第136話:大惨事に貸し一つ。


『大丈夫? 代わってあげましょうか?』

 いや、ちょっと吐き気は残るが大丈夫。ちょっと油断しただけだ。


 いろいろな人物の記憶を引き出せるから。

 六竜のイルヴァリースと同化しているから。

 人間ではなくなって強度が上がっているから。

 そんな油断があったのは否めない。


 クイーンは直接拳で戦う格闘タイプのようだが、まさかこんな戦い方をするとは思わなかった。

 アリアと似たタイプだと思ったけど、どちらかというと真逆だ。

 アリアが力でねじ伏せるスタイルだとしたらクイーンはスピードで攪乱して的確な一撃を入れていくスタイル。


 切られても殴られても身体へのダメージは気にしなくてもいいと思ってた。せいぜい痛いと感じる程度だろうと。

 でもこんなやり方があるんだと勉強になった。

 脳味噌が頭の中でばいんばいんと頭蓋骨に叩きつけられたような感覚。


「うえぇぇ……っ」

「ふん、他愛も無いな。それで六竜だと……? やはり信じるには値しない」


「……はぁ、お前が俺を殺す気で追撃してこなかったおかげで回復したよ」


 さっきみたいなのを連続で三発ほど食らったら意識が吹っ飛んでたところだ。


「……アレを喰らってまだ立つ? 完璧に入ったはずだが?」


「あぁ、俺は回復も早いんだよ。それに……もう同じ手は食わないからな。殺さない程度に加減はするが、やり過ぎても恨むなよ」


 クイーンは一瞬呆けたような顔をしてから、盛大に笑った。


「笑えない冗談だ」


 今思いっきり笑ってたじゃねぇかよ。


 再び彼女の姿が視界から消える。本当に物凄いスピードだ。

 こいつの凄い所は固有の能力を全て移動に費やしているところだろう。攻撃力は英傑の武器に依存している。


 インパクトの瞬間に振り抜いた方向へ衝撃波を放つ類だろうか? 先ほど一発くらった時は一瞬で頭がぐわんぐわんになったが、それは顎に食らったからであって他の場所で受ければどうという事もない。


 つまり、防ぐだけならどうにでもなる。


 ばぎん! という音を立てて障壁を殴りつける音が響いた。


「くっ、君は魔法も使えるのか!?」


 しかし障壁にも一撃でヒビを入れてくるあたり、単なる衝撃というよりは内部に響かせるタイプの攻撃なのかもしれない。


「俺がこの障壁を張り続ける限りお前の攻撃は通らないぞ?」


「そんなもの、砕けばいい!」


 クイーンが姿勢を低くして拳を思い切り引いた。力を溜めた一撃を用意しているんだろうけれど彼女の戦闘スタイルに合ってない。


「私が速さだけの女だと思ったら大間違いだぁぁぁっ!」


 確かに、彼女の拳に輝きが集まっていき、この後強力な一撃が来る事を予感させた。

 ので、クイーンの一撃にあわせて障壁を解除する。


「なっ!?」


 障壁を殴るつもりで振るった拳は空を切る。

 まるで階段でもう一段あると思って踏み出した足が空を切った時のようにバランスを崩すクイーンの腕を掴んで、内側にぐぎゃりと捻りこみながら彼女の顔面を地面に叩きつけた。

 部屋でやられたのを俺はまだ根に持ってるからな。


「ぐはぁっ!!」


「どうする? もうやめとくか?」


「まだまだぁっ!」


 鼻血を噴き出しながらもクイーンが飛び起き、叫ぶ。


「確かにかなりの手練れ……! でもそれが六竜の証明には……ならないっ!」


 今度は流れるようなコンビネーションを、これまた高速移動しながら高速で繰り出す。


「何度も言うが俺は信じてもらわなくたっていいし、むしろ忘れてもらった方が助かるんだが……証明しなきゃコレが続くんだろう?」


 返事をしながらクイーンの拳を全て軌道を逸らす事で受け流した。


 これには複数のスキルを使用して対処した。

 以前お世話になった魔導シューターのスキルを使用。

 オートターゲット。自分が指定した種類の物を自動でターゲッティングしてくれるスキルだ。

 本来は敵にターゲッティングして、攻撃を放つ事で確実に対象にヒットさせる事が出来る……という物だが、今回はそれを防御に使わせてもらった。

 これが剣などを使用する敵だったら難しかったが、拳で戦うクイーンだからこそその攻撃を点としてとらえる事ができる。

 彼女の拳をターゲッティングしてしまえばあとは攻撃……という名目で俺は手を翳せばいい。

 迎撃する為に俺の手は勝手に動き、クイーンの拳へと向かっていく。

 彼女の拳へ別の方向から俺の掌が向かう事になるので、別方向からの力を加えて受け流すという形になる。


「くっ……! お前が私を納得させるまで、殴るのをっ、やめないっ!」


 力の差は既にこれ以上ない程伝わっているはずなのに……。そういう事なら仕方ない。


「なぁ、万が一の場合は出来る限りの治療をするから、お前は今から全力で防御してくれ。信じられるようにしてやるから」


 彼女は俺の言葉を無視して攻撃を繰り返そうとしたが、ギャリギャリと音を立てて変形していく俺の腕を見た瞬間、引きつった笑みを浮かべて防御態勢を取る。


 軽くでいい。リングから相手を吹き飛ばす程度で。俺がそれだけ加減をしていると伝わりさえすればそれでいい。その為には……。

 よし、あれでいこう。


「こんなところに居ましたのね! 探しましたわーっ!」


 バンッ! と勢いよく部屋のドアが開かれ、ぽんぽこが乱入してくる。

 ドアを開けた際の音にびっくりして力加減を間違えてしまった。


 次の瞬間、俺のデコピン……デコに対してじゃなくてもデコピンでいいのだろうか? とにかく俺のデコピンでクイーンの左半身が吹き飛び、血しぶきが部屋中に飛び散ってぽんぽこの頭上に血の雨を降らせた。


 どちゃりと崩れ落ちるクイーン。

 焦る俺。

 白目を剥いて倒れるぽんぽこ。

 呆れ顔で現れるネコ……じゃなくてアルマ。


 あぁ助かった。


「頼む、今すぐこいつを何とかしてくれ!」

「これは一つ貸しですからね?」


 意地悪く微笑むアルマがクイーンを即座に元の形に戻し、ギリギリでなんとか修復する事が出来た。


 元々神職のネコに癒しのアルマという組み合わせは想像以上に回復に特化している。俺の回復魔法よりよほど迅速で強力だ。


 ただ、再生するというよりは飛び散った物がずるずると元の場所に戻っていくような光景は刺激が強すぎる。

 飛び散った人体が元に戻っていく光景はかなりグロくて頭が痛くなった。


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