第149話:乙女の空論。
「さて……そろそろ行くかぁ」
「ごしゅじん、あんまり元気なさそうですぅ」
やっとの事で重い腰をあげた俺に声をかけて来たネコの頭をわしゃわしゃやりながら考える。
人の前に姿を現さなくなった王と会う為には英傑王になる必要がある。
これから帝都で英傑祭に臨み、俺かエクス……あとついでにジオタリスのうち誰かが英傑王になれば称号授与の際に確実に王に会う事が出来る。
問題はそこからで、ただ会うだけじゃダメだ。
今起きている事を説明し、理解を得た上で真実に迫る必要がある。
仮にその場にヴァールハイトが居たならば、実力行使も視野に入れなければならない。
本来なら王に会うまでにこの件の真相を突き止めておくのが最善だったのだけれど、現状ヴァールハイトを直接問い詰めるのが一番早い。
……というよりそれくらいしか方法がないんだよなぁ。
「そろそろ行きますわよっ! 準備はよろしくて?」
ぽんぽこがネコから俺を引き剥がし、腕を掴んで引きずるように家の外に出る。
「お、おい……」
「ミナト様!」
「な、なんだよ急に……」
「わ、わたくし……元の姿に戻ったら、その……」
……? 急にぽんぽこがもじもじと身体をくねらせ始めた。
『おーっ! ついに来たわね!』
何がだよ。
『告白タイムに決まってるじゃない!』
……はぁ? んなアホな事があってたまるか。そもそもこいつは一国の姫様だぞ?
そして俺は国外からきた一般人だ。どう考えてもそうはならんだろ。
「その、改めて交際を申し込みたいのですがっ!」
『なっとるやろがい』
……本気か? 姫がそんな事言っちゃだめだろうよ。それに今この外見女だよ? 世間でどんな風に思われるか分かったもんじゃない。
「あのなぁ、その交際ってどういう意味で言ってるんだお前」
「と、当然け、けけ結婚を前提に……!」
そうはならんだろって。
『なっとるやろがい』
「な、なりませんっ! 姫とこいつでは身分が違いすぎる!」
ロリナが物凄い勢いで俺と彼女の間に滑り込んだ。
俺にとっては助け船であり、ぽんぽこにとっては邪魔者だったかもしれない。
「なっ、乙女の告白を盗み聞きするなんてロリナのばかーっ!」
「そ、それは申し訳……って姫までロリナ呼びに……!?」
「やーいナージャのロリナーっ!」
完全に嫌われたなこいつ……。
「くそぅっ! 断じてこんな得体のしれない男だか女だか分からないのと結婚だなんてダメだダメだ!」
自分では分ってても人から言われるとちょっと傷付くなぁ。
でもここは乗っかっておいた方がよさそうだ。
「そうだぞぽんぽこ、俺は所詮ただの一般人だからな。姫様が俺なんか相手にしちゃダメだろ」
「……はい? 何言ってやがるんですの? ミナト様はかの有名な伝説のイルヴァリース様の力を持っている素晴らしい人ですわ。それに、身分の事なんてどうだっていいじゃありませんの。どうせ英傑王になりますわ♪」
……えっ。
「ロリナも相手が英傑王ともなれば文句ありませんわよね?」
「姫ぇ……し、しかしそれは……」
「しかしもしめじもありませんわ! これだけお膳立てが出来た状態でもわたくしの思想と理想を否定すると言うんですの?」
「め、滅相も無い! そうじゃない、そうじゃないけど……! ぐぬぬ……」
ロリナが納得できないという表情のままぽんぽこに言いくるめられてしまった。
そこはもう少し頑張ってくれよ……。
「おい貴様」
ロリナの次の標的はこちららしい。突然寄って来たかと思えば耳元で殺意の籠った声を漏らす。
「負けろ。英傑王になったら殺す」
「……か、考えとくわ」
俺が英傑王にならずに済めばそれが一番だって俺も思ってるよ。
だからと言ってジオタリスはアレだし……俺の知らない英傑達も沢山いる。そうなればエクスに頑張ってもらうしかない。
「ロリナ……? 分かってると思いますけれどミナト様が上手くやって下さらなければわたくしたちはずっとこの身体のままですのよ? ロリナはそれでいいんですの?」
「それは……良くはない……でも、こいつと姫が……ぐぬぬ……私はどうしたら!」
なんだかこの二人のやり取りを見ていたら微笑ましくて笑ってしまった。
『この議論の中心が君だってのに随分呑気なのね?』
それはそれ、これはこれ、だよ。
こいつらが本当の姿を取り戻して収まるべき場所に収まったらその時改めて考えればいいさ。
それまでは全部机上の空論ってやつだからな。
『乙女が意を決して告白したのを机上の空論で済ますとかなんという鬼畜……!』
俺は面倒な事は出来る限り後に回すタイプなんだ。
『そのタイプが幸せになれたのを見た事がないわ……』
……それはちょっと分かるなぁ。
「おい、そろそろ行こうぜ」
イリスを呼びに行かないとな。
「あっ、はいですわ♪ ……ちょっと待って下さいまし、わたくしまだ返事もらっておりませんわ!」
「ダメだダメだ! やっぱり私は認めないぞ!」
ほんとこいつら見てると飽きないわ。
「まぱまぱー、準備出来たよー」
そんなひと悶着も知らず、イリスがにっこにこしながらヒラヒラワンピースを翻しながらやってきた。
うん、うちの娘は今日も可愛い♪
ちょっとだけやる気が出て来たぜ。
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