第97話:決戦の館。


「今の俺はミナトだよ。それにな……」


 ギャルンの言う事でどうしても許せないというか認められない事がある。それは勿論……。


「カオスリーヴァの分身だかなんだか知らねぇけど、本体から引き継いだだけの記憶でイリスの父親面するんじゃねぇよ。イリスの親はテメェじゃねぇ」


 引き継いだだけの記憶で父親面するな。

 自分で言った言葉なのに妙に胸に刺さった。


 俺は過去の自分の記憶を引き出してなんとかやってきている。

 俺はそいつらに助けてもらってると思ってるつもりだが、実際はどうなんだろう?

 全部俺の力だとでも思っているのだろうか?


『安心しなさい。実際君がどう思っていようと魂は全て君なんだから。本体から分離して個別の存在になったあいつとは違うわ』


 ママドラにそう言って貰えるのはありがたいね。なら俺も気兼ねなく過去に頼れるってもんだ。


「確かに私はカオスリーヴァ本体ではありませんし今やアレが何を考えているのかも分かりませんがね、少なくともある時期までは同一個体だったのです。イリスも、イルヴァリースも私にとっては思い入れの強い家族ですよふふふ……」


『キモッ!』

 念の為に聞いておくけど、あいつやっちまっていいんだよな?

『当然!』


「お前をぶっ殺していいってイルヴァリースからお許しが出たぞ」


「なんと……会話までできるのですか。私も一度話してみたかったですがきっとイルヴァリースは嫌がるでしょうね」


『当たり前じゃいボケナス!』


「当たり前じゃいボケナス! だってさ」


 ギャルンは一瞬動きを止め、そして大きく身を反らして笑った。大げさな奴め。


「ははははっ!! 本当にそこにイルヴァリースが、居るのですね。彼女が言いそうな言葉ですよ……はぁ、殺すのが惜しくなってきました。本当なら貴女は生け捕りにしなければならないのですが……危険因子は摘み取るに限りますからね」


 俺を生け捕りにする理由があるってのがひっかかる。というかそんな理由一つしかねぇよなぁ……考えるだけで気が重いぜ。


『とりあえず今は目の前の事だけに集中しましょう』

 分かってる。じゃあここでまた奴の出番だな。


『今度はスキルだけにする?』

 ……いや、スキルの使い方は奴の方が長けてるだろうから任せた方がいいだろう。

 俺が直接ぶっ殺す実感がいまいちないのは残念だけど最善手を打った方がいい。

『分かったわ』


 俺の身体に王宮魔導士グリゴーレ・デュファンの記憶が広がっていく。


「ふむ……思ったよりも早い再登場、といったところかな」


 グリゴーレは自分の身体を確かめるように数回手を握っては開く。


「しかし今世の私はとんでもない魔力を持って生まれたようだ……これなら問題なかろう」


 その魔力も俺、というよりはママドラのおかげだけどな。


「……雰囲気だけではなく身に纏う気配の質が変わった……何をしたのです?」


「君には関係の無い事だよ。六竜の一人、ならばいざ知らず過去にしもべとして切り離された分身体ごときがでかい顔をしない事だ」


 おお、グリゴーレの奴かなり言いやがるな……これは期待できそうだぞ。


「脳内で違う自分の声が聞こえるというのも不思議な気持ちだね……しかしその期待には応えてやらないとならんな」


「貴様……私を分身体ごとき、と……」

「事実であろう? 何か間違った事を言っているのならば訂正してみたまえ」


「私は……カオスリーヴァの力を受け継ぎし……」


「訂正を受け付ける、とは言ってないがね」


 ギャルンがムキになって反論して来たのと同時にグリゴーレは何かしらの空間魔法を展開したらしい。

 ギャルンの左腕がずるりとその場に落ちた。


「なっ……!?」


「君は三つ思い違いをしている。一つ、私にとって君が何者だろうとさしたる興味が無い事。二つ、君が自分の事を優秀な空間術師だと思い込んでいる事。三つ、私に勝てるなどという誇大妄想を夢見てしまった事だ」


「空間断裂……!?」


 ギャルンはグリゴーレから視線は外さずに足元の腕を拾い上げ、むりやり断面を押し付ける。

 するとうじゅうじゅと妙な音を立てながら腕が即座に繋がった。


「ふむ、面白い芸当をするじゃないか。ならこれでどうかな?」


 再びグリゴーレが空間断裂魔法を繰り出すが、ギャルンは飛びのいてかわしたようだ。


「ほう。どの空間を裂こうとしたのかが見えたのかな? それとも……ただのあてずっぽうかな?」


 グリゴーレが口角を吊り上げて笑う。完全に悪人の面をしていた。


「全ての空間魔法には予兆がある。かわすだけならどうにでもなりますよ」


 ギャルンはそう言いながらも完全に警戒態勢に入っていた。


 普段なら全く理解できないであろうハイレベルな魔法だが、俺はグリゴーレの記憶からあの魔法の詳細を知る事が出来る。


 グリゴーレのオリジナル魔法で、彼はスライドと呼んでいるらしい。

 かむろがやっていた次元のずらしのような事を、同一次元の中で起こす魔法。

 その範囲はとても狭く、動き続ける相手に当てるのは難しいが、その分効果は大きい。


 どこだろうと指定した場所の空間をスパッと切り離す事が出来る。

 痛みを感じる間も、切られたという実感も湧かないまま身体が切り離されてしまう。

 そんなの不意打ちでくらったら避けようが無いだろ……。


 ただこの魔法にも弱点はある。一つは先ほども言った通り動いている相手に当てづらい。

 そしてもう一つは、空間の構成を視認出来る相手には見えてしまう。


 ギャルンが言っていた予兆、というのはそれにあたるのだろう。

 つまり空間断裂が来ると分かっているのならギャルンはかわす事が出来るという事だ。


 理屈が分かっても理解がなかなか追い付かない。


『こんなハイレベルな闘いは滅多に見れないんだからしっかり目に焼き付けておきなさい』


 ……そうだな。自分でもこれくらい出来るようにならなくては。

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