんだろ。気になるなぁ」


 ……その後もしばらく控室のざわつきは収まる事がなかった。


 それより、俺は一つ重大なミスを犯していた事にやっと、ここに来て気付く。


「そう言えば一緒に居たあの英傑はどうした?」


「……は?」


「「「あっ」」」


 俺とロリナとぽんぽこが同時に声をあげる。


「「「ジオタリス忘れてた!」」」





――――――――――――――――――――


名前はほとんど出てない物の沢山新キャラが登場しました。

でも、あまり覚える必要はありません(笑)

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