第115話:汚染。


「じゃあちょっと俺達でかけてくるわ」


「や、やっぱり私も一緒に……」


 ユミルと一緒にその獣人の隠れ里とやらへ出発しようとしたらアリアがゴネだした。


「いや、そんな大した問題じゃないだろ。俺とネコだけで十分だから」


「そ、そうか……残念だが仕方ないな。今回はお留守番している事にしよう。その代わり、早く帰ってきてくれ。まだまだ試したい事もあるんだから。それだけだからっ!」


「そんなに念を押さなくたって分かってるさ。アリアは修行熱心だからな」


「う、うむ……そうなのだ!」


『鈍感馬鹿さいてー』

 うるせぇなぁ。あまり俺を一喜一憂させるなよ。どうせ期待したら本当に特訓を続けたかっただけだったりするんだろ? 俺は知ってるぞ。


『人間不信というか女性不審というか馬鹿というか朴念仁というか……』

 はいはいすいませんでしたねー。


「じゃあ案内はよろしく頼むよ」

「分かりました。……それで、その……そちらの方は?」

「……ん? なんだジオタリス。何か用事でもあったか?」


 ジオタリスはなんだか言いにくそうにもじもじしながらこちらに視線を向けたり背けたりしている。

 思春期の男子かおめーは。


『男には厳しい! 人間らしいというか君らしいというか器が小さいというか……』


 無視だ無視。


「どうした? 言いたい事があるならはっきり言っていいぞ」

『やーいやーい人間の器Sサイズーっ!』

 黙れ。悪口が独特過ぎるんだよ。


「その……俺も一緒に連れて行ってくれないか?」


「……は? なんで?」


 こいつまさか俺と一緒にお出かけしたいなんて青少年みたいな事言い出さないだろうな。


「俺は……獣人に対していい印象を持っていなかった。いや、正直に言おう。獣人を奴隷としか見ていなかった。しかしユイシスちゃんを見てて思ったんだ。いったい何が正しいんだろうって……」


『やーいやーい自意識過剰!』

 くっ……黙っててくれ。


「なるほどな。お前の意識が変わってきたのなら喜ばしい事だとは思うが……」

「俺はもっと獣人の事を知るべきだと思ったんだ。だから……こんな俺だけど、こんな俺だからこそ、今回の件には同行させてほしい。ダメだろうか?」


 ……先ほどまでのバツが悪そうな表情ではなく、決意を固めた真っ直ぐな瞳。


「……分かった。くれぐれも大人しくしていろよ?」

「あぁ、分ってる。同行許可感謝するぞ」


 ジオタリスも俺達と一緒に居るようになっていろいろ思う所もあるのかもしれないが……いきなり獣人だらけの里なんか行って大丈夫か?


 ……という俺の不安はそれどころじゃない出来事によって杞憂に終わった。

 まぁそれはもう少し後の事。


 別に急ぐ問題でもなさそうなので俺達はユミルに案内してもらいながら徒歩で向かった。

 家の周囲しか知らないので少し歩いてみたかったというのもあったが、特に面白い事は無くほとんど平原が続くばかりだ。


 この辺りは比較的平和のようで、魔物に遭遇する事は無かった。こんな平原なのに魔物どころか普通の動物もあまり見かけない。

 居るのは虫ばかり。


 疑問に思ってユミルに聞いてみると、帰ってきたのはジオタリスの言葉だった。


「ここら辺は普段人は立ち寄らない。この地は六竜と魔王軍の戦いの際に一度、そして人間と獣人との闘いでもう一度……計二度焼け野原になっている。国から見捨てられた土地だからな」


 ……なるほどねぇ。その割には自然がある程度戻っているように思う。少なくともぱっと見はだけれど。

 動物がいないというのはそれだけここの植物に目に見えない汚染が残っていて、草食動物が集まらない、それを食べる肉食動物が集まらない、結果的にそれらを捕食する魔物も居ない。と、そういう事なのかもしれない。


 だとしたらさっきから見かける虫は大丈夫なのか?

 少し気になってその辺を飛んでいる虫をぱしっと捕まえて観察してみた。


 ……やめとけばよかった。


『うげ、ぐろぐろっ!』


 その虫はバッタの頭に蜘蛛の腹、ムカデのように無数の足がわしゃわしゃと蠢いていた。

 背中にはてろてろと妙な色で輝く羽根。


 ……俺は見なかった事にしてそっとその辺の草の上に虫を放した。


「ジオタリス、ここでの戦いはどういうものだったんだ? 土壌にダメージが出るほどの戦いって……」


「残念だが俺は詳しく知らんのだ。ここで戦争があった頃俺はまだガキだったからな。ただ王が絡んでいたという話は聞いた事あるぞ」


 王様が獣人に対してどの程度の嫌悪感を持っているのかしらないが、こいつの話を総合するとまともな闘いが行われたようには思えないな。


「私も少しだけですが聞いた事があります。ここで戦った獣人は……誰一人として生きて戻らなかったと……戦争は嫌いです」


 ユミルが悲痛な面持ちで同族の事を悼む。


「戦争が好きでしょうがない奴なんていない、と言ってやりたいところだが……世の中にはいろんな事情があって戦争を良しとする奴等が居るんだよ。俺達はそういうのにせいぜい巻き込まれないように生きるしかないのさ。或いは……どんな犠牲を払ってもそんな世界をぶっ壊す覚悟を持って動くか、だ」


 ここではない世界、地球だって世界のどこかで戦争はおきていた。

 人は偏見を持つ生き物だし完全にお互いを分かり合う事は難しい。

 それが個と個なら話は別だが国同士、全と全ともなれば少しのズレでは済まなくなってしまう。


『真面目な事も考えられるのね』


 地球は平和だと思っていたが、平和だったのは俺の生まれた場所がよかっただけなのだろう。

 生きるか死ぬかの人生を送っている人達だって少なからず居る。


 こんな異世界、人間や獣人、それ以外の亜人など多種族が住まう世界ならば尚更だろう。

 本当の意味で平和な世界を作る事なんて出来ないのかもしれないな。


 ちなみに、ここまでネコがずっと大人しいのには理由があって、歩き始めて三十分もしないうちにへとへとになってしまったらしく仕方ないから俺が背負っている。

 今は俺の背中で眠気と戦っている所のようだったが、難しい話になったのをきっかけに完全に意識が落ちてしまったらしい。


「もうすぐです」


 ユミルがそう言うが、俺達はまだ草原の真っただ中だ。


「まずは長と会って下さい」


 長との面接ってやつが始まるのだろうか?

 それにしたっていったいどこに里とやらがあるのだろう?


 ユミルが立ち止まり、目を閉じて何かをぶつぶつと呟くと、草原がぼこりと盛り上がり、地下への入り口が現れた。


「おいおい……どうなってんだよ」

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