第135話:クイーンは疑り深い。


 なんやかんやで結局一通り説明する羽目になった。

 まずはぽんぽこが、俺達と出会うまでの事を、そこから引き継いで俺が自分たちの事を簡単に。


「な……なるほど……にわかには信じられないがそれが事実なんだろうな。少なくとも私には姫が本物のポコナ姫だという事だけは信じられる」


 だけは、と強調するという事は俺やネコの事については信じた訳ではないという事だ。


 というかこれが普通の反応だし、信じろという方がどうかしてるのだ。


「わたくしの事だけではなくミナト様の事も信じて下さいませ」

「しかしこの人物がイルヴァリースであちらがアルマだなんて……荒唐無稽すぎて……」


 疑り深い女だが、俺は妙に安心していた。

 この街の事や、恋愛の趣向などはおいといてやっとまともな奴が現れた事に対する安堵がすごい。

 ちゃんと姫の話を聞いてある程度信じてくれて、六竜の話は訝しむ。

 完璧じゃないか。


「ちなみにウォールの街にも寄ってミナト様がジキルをボコって舎弟にしましたわ」

「なんだって? あのジキルを……?」


 クイーンの俺を見る目が変わる。まるで真剣に品定めするかのような視線だ。


「それで、ジキルは彼女に負けてどうなった? とうとう死んだか?」

「いえ、それが……ミナト様に恋をしてしまったようで……」

「はぁ!? あの、ジキルが??」


 あの、ってあたりにとても力が込められていた。

 俺にも理解できる【あの】だったので違和感は全くないけれど。


「ええ、その証拠に獣人と人間との差別意識を無くしていく事に協力してくれる事になりましたわ」

「……あの、ジキルがそれを受け入れた?」

「はい。ミナト様がお願いしたら一発でしたわ」


「……」


 クイーンが無言でこちらをじっと見つめてくる。まともな奴が現れたのは喜ばしいが、こんな視線久しぶりなのでちょっと居心地が悪い。


 ……ロリナとかは俺に対して物凄い敵意のある視線を送ってくるが、六竜だから危険! みたいな感じだしちょっと違う。怖がられたら普通にちょっと凹むし。


「なるほど、少なくとも実力は本物という事か。素晴らしい! 私は君に興味が湧いた!」


 そう言ってクイーンがすたすたと俺の前までやってくると、スッと掌を差し出す。

 握手を求められているようなので緊張しながらもその手を握り返すと……。


「とぉぉりゃぁぁぁぁっ!!」


 事もあろうにクイーンは俺が手を握った瞬間、ゴキリと嫌な音がするほど手首を捻り上げてそのまま力任せに俺の身体を振り回し地面に叩きつけた。


 完全に油断していた為反応できなかったのだが、特別な能力を使った訳ではなく純粋に腕力だけで振り回しただけらしく、俺はほぼノーダメージだった。人間やめてて良かったというべきか。


「なにすんだテメェ」

「ふむ、痛くないのか? 魔法で衝撃を防いだふうでも無かったし……」

「俺の事を試したいならその身体に直接教えてやろうか……?」


 残念ながらここまでされて怒りがわかないような聖人じゃないんだよ。


『わぉ、身体に直接教えてやる! なんて完全にこれからえっちな事する奴のセリフ!』

 ほっとけ!


「それも面白いかもしれないね。君みたいに美しい女性ならば一夜を共にするのも悪くないが……おっと、怖い顔をしないでくれ。そういう意味じゃないのは分かってるさ」


 クイーンは「ついて来てくれ」と言い部屋を出てしまう。

 無言でその後を付いていくと、取り残されたぽんぽこの叫び声が聞こえてきた。


 突然の暴力沙汰にびっくりして固まっていたのだが、俺達が部屋を出てやっと状況が飲み込めたのだろう。


「何してくれやがるんですのーっ!?」


「姫様が大層ご立腹みたいだからやるなら早くやろうぜ」


『早くやりたいなんて大胆なお誘い……!』

 今真面目な話してるから黙ってて下さいマジで。


「姫の信じる者を否定するのは気が引けるが、確かめる事くらいは容認してもらえるはずだ」

「俺は別に信じてくれなくても構わないが?」

「もし嘘なら姫に嘘をついて接触した可能性がある。危険だ」

「危険だってんなら本当に六竜だった方が危険じゃねぇのかよ」


「その場合は姫の言葉は全て本当だった事になる。そこから先は姫の意思を尊重するさ」


 ……ロリナとは別のタイプの忠誠心だな。


「で、どこでどうやって確かめるって?」

「そうだね、ベッドの上で……と言いたい所だけれど手っ取り早く殴り合おうか。ここにトレーニングルームがあるから。さ、入ってくれ」


 クイーンがとある部屋の扉を開けると……そこはまるでボクシングのリングのような物が中央にあるシンプルな部屋だった。

 トレーニング機器のような物もちらほらあるが、俺の知ってるトレーニングマシーンとは形がかけ離れているのでどう使うのかはよく分からない。


「どうやってもいい、私に君がイルヴァリースだと信じさせてみせろ。私は本気で殴りに行くからそのつもりでな」


「生ぬるいんだよ。どうせなら殺す気で英傑の武器使え。その方がこっちも信用させやすい」


 クイーンが今までに見せた事が無いような、不快さを露わにした表情をする。


「私はからかわれるのが嫌いだ」


「そうか、俺は人に試されるのが大嫌いだ」


 ジロリと彼女が俺を睨みつけ、どこからともなく金色に輝くナックルを取り出した。


 どうやら完全物理系のようだ。

 アリアのマッスルコンバージョンみたいな魔法を使うかもしれないので注意しよう。


「いつでもいいぜ、かかってこ……」


 言い終わる前にクイーンの拳が俺の顎を捉え、強い捻りを加えられた一撃が脳を揺さぶる。


「うぇっ……」


 痛い。でも我慢できない程じゃない。

 殺すための攻撃ではなく脳味噌を揺さぶる為の攻撃。

 いくら俺が頑丈になっていたとしてもこれは結構効く。気持ち悪い……!


「うぉぉ、頭がぐわんぐわんする……」


「倒れはしない、か……強度は大した物だが、ただの頑丈な人間にしか見えないな。守っているだけでは証明なんてできないぞ?」


 姫がこの部屋を見付けたら面倒な事になるからそれまでにケリをつけてしまおう。


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