第98話:決着の館。


「ふふふ……確かに貴女は大した術師のようですね」

「正確には術師ではなく導師なのだがな。……それにしてもこの身体には慣れん。特に胸部装甲が邪魔だ」


 ギャルンの話なんかどうでもよさそうにグリゴーレは自分の胸に手を触れる。


 おい、あまり人の身体ベタベタ触るんじゃねぇよ!


「あぁ、すまない。とはいえ君も私だろう? ならばこれも私の物ではないのかな?」

 今は一時的に貸してやってるだけだっつの!


「ふふ、君は面白いね。自身は男性の筈なのにこの女性の身体に触れられるのが恥ずかしいのかい?」

 うるせーっ! 男だろうが女だろうが野郎にベタベタ触られて喜ぶ奴がいるかっ!


「ふむ……それもそうか。非礼を詫びなければならんな」


「何を訳の分からぬ事を……私を空間術だけだと思うなよ! エアリッパー!!」


 こっちで言い合いを繰り広げている間にギャルンが攻撃魔法を唱えた。


 ギャルンの目の前に空気が圧縮されていき、刃の形を得てこちらへ降り注ぐ。

 その刃の数は十二。 一撃一撃がうねりをあげて迫り、相当な破壊力を秘めている事が見ただけでも分かる。


「愚かな。空間術師がそれ以外の物に手を出したところでそれ以上になる事は有り得ない。君は自分の特性を信じきれなかったようだ」


 グリゴーレが「カット」と呟くだけで十二枚の空気の刃が消失する。


「なんだと……!? 対属性でかき消したのか!?」


「はぁ……君は全く分かっていない。手広くいろんな事をやろうとするから一つを極める事ができないんだよ。空間魔法に特化するだけでも十分攻撃は可能だ」


 確かにこいつの使ったスライドも十分攻撃として機能していた。

 そして、このカットは俺がシャンティアの家を切り取った魔法。

 つまり……。


「いいかい? 君に空間魔法の何たるかを教えてあげようじゃないか。ペースト!」


 グリゴーレが手を振りかざし叫ぶと、先ほど切り取った十二枚の刃がこちらの目の前に現れる。

 しかし停止したままだ。


「私の術を奪った……だと……?」


「ノンノン。それじゃあ満点はあげられない。奪ったのではなく切り取って手駒に加えた、だよ。ちなみにこんな事もできる。コピー、ペースト」


 空気の刃が二十四枚に。


「な……っ」


「コピー、ペースト。コピー、ペースト」


 二十四枚が四十八枚に。四十八枚が九十六枚に。

 コピーか、こっちを使っていればシャンティアの家は残したまま家を手に入れられたのか?

 いや、そもそも貴重品などをいくらでもコピーし放題なのでは?

「残念だけどコピーした物は数時間で消えるよ」

 あ、そうですか。……待て、カットした物は大丈夫なんだろうな?

「それは平気さ。だってその物を切り取ってるんだからね。複製品が長持ちしないだけだよ。……ただ、こういう場合は長持ちさせる必要はないがね」


 俺の疑問に答えながらグリゴーレがギャルンに向け刃を放つ。



「なんと……ここまでの術師がこの時代に生きていようとは……!」


 残念ながらこの時代の人間じゃあないんだわ。


 ギャルンは呆然と、九十六枚の空気の刃が自分の身体を切り刻んでいく様子を眺めていた。


 やけにあっさりだったな。


「……いや、彼は死んでいない。まさか一度見ただけで私のスライドを再現してみせるとは思わなかったよ」


 どういう事だ……?


「彼は空気の刃がヒットする直前に自分の身体をスライドで細かく裁断したんだ。恐らくその後自動で引き付けあう術式をプラスしてね」


 それで死なねぇ方が不思議でしょうがないんだが……。

 仮にも六竜の分身ってとこか。


「ふはは……ミナト氏、貴女は私だけでは手に負えそうにない。アルマが復活できなかったと分かった以上長居は無用という物……イシュタリスだけ頂いて帰るとしましょう」


 イリス!?


 ギャルンはまだ完全にくっついていないぐじゅぐじゅの身体でイリスの背後に立っていた。


「彼女は君の娘だったね……これは失敗したな。せめて空間隔離しておくべきだった」


「ねぇ、おじさんは誰なの?」


 イリスはゆっくりと振り向き、ギャルンに問う。

 ギャルンは何故かその場に固まり、しばらくしてからこう言った。


「君の、本当の父親だよ」


 嘘つけおめーは分身だろうがよ!


「おじさん嘘つきだね」


 イリスが真っ直ぐギャルンを見つめ返す。


「確かに私はカオスリーヴァの分身ではあるが、分身であるが故に君の父親である事は確かだよ」


「ふぅん。でもあたしのぱぱはぱぱだけだからぱぱを虐める人がぱぱな訳ないじゃん」


 見えなかった。

 今までイリスはカオスリーヴァ、ギャルン、そして俺やイルヴァリース。もろもろの関係性と、自分の中での優先順位について考え込んでいたのかもしれない。


 どうやらその答えは出たようだ。


 全くと言っていいほど視認できなかったソレは、イリスの拳であり、確実にギャルンへ打ち込まれ、仮面ごとその頭部を粉砕した。


 それどころか、何か見えない壁すらもぶち抜き……何枚も何枚もそれらを打ち砕いてギャルンを彼方へと吹き飛ばしてしまった。


「わお、君の娘はとんでもないな……並列次元ごと砕いてしまったぞ」

 そりゃ俺の自慢の娘だからな。それよりあいつは死んだと思うか?


「いや、多分生きてるね。この状況ではこのまま逃げるだろうが……とにかく、私の役目はここまでのようだ。後は自分でなんとかしたまえ」


 ……あぁ、分かったよ。いろいろ面倒を押し付けて悪かったな。


「いつでも呼べとは言ったが次がそう早くない事を祈っているよ」


 ……奇遇だな、俺もだよ。


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