第114話:違う、そうじゃない。


「あ、あのな? 主人と言っても主人と奴隷、みたいな感じじゃないからな? その辺は勘違いしないでくれ」


 伝わったのか伝わってないのか獣人の少女は訝しげな視線を少しだけ柔らかくした。


「でさ、獣人の子がわざわざこんな所まで何しに来たんだ? ユイシスに何か用事か?」


 ネコの奴かむろと二人であちこちでかけてると思ったら知らん間に獣人の知り合いを作っていたとは……。


「あっれー? もしかしてお客さんですぅ?」


 能天気な声をあげてネコが家から出て来た。その満面の笑みに若干腹が立った。


「おい馬鹿ネコ、この名刺はなんだ? お前かむろと二人で何してやがった?」


「ユイシス様は悪くありません! 私が困っている獣人の方を見つけて少しおせっかいをしてしまったのがきっかけで……」


 ネコの肩にかむろがしがみ付いているらしく背中からひょっこり顔を出した。


「……ネコも困ってる獣人を放っておけない気持ちは分るさ。でもここの場所を勝手に第三者に教えるのはダメだろ。俺達がなんでこんな所で暮らしてるか忘れたのか?」


「うにゃぁ……ごめんなさい……」


 ネコが一瞬で意気消沈し、シンクロするようにかむろまでしゅんとしてしまった。

 どうやらお散歩中に怪我をした獣人を助けたのをきっかけに、里の事を知ったらしい。

 で、困ったらここへこいと名刺を作って渡したんだそうだ。


「まぁ過ぎた事はいい。それよりお前を頼って女の子が来てるんだ。話を聞いてやれよシスター」


 嫌味を込めてシスターと呼んでやったのに全く気にならなかった様子で、あっという間に元気を取り戻してだらしない表情になる。


 天真爛漫というかなんというか……うん、ただのアホなんだろうな。


「じゃああとはユイシスが話を聞くから。わざわざ来たんだから中でお茶でも飲んで行くと良い」


 少女にそう声をかけて家に招く。

 オッサにお願いしてお茶を用意してもらっている間に少女が話し初めてしまったので席を外すタイミングを逃してしまった。


「あの、私ユミルっていいます。実はお願いがあって来たんです。私達の隠れ里にちょっと不思議な客が来ていまして……その人の言う事が事実かどうか確かめてほしいんです」


「ふむふむなるほどねぇ~♪ その人が嘘ついてるかどうかを調査したらいいんですかぁ?」


「はい。にわかには信じられないような内容ばかりなので……私にはどう見ても獣人にしか見えないのに自分を人間だって言い張るんです。お供の人はその人に随分振り回されている感じでした。あ、ありがとうございます」


 オッサがお茶を持って来て、ユミルと名乗った少女はそれを受け取りアチアチいいながらゆっくりと一口。


 余程美味しかったのか目がカッと開いて口を半開きにして固まってしまった。


 オッサは悪人のようにニヤリと笑って「今回だけの特別なお茶よ」と言って厨房へ去っていった。


 あの野郎夢の種使いやがったな……?


 夢の種は砕いて粉末状にし、飲み物にほんの少し振りかけるだけでとんでもなく上手いお茶が出来る。中毒になりそうなくらいのが。


 客人にいきなり飲ませるもんじゃないだろうが馬鹿め……大方自分の出した物を相手の意識に植え付けたかったんだろう。

 妙な自己顕示欲出しやがって。


「ところで、その人間だと言い張ってる獣人はどんな奴なんだ?」


 仕方ないので誤魔化しがてら話をそらす為に俺が話題を振る羽目になった。


「それが……どうやら何か事情があって帝都から来たらしくて、里の皆も誰も知らないんです。人間から逃げている所を偶然里の者が見つけて、保護したんですけど……」


 人間に酷い目にあわされて逃げてきたってのに自分の事を人間だと言い張る獣人か……確かに不自然だな。

 人間に余程憧れを持っているか、自分を人間だと勘違いするきっかけがあったか……或いは本当に人間か。


 ママドラなら何かわかるだろうか?


 人間を獣人に変える魔法ってあるか?

『知らないわよ。外見をそういうふうに見せるだけなら魔法でどうにかなると思うけれど、その人は人間だと言い張ってるんでしょう? わざわざ獣人に化ける必要はないわよね? もし本当に人間だっていうなら呪いの類じゃないかしら?』


 ……呪い、か。

 イリスに何重にもかけられていた呪いの事を思い出す。

『まーたおせっかい?』

 獣人に恩を売っておくのも悪くないだろ?


『……はぁ、君はそういう人だものね』

 すまんね。

『今度は獣人にまで恩を売ってハーレムに加えようだなんていよいよ見境が無くなって来たわね……』

 おい、なんかとんでもねぇ思い込みと決めつけが混ざってたんだが?

『しーらないっ♪』


 まったく……ママドラの俺に対する態度がどんどん適当になっていきやがる。


「なぁユミル、例えばだけど……俺はその人の悩みを解決できるかもしれない」


「本当ですか!?」


「本人を見てみないとなんとも言えないけどな。俺に出来る事ならするさ。でも問題もあるだろ? 獣人の隠れ里に人間が入って行ったら大騒ぎだろうよ」


 人間から隠れるように住んでる人達の所に人間が行ったらどんな扱いを受けるか分かったもんじゃない。そもそもその珍客だってよくもまぁ獣人の里で自分は人間だなんて言えたもんだな。

 若干頭が残念なのでは?


「あ、人間全部が嫌いな訳じゃないんです。私達の里の長は……人間ですから」


 ……あ?


「なんで獣人の里で人間が長なんてやってるんだ?」


「実は里の皆は……全員何かしら酷い扱いを受けていた人達なんです。でもそんな私達を逃がしてくれたのが今の長でして……」


 なるほどな。酷い目にあわされてる獣人たちを纏めて避難させて、自分達だけの里を作ったのか。

 なかなかやり手じゃないか。


「人間が行っても大丈夫そうか?」


「長が認めた人間なら……もし来て頂けるのなら、申し訳ないんですがきっと長が直接面談をしてからという事になると思います。勝手ですいません」


 このユミルという少女がやたらと低姿勢なのは以前人間に奴隷として扱われていたからなんだろうな。

 人間の顔色を伺う事が身体に染みついちまってるんだ。


「いいよ。それが当然だろう……むしろそれだけで獣人の里に招いて貰えるならありがたいくらいだ」


「貴女は……長と同じで変わった人間なんですね」


 ユミルはそう言ってにっこりと笑った。

 ここを訪ねてから初めての笑顔。


 それは、人間に動物の耳と尻尾くらいが最強だと思っていた俺の認識が揺らぐくらい魅力的だった。


『……結局惚れっぽいだけじゃない』

 ちゃうわ。俺は元々動物が好きなんだよ!


『性の対象として……? 引くわ……』


 待て違う、そうじゃない。


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