第90話:再会の館。


「よし、じゃあそろそろ行くぞ」

「この壁の向こうに行くの?」


 俺達はトイレをしっかり終えて、例の壁の向こう側へ行こうとしていたのだが、イリスが壁をぶん殴る準備を始めたのでそれを制す。


「大丈夫。ここはまっすぐ歩いて行けばいいだけだから」

「そうなの? あ、ほんとだ」


 俺の言う事だからって簡単に信じすぎなんだよなぁ……。

 イリスは迷う事なく壁に向かって歩き、そのまま壁を突き抜けて向こう側へ行った。


「あっ、ねーまぱまぱ早く来て!」


 ドクンと心臓が跳ねる。何かあったのか?

 危険は無いだろうか? ここへ入ると簡単には戻ってこれない。

 イリスに何かあってからじゃ遅い!


 俺は慌てて壁に向かって突進し、空間の切れ目を通ってあの閉鎖的な空間へと飛び込む。


「おっ、お前ら探したぞ! 今までどこに居やがったんだコラぁ!」


 ……へ?


『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! こんな出口の無い空間でこいつと一緒になんて居られるかぁぁっ!』

 ママドラ、ちょっとうるさいから黙っててくれ。

『ミナト君まで……うっ、うぅっ……』

 分かった分かったって。少し我慢しとけよ。早めにここから出れるようにすっからさ。


 そう、何故か壁の向こう側に居たのは……。


「ゲオルのおじちゃんだ! おかえり~♪」

「おう嬢ちゃん! いやぁせっかく肉集めて来たのにどこにも居ねぇから気配頼りにあっちこっち探し回っちまったぜ。途中で腹減って肉も食っちまったしよう」


「ゲオル、ここはかなり変な場所なんだ。俺達は今ここの秘密を暴こうとしてる。ゲオルはどうしてこの隠し空間に気付いたんだ?」


 偶然ここに迷い込む事はあるかもしれない。

 かむろならゲオルでも中へ通すだろう。

 でもここを見つけるのはまた話が別だ。


「変なガキにこの辺の部屋使えって言われたんだけどよう。ドア開けたらやたらいびきのうるせぇのが寝てて、じゃあ違う部屋にすっかって思ったらここから妙な気配を感じてよう。調べようと思ったら入っちまったギャハハ! どうやって出ようか考えてたところだから丁度よかったぜ!」


 いびきのうるさい奴というのは間違いなくネコの事だろうなぁ。

 でもここでゲオルと合流出来たのはある意味好都合かもしれない。

 だってここには六竜二人と六竜の娘が居るんだ。

 何があっても負ける事はないだろう。


「おーいかむろ! 話がある。ちょっと出てこいよ」


 ……誰も答えない。


「まぱまぱどうしようか?」


 ……この際仕方ないか。あまりこの方法は取りたくなかったけれど。


「かむろ、出てこないなら俺達は全力でここを破壊するぞ。この空間をぶち壊して先へ進む。それが嫌なら早めに出てこいよ。……イリス、やっちまえ」


「おっけ♪」


 イリスが腕をぐるんぐるん回し、いざ空間の壁面を殴りつけようとした所で、


「お待ちください」


 と声がかかる。壁の中からにゅっとおかっぱ頭が生えた。


「出てくるの遅いぞ。もう少しでここをぶっ壊しちまう所だったじゃないか」


「尊きお方たちがお揃いでいったいどうしたと言うのです。私が出てきたのは呼ばれたからであって破壊活動を止める為、ではありませんが……」


「イリス、やっちまえ」

「おっけ」


 ごいん!


 今度はイリスが即動いた。

 思い切り壁を殴りつける……が、びくともしない。


「まぱまぱ、ちょっと無理っぽい」


 馬鹿な。イリスの力でも破壊できないだと……?


「ですから言ったでしょう? 破壊活動を止める為に来たのではありません。止めなくとも、尊きお方たちのやり方ではここを破壊できませんので」


 やけにひっかかる言い方しやがるなこいつ……。


「私がここへ来たのは御迎えにあがっただけです。そろそろここの秘密を知りたい気持ちが限界のようでしたからね」


「話が分かるじゃねぇか。じゃあ話してくれるって思っていいのか?」


「いえ、話す事は出来ない、と説得しにまいりました。力押しではここから出られないのは分かったでしょう? ですから諦めて下さればここからお出しします。そうでなければしばらくここで頭を冷やして頂きます」


 ここまで来ても秘密を守ろうとする、か……。何かしらの制約で話せない、とかかもしれないな。


「お前が話せないならこの館の主の所へ連れていけ。直接問いただす」


「残念ですがそれは無理なのです尊きお方。ご理解頂けない様ですのでしばらくここに居て下さいませ。夕方にはお迎えにあがります」


「待てこのガキ!」


 ゲオルがかむろの頭を鷲掴みにしようとするが、するりと空振ってしまった。

 かむろは一歩も動いていないのに、である。


「すり抜けたぁぁ!? なんだこのガキんちょは!」


「それではまた後程。次に会う時は考えを改めて頂いている事を願います」


 かむろは再び壁の中へと消えていった。


「ちっくしょう! ムカつくぜぇぇ!!」


 ゲオルが力任せに壁をごいんごいん殴るが、やはり何も変化はおきない。


 ママドラ、あいつを使おう。

『……』

 こいつ拗ねてやがるな……。だったらいいよ勝手にやるから。


 俺は空間魔法に長けた人物の記憶を引き出す。

 これはあのカット&ペーストの魔法を使いこなす人物だ。


「……あん? お前雰囲気が変わったな……」

「まぱまぱはいろんな人の記憶を持ってるんだよ」

「何を訳の分からねぇ事を……」


 身体に記憶が満ちていく。加減が分からず記憶を引き出し過ぎたかもしれない。


「私の名前はグリゴーレ・デュファン。これでも王宮魔導士として名を馳せた身だが……この時代では知る者もおらんだろうな。六竜の一人ゲオル殿、お会いできて光栄だ」


 そう言ってグリゴーレは不敵に笑った。

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