第99話:涙腺崩壊の館。
『はぁ……ちょっとヒヤっとしたわね』
ちょっとどころじゃねぇよ……しかし分かってはいたがイリス強いな。
『何せ私達自慢の娘だものね♪』
……ああ、そうだな。
『そうだ。それよりいろいろマズい事になってるわよ』
何が?
『イリスがいろいろぶち壊しちゃったでしょう? この館を構成している多重次元空間が壊れちゃったらどうなると思う?』
おい、まさかこの館が……。
『どんがらがっしゃーん! かしらね』
おいおいおい冗談じゃねぇぞイリスやり過ぎだお前は!
「あっ、まぱまぱーかむろちゃんだよ」
イリスが俺の背後を指差していたので振り向くと、真っ青な顔をしたかむろが呆然と立っていた。
「と、尊きお方……今、この館を構成している重要な部分が破壊されてしまいました……ほどなくこの館は崩壊してしまうでしょう」
かむろは泣きそうだった。
それはそうだろう。ここはアルマが眠る場所であり、自分がずっと守ってきた場所。
そして訪れた人々へ癒しと夢を与える空間だ。
「すまん、周りへの被害を止められなかった」
本当はイリスがやったんだけど口が裂けても言えない。
「いえ、いつか……こういう日がくるのではと思っていました。勿論何が原因かを私は見ていたので隠さなくて大丈夫ですよ」
「ぐっ……す、すまん」
「いいのです。イリス様もまた尊きお方ですから。むしろここを壊すのがイリス様で良かった」
強がってはいるが、かむろは相当な精神的ダメージを負ってしまっている。
イリスはそれに気付いてないし、ママドラはだんまりだし俺が慰めるしかない状態だが……今はそれすら時間が惜しい。
「かむろ、ここが崩壊するなら村人たちはどうなる?」
「崩壊時に空間ごと潰されるでしょう。しかし私にとっては既にどうでも良き事……」
「かむろ、気持ちは分るしお前が村人たちをあまり良く思ってないのも知ってる。だけどな、あいつらにもこの先の選択肢を与えてやってくれ」
かむろは俺の顔をじっと見つめ、「わかりました」と呟き、パンパンと手を鳴らす。
「この館内の村人たちは全て外に放り出しましたので……これでよろしいですか?」
相変わらず仕事が早い。
「上出来だ。助かるぜ」
俺は思わずかむろのそのおかっぱ頭をわしわしと撫でまわしていた。いつもの癖とかそういうやつである。
「はわっ!? な、何をなさるのです……尊きお方が、私などに触れては穢れてしまいます」
「ばーか。なんでかむろ触ったら穢れるんだよ。むしろ髪の毛サラサラでいい触り心地じゃねーか」
『後半は絶対必要ない発言よね』
えっ、そうかな?
「は、はうぅぅ……」
かむろが顔を真っ赤にして俯いてしまった。
その時、ぐごご……と館が大きく揺れる。
「かむろさまーっ! 大変よ大変よ! この揺れなにあるか!? 大地震ねーっ!」
どこかおっちゃんのような喋り方をする厨房のドワーフがどこからか転げ出てきた。
「オッサ、よく聞きなさい。これからこの館は崩壊します」
「そ、そんなーっ!? ワンは明日からどこで食事を作ったらいいあるか!?」
「それは後で考えましょう。まずは避難です。いいですね?」
「うぅぅ仕方ないある! 命あっての物種ね!」
かむろはまずそのオッサとかいうドワーフと、普通の人間であるおっちゃんを館の外へ移動させた。
「……待てよ、館の外は魔物に囲まれてるんじゃなかったか!? 村人やおっちゃんたちが危ないぞ!」
「心配には及びません。外の魔物達は既にゲオル様とアリア様が殲滅済みですので」
……は?
「時間がないので簡単に説明しますと、私はこの館の中で起きる事ならばある程度把握、干渉する事が可能です。あのギャルンという敵が使った空間術式に横槍を入れさせてもらい、館の外へと脱出させたという訳です。ちょうど魔物達が大挙していたのでお二人にお任せしました」
「おま……」
「勝手な事とは思いつつ、外の魔物も対処しておくべきかと思い……申し訳ありまあわわっ!!」
「お前って奴は最高だな! よくやった! 二人を助けてくれてありがとな!!」
再び頭をわしゃわしゃ。ちょうど手を置きやすい位置に頭があるからついやっちゃうんだよ許せ。
『そうやって女の子を弄んでいくんだわ』
かむろはそういうんじゃないだろうよ……。
「はぁ……はぁ……あ、あまり驚かせないで下さい。心臓に、悪いです……」
しかしゲオルはともかくアリアは本当に死んだんじゃないかと心配してたから今の俺にはかむろが天使に見えるぜ。
「残念ながら……この館ともこれでお別れのようです。夢の種も……残念ですが」
これはさすがに失うには惜しいな。
アルマと夢の種を収穫できる植物だけでも隔離して持って帰ろう。
「カット! からの……魔空間展開! んでペーストっ!! これでよしっと」
「……尊きお方、今……何をなされたのです? 夢の木が……」
あの木自体は夢の木って言うのか。
「あぁ、アレは俺が預かった。このまま持っていこうぜ。どこか安心して育てられる場所でまた再開すればいい」
「尊きお方……」
「今更だけどよ、その呼び方辞めてくれねぇか? ミナトって呼んでくれよ」
かむろは涙をこらえながら、「はい! ミナト様」と、とびっきりの笑顔を返してくれた。
のだが。せっかくこらえていた涙は次のアクシデントでどばっと滝のように流れる事になる。
「じゃあアルマの核ってのも回収していかないとな……というかネコはどうした? どこにも姿が見当たらないんだが」
「あっ、ユイシス様なら確かに少し前までそこで寝ていたはずで……」
しかしかむろが示す方には誰も居ない。
見回してもどこにもネコがいない。
とびっきり嫌な予感がした。
慌てて俺はかむろを小脇に抱え、門を通り長い階段を駆け上る。
「み、ミナト様っ! どうされたんですか!?」
「こういう時な、あの馬鹿は予想を遥かに超えたとんでもねぇことをやらかす気がするんだよ!」
階段を駆け上がり、祭壇のような物の前まできた俺達が目にしたものは。
「げぷーっ♪」
祭壇に祀られていた何かを丸呑みした馬鹿ネコだった。
言うまでも無いがかむろの涙腺が崩壊したのはこのタイミングである。
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