第113話:ある日庭先で熊さんに出会った。


「イリス、そっち行ったぞ」


「任せてまぱまぱーっ♪」


 あれからという物、畑では順調に作物が育っている。定期的にあのヤバい科学者の記憶から活性剤のような物を畑に撒いているのがかなり効いているらしく通常の二倍近い速度で野菜が育っていた。

 かなり危険な物を使ってるんじゃないかとジオタリスに心配されたが、人体に影響があるようなヤバい成分は入ってない。

 成長を無理矢理促しているので味は若干大味だがそれはオッサが上手く調理してくれる。


 オッサは夢の種の処理なんてやってたから普通の料理は出来ないんじゃないかと思ったけれど、料理の腕はプロだった。さすがコックである。


 俺達は最初こそ完全に夢の種に頼っていたが、最近は普通の料理などをメインに生活を安定させてきた。

 たまに心底満足したい時は夢の種を使う。基本的に一週間に一回程度だろうか。


 ジオタリスが心配していたような追手などは来ていないので、俺達の戦いを目撃されていたという事はなさそう。

 それと、ジオタリスの奥さんが上手くやってくれているのだろう。そのうちこいつは解放してやってもいいかもしれないな。


 で、今俺はイリスと何をしているかと言えば……。


「みてみてーおっきいよ!」


「よしよくやったぞイリス!」


 どうという事はない。ただ森に狩りに来ていただけだ。

 ちょっと気になるのは、最近森の動物達がやたら大きくなってきている事。

 もしかしたらこっそりうちの野菜を食ったのかもしれない。


 人間には影響がなくても動物にはある……なんてオチはかなりあり得る。


 そうそう、意外な事にゲオルが農業にハマった。

 ジオタリスとゲオルが毎日畑の管理をしてくれているので俺達は野菜を安定的に収穫する事ができる。

 ネコが手持無沙汰になって暇そうにしているのがちょっと申し訳ないけれど。


 シュマル共和国で質素な暮らしをしていた時はネコに畑関連を全部任せてたもんなぁ。


 料理はオッサが、畑はジオタリスとゲオルが……で、ネコはやる事が無くなってしまったのだ。


 その結果としてフラストレーションがたまっているらしく、三日に一回くらいの頻度で寝込みを襲われるようになった。


 勿論撃退して部屋の外に放り出しているが、たまに俺が爆睡していると翌朝隣に寝てる事がある。

 心臓に悪いからマジでやめてほしい。


 多少問題もあるがとても平和な日々だった。

 あの時のように唐突に壊されるような事がないようにと祈るばかりである。


 でも、俺達は何かあった時の為に人里離れた所に来たわけで、この生活が長く続くのを前提とはしていなかった。


 それなのに失うのが惜しくなってしまったのは毎日が平和で、楽しいからだろう。

 当時の暮らしよりも大人数で毎日わいわい騒ぎながら過ごすのが思った以上に楽しかったのだ。


 昼間はイリスと狩りに出て、帰ってからアリアと稽古をして、ジオタリスとゲオルを冷やかしながら収穫を手伝って、みんなで食卓を囲んで美味い飯を食う。

 そんな日々。


 ネコはたまにかむろとどこかにフラフラと出歩いているようだが、かむろが付いていれば大丈夫だろう。

 ネコだってその気になればアルマの力を使えるんだろうし、かむろも短時間ならばあの館の中に居た頃のような事が出来るらしいし。

 毎日暇みたいだからあまり俺が口うるさく言うのも違うだろう。


 ただ、魔物の姿を見かけたら戦わずにすぐ家に戻って誰かに言うように伝えてある。

 魔物がただフラっと来ただけなら構わないが、俺を探しに来た奴等だったりしたらいろいろマズい事になるしこちらにも準備が必要だからだ。


 しかしそれも俺の取り越し苦労だったのか、何事もない日々がさらに続いた。


 そして、俺達の生活に闖入者が現れる。


「あのー、すいません、ここにシスター様はいらっしゃいますか?」


 丁度俺がアリアと特訓している時だった。

 俺達の家に訪れたのは、獣人の女の子。


 ネコのような人間にしか見えないタイプではなく、見るからに獣人と分かるタイプだった。

 頭の上には丸い耳、身体からは茶色い毛がふわふわと生えていて、強いていうなら熊っぽさが少し強めな感じ。


「シスターって……?」


「あ、あの……これを見て来たんですけど……」


 少女がビクビクしながら俺に見せてきたのは小さなカード型の紙切れ。


「……名刺?」


「困ったらここに来たらいいってシスターに聞いて……それで」


 シスター。

 誰やねん。って思ったけど、少女の差し出した名刺をよく見たらしっかり書いてあった。


【お困りの獣人さんは地図の場所まで! シスターユイシス☆彡】

 その文言と一緒に、ここの場所の地図が簡単に書かれていた。ぼろぼろの紙に適当な手書きで。


 おいおい、なんだこれは……。

 というか、一つの疑問が頭をよぎる。


 ここは人里離れた場所のはずだ。

 周りに街は無い。それはジオタリスにも確認とってある。

 なのにこの少女は一人で歩いてここまで?


「確かに馬鹿ネコ……ユイシスはここに居るが、一つ聞かせてくれないか? 君はどこから来たんだ?」


 それは俺達にとって驚くべき内容だったし、ジオタリスなんて「そんな馬鹿な」とかボヤくほどだった。


「ここから数キロ先の地下に、獣人の隠れ里があるんです……あ、あの! 大丈夫なんですよね? 皆さん人間の方、ですけど、信じていいんですよね……?」


 人間に迫害されている獣人が俺達に隠れ里の場所を教えるというのは余程の勇気が必要だろう。


「心配するな。俺は獣人に偏見はないし、俺はそのユイシスの主人だ。悪いようにはしないさ」


 その言葉を聞いた少女は、何故かビクっと身体を震わせた。


『君が主人なんて言うからネコちゃんを奴隷にしてると思われたのかもね』


 ……マジかよ。言葉って難しいな。


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