第108話:ロケットとくっころ。


 ドゴン!!


 俺達が馬車から降りようとしたその時、前方五十メートルほどの距離に何かが落ちてきた。


 着弾、というべきなのか着地、というべきなのか……、砂煙をあげて落ちて来たそれはゲラゲラと笑いだした。


「ふははは! このリリア帝国になんの許可もなく侵入してくるとはどこの馬鹿かと思えば女人だらけの一団とはな!」


 おっちゃんやゲオルの事は目に入ってないらしい。


「ゲーッホゲッホ!!」


 砂煙に大いにむせながら現れたのは、赤い甲冑に身を包んだ青年だった。

 ガタイがよく顔もいかついが、髪型は爽やか好青年風に金髪をふわりとセットしてある。

 俺の嫌いなタイプだ。


「君達のリーダーは誰だ? 一応話を聞いてやろうじゃないか!」


 そいつは巨大な斧を軽々と振り回しながらこちらに歩み寄る。


「ミナト殿、ここは私が話を……」


 アリアが剣に手をかけるが、それを制して一歩前に出る。


「いや、いいよ。あいつはリーダーをご所望らしいからな」

「しかし……いや、ミナト殿なら安心だろう。任せたよ我が主君」


 いつから主君になったんだよ……俺を監視に来たんじゃなかったか?


「君がリーダーなのかい? もしかして訳アリでダリルから逃げてきたとかかな?」


 急に甘い声を出しやがって気持ち悪い奴め。


「俺はミナト。訳あってダリルから引っ越し中ってところだな」

「男勝りな口調もイイね。君と……そうだな、そっちの女剣士、それとあっちのお嬢さんの三人だけなら俺の権限で住まいを用意してやってもいいぞ」


 俺と、アリアとイリスだけ……?


「有難い申し出……と言いたい所だけどな、俺達全員面倒見てくれるってんじゃないならその提案に乗る訳にはいかない」


「ほう……? 君と彼等がどういう関係かは知らないがね、醜い男や汚らしい獣人などとはここで縁を切った方がいいと思うが?」


 あぁ、なるほどな。

 女だけってのはこいつの趣味で、ネコが含まれないのは獣人差別思想が根付いているからか。


 ちらりと背後を見ると、ネコはもうネコミミを隠していない。

 俺達と一緒に行動している間は隠さなくていいと言ったからだ。

 なぜネコにそんな事を言ったかといえば、こういう馬鹿野郎をあぶりだす為でもある。


 いい奴だと思っていたら実は差別主義の塊だったなんて事もあるだろうからな。


「残念だけど俺お前の事嫌いだわ」

「そうか? 俺は美しい女性は好きなんだが。三十四番目の妻に迎えてやってもいいぞ?」


 三十四番目!? ダメだこいつ早く殺そう。

『ネコちゃんを汚らしいって言った事よりもそっちの方が怒り強いってどうかと思うわ』

 うるせぇ。こんなハーレム野郎早くぶっ殺さなきゃ気が済まん。


『……君がそれを言う?』


 俺とこいつは違うだろ。こいつは妻って言ったんだぞ? 三十三人の妻が居るんだぞ? つまりそれだけの経験人数が居るって事だ。妻にしてないだけでそれよりはるかに多いだろう。ダメだ殺そう。


『君って人は……意外と劣等感の塊なのよねぇ』

 俺は理不尽に幸せな野郎が大っ嫌いなんだよ!


『もういいわ。好きにしちゃって』


「どうした? 悩まなくてもいいんだぞ」


 金髪糞野郎が俺へと手を差し出す。


 俺はその手を取って……捻り上げてぶん投げた。


「ぬおぉぉぉっ!?」


 金髪糞野郎はぐるぐると回転しながら地面にバウンドして、大きな金属の塊に激突した。


 あいつがここまで来るのに使った物のようだが、アレはなんだ?


 飛行機やヘリほどの利便性はなさそうだが……。


『多分魔法で推進力を得てアレを飛ばしてるだけよ。完全に片道用ね』

 片道だけでわざわざあんな物使うとか……まるでロケットか何かだな……。

 もったいねぇし着地が物騒すぎるだろ。下に誰か居たら死ぬぞ。


「ふ、ふふふ……いいね、活きがいい女は最高だ。でもおいたが過ぎるんじゃないか? ちょっと懲らしめてやらなきゃダメだな」


 金髪糞野郎はそんな事を言いながら金属の塊の上へ跳躍。その上で巨大な斧を構えながら口上を始めた。


「聞いて驚け地に轟け! 俺様の名はリリア帝国の十二英傑にして歴戦の覇者! ジオタリス!!」


 まるで歌舞伎か何かのような動きで言い切ったあと、俺に向かってウインクしてきやがった。

 気持ち悪いったらありゃしない。


「怪我をしない程度に手加減してあげるからかかってきなさい!」


 ジオタリスとやらは金属塊の上から飛び降り、俺に向かって斧を振り下ろした。

 と言っても刃の方ではなく、斧を横にして平面の方で俺を叩くつもりのようだ。


 引力と斥力の魔法を試してみるか。

 俺の記憶の中から重力魔法の使い手フェイド・リル・シッドという男の記憶を呼び出す。


 まだこれは慣れてないが……。


「リバース」


「ぬおっ!?」


 俺の掌が斧に触れる直前、見えない力がジオタリスを吹き飛ばした。


「な、なんだなんだっ!? 何が起きた!?」


「なるほどな……こりゃ便利だけど大したダメージにもならないか」


 ただ対称を自分から遠ざけるだけの魔法。

 生前フェイドが大して有名になれなかったのはそういう事なんだろう。


 フェイドという男は極度の潔癖症で、埃一つ自分の身体に付着するのが嫌だったのでそれを遠ざける為だけにこの魔法を作り出したらしい。馬鹿かと。


 しかしその過程で、逆に引き寄せる魔法、そして……。


「不思議な力を使うな! これは本気で相手をしなければいけないようだ!」


 ジオタリスは斧に魔力を込め、大きく構えると物凄いスピードでこちらに突進してきた。

 どうやら魔法もそれなりに使える上に斧も特殊な物らしい。が、問題無い。


「グラビティ」


「ぐおぁっ!?」


 重力魔法使いフェイド。彼は引力、斥力の魔法を身に着ける過程で重力の魔法も使えるようになった。

 それはかなり稀有な力であり、そこを伸ばしていけば名をあげる事も可能だっただろう。

 しかし彼はそうしなかった。


 そもそも重力を操る魔法は魔力を大量に消費する上に威力も大きくはない。

 だがそれを俺が使えば話は別だ。


 ママドラの魔力があればその重力は常識の何倍もの威力を持つ。


 ジオタリスはメキメキと地面にめり込み、うめき声をあげる。


「ぐあぁぁぁっ、つ、潰れ……っ、がはっ」


 大量の血を吐き出して動かなくなってしまったので魔法を解き、雁字搦めに縛りあげた上で回復魔法をかけてやった。


「……くっ、殺せ……!」


 うわぁ……このセリフを男から聞く日が来るとは。当然だけどまったく嬉しくねぇな。


「……やぁくっころ英傑さんよ、この国の事をいろいろ教えてもらおうか」

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