第70話:心機一転お下品ムーヴ。

 

「いやー探したヨ! オネーサンついにやったネ!」


「あぁ、おっちゃんか……いろいろ面倒に付き合わせちまって悪かったな」


 俺達がアドルフの処刑を見届け、なんとも言えない気持ちになっているのを気晴らししていた時だった。


 ダリルの街は裏切者の処刑で大賑わいで、まるでお祭り騒ぎのようだった。

 ネコとイリスを連れて出店の食べ歩きをしている時に、おっちゃんが俺達を見つけて声をかけてきたという流れだ。


「あっ、おーはんはんおひはひふひへふー♪」

「ユイシスちゃんも無事で良かったネ。何言ってるか分からないけど良かったヨ」

「らからおひはひふひー!」

「にゃんにゃんは、オーサンさんお久しぶりですーって言ってるんだよー?」


「……イリスちゃんよくわかるネ。とにかく元気みたいで良かったヨ」


 ほんとに、このいつもの馬鹿みたいなやり取りを見ていられる事を幸せに感じる。


「ごひゅひん、ろうひたんれす?」

「とりあえず食いもん飲み込んでから喋れ」


 ネコはむぐむぐ言いながら慌てて食べ物を飲み込み、「ふぅ……で、どうしたんです?」と聞いてきた。


「どうしたって言われてもなぁ……」

「ずっと復讐したかった相手が処刑されたんですよ? こう胸がスッとしないんですか?」


 ネコは大きな瞳をキラキラさせて俺の顔をじっと見つめている。まるで、俺を試しているかのような視線だ。


「まぁ、スッとしない訳じゃないさ。でもあんな奴でも一応昔からの付き合いだからな。こう、いろいろ思い出すと複雑な気持ちではあるよ」


 別にあんな糞野郎死んだってなんとも思わないんだけど、俺という生き物の歴史から何かが消えていくような感覚。


『何言ってんのよ。君なんて半世紀も生きてない癖に』

 お前と比べられても困るが……まぁ、そうだな。これから大切な思い出を増やしていけばいいんだよな。

『くっさーっ!』

 お前なぁ……まぁいいさ。こういうのも俺にとっては取り戻したかった日常だからな。


『そんなに私に会いたかったのね♪』

 まぁな。


『えっ、そ、そう……?』

 イリスの母親なんだから居てくんなきゃ困るさ。まだママドラから聞きたい事、教えてほしい事だって山ほどあるんだからよ。


『あー、なるほどね。必要とされてるだけ良しとしましょうか』

 なんだ?

『なんでもないわよ!』

 なんなんだよ……情緒不安定だな。

『うっさいわねー』


 さて……これからどうすっかなぁ。

 ダリル王国内でも俺達の平和は約束されたし、久しぶりにシャンティアにでも行ってのんびりするか……?


 そう言えばキララって実際どうなったと思う?

『……分からないわ。あの時点では消滅してはいなかったと思うけれど……もし生きていたとしても完全に復活するまでには相当の時間がかかるでしょうね。正攻法ならば』

 ……正攻法じゃなきゃもっと早いみたいな言い方だな。

『なりふり構わなければそういう事もあるかもしれない、ってことよ。そもそも現段階では気配も何もないんだから探しようもないし、私達に出来る事は無いわ』


 ……アドルフにもう少しキララの事を聞いておくべきだったか。

 でもアドルフが魔王に成り代わろうとするくらいだから現状キララは死んだか長く身動き取れない状態のどちらかだろう。


 誰も居ないような僻地でのんびり暮らすのも悪くないかもしれないな。

『私達の拠点を作るのね? それはちょっと面白そう』


 ……今なら過去の記憶とママドラの力を使っていくらでも効率のいいやり方を取れる。

『私が居ない間は大変だったみたいね』

 そりゃそうだよ。なんの知識もねぇのに畑耕したり野菜作ったり……ネコが居なかったら俺達は人間らしい暮らしすら出来てなかっただろうな。


「うにゃ~? ごしゅじん……そんなに見つめられると照れちゃいますよう♪」


「ははっ、これからも宜しく頼むぜ」


 わしゃわしゃとネコの頭をかき回す。


「うにゃにゃにゃっ!? ご、ごしゅじんもうちょっと優しくしてくださいよう」


「悪い悪い。さぁ、今夜一晩ゆっくり休んで、明日にでもシャンティアへ向かおうか。お前等はそれでいいか?」


 ネコとイリスに向けて問うと、二人とも二つ返事で「うにゃ♪」「うん♪」だそうだ。

 ついでに言うとおっちゃんも「お供するヨ」だそうである。


 さすがにこの人数でローラたちの家に泊まる訳にも行かないので宿を取る事にした。


 いろいろあって俺も疲れていたのか、ぐっすりだった。

 久しぶりにママドラの力を使った事も関係あるかもしれない。




「み、ミナト殿がこの宿に泊まっていると聞いて……その、伺ったのだが……も、申し訳ない」


「頼む。これは誤解だきちんと説明させてくれ」


 翌朝宿にアリアが訪ねて来たのだが、何か酷い誤解をされている。


「ふみゃぁ……ごしゅじん……すき……」


「そ、そそ、その……邪魔をするつもりは無かったんだ信じてほしい」


 アリアが両掌を顔に当て、指の隙間からこちらをチラチラ見てくる。


「だから誤解だって……! ネコはイリスと一緒に隣の部屋にいたはず……!」


「うへへ……ごしゅじんいいにおい……ぐぎゅずぴぴーっ」


 相変わらずいびきがうるせぇ。


「あのっ、お二人は……やはりそういう……? いや、私はいったい何を聞いているのだろう。忘れてほしい」


「違うから。こいつが寝ぼけて俺のベッドに入ってきただけだから!」


 アリアはこういうのにまったく免疫が無いらしく顔を真っ赤にしながらも興味津々と言った感じだった。

 完全に勘違いされてしまっていたので誤解を解くのにかなり時間がかかった。


「では二人は……恋人とかそういうのではないのだな?」


「私はそれでもいーんですけどーやっぱりごしゅじんはごしゅじんなので~♪ 私はごしゅじんの物ですから望まれればなんでもしますよぅ♪」


 アリアの問いに起き抜けのネコが不穏な事を言いつつ肘から先をを上下に振った。


 スパァンっ!!


「いだっ! ごしゅじん何するんですかぁ~」

「それはこっちのセリフだこの色ボケ発情ネコが!」


「えっ、えっ? いったい、何が起きてるんだ??」


 アリアにはネコのお下品ムーヴが伝わらなかったようで何よりだ。

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