第69.5話:赤毛の末路。(アドルフ視点)


 どうしてこうなった?

 俺の人生どこで間違えてしまったのだろう。

 ミナトと出会った時だろうか?

 それとも冒険者になった時だろうか?

 ミナトをパーティに入れた時?

 エリアルと出会った時?

 ミナトとエリアルが付き合いだした時?

 エリアルの好意に気付いた時?

 エリアルがミナトを突き落とした時?

 シャンティアで法外な報酬を要求した時?

 デルドロでキララと出会った時?

 キララが勇者で魔王と知った上で仲間になった時?

 ルイヴァルの遺跡へ向かった時?

 キララが兵士に妙な術をかけて皆殺しにした時?

 遺跡の奥からデュスノミアへ渡った時?

 現れた女がミナトと知らず闘った時?

 それとも負けた時?

 キララの問いに答えた時?

 氷の中から復帰した時?

 ダリル王国へ攻め込んだ時?

 ミナトと再び遭遇した時?


 どれだ?

 俺の間違いは、一体どれだったんだ?

 冒険者になったのは手っ取り早く知名度を

 あげる為だった。


 ミナトを仲間に入れたのは引き立て役が居た方が評価が上がりやすいと思ったからだ。


 エリアルは良い女だったから仲間に入れた。


 ミナトと付き合いだしたのは腹立たしかった。思えばこの頃からミナトへの感情が疎ましさに変わったように思う。


 しかしエリアルが実は俺の事が好きだと知った時はたまらなかった。ミナトは所詮踏み台だった。俺にとってもエリアルにとっても。


 エリアルの心を俺にだけ向けさせる為にミナトを殺させた。あの女は喜んで言う事を聞いた。でも、俺は知っている。ふとした時にエリアルが見つめていたアクセサリを。


 それがなんなのかまでは追及しなかった。どうせミナトとの思い出の品か何かだろうが、もうミナトは居ないのだ。自分が殺した事に苦しむ横顔もまたそそった。


 だけどエリアルとの二人旅に愉悦を感じたのは最初だけだった。あの女いう事は何でも聞く癖に必ずふとした瞬間に複雑そうな表情を浮かべる。

 それが罪悪感からなのか、ミナトを想っての事なのか分からないがどちらにせよ不愉快だった。


 そんな折にデルドロでキララに出会う。勇者……そして、魔王。聖と魔、正と悪。それらが同居しているような、それでいて実際はただの真っ黒。いや、黒よりも黒。極黒。そういう女だった。

 不思議と俺の物にしたいとは思えなかった。どうあがいても無理な事は一目見た瞬間に気付いた。

 でもそんな事はどうでもよくなるほど惹きつけられていた。

 ルイヴァルの遺跡で兵士たちに無差別に魅了をかけ自害させた時は本当に痺れた。

 いつかこの隣に並び立てるほど、認められる程の男になりたいと思った。

 楽して地位と名誉を手に入れて悠々自適な暮らしを手に入れる事が目的だった筈なのに、俺は初めて自らを高めたいと思ってしまった。


 そんな俺に相応しい女はエリアルなどでは無い。

 キララから貰った人を魔物化させる種をこっそりエリアルに飲ませたのはそのせいだ。

 厄介払いでもあるし、自我も無くなればただ命令を聞くだけの道具に成り下がる。そこにあの不愉快な表情は無いはず。


 そして、あの女が現れる。

 美しいと思った。戦って、その強さを知り、尚更手に入れたくなった。

 俺の物にしたかった。

 まさかそれがミナトだったとはお笑い草だ。


 あの時の俺はそんな事知らずに戦って、何故かミナトを殺した事をキララに問い詰められ、気が付いたら氷漬けだった。


 長くそのままだったが、俺を目覚めさせたのはキララの腹心……確かギャルンとかいう魔物だったか。

 氷から俺を解放し、あの種を植え付けた。

 どうやら俺は素質があったらしい。

 その種には特別強くキララの力が込められていたらしく、俺と適合したそれは俺の身体を変質させた。

 魔物として生まれ変わったのだ。

 しばらくは苦痛にのた打ち回り、意識を失ったが、目が覚めた時にはもう人間ではなくなっていた。


 失った手足も再生していたし、人間を辞めた事よりも生物として貧弱な人間という皮を脱ぎ棄てる事が出来た喜びが勝った。


 ギャルンはのた打ち回っていた俺を見て「運のいい奴だ」と言い残し消えた。誰も居ない。キララもそこには居なかった。勿論目覚めた後も俺は一人そこに残されていた。

 俺は一人デュスノミアで経験を積み、自分のレベルを上げ、ある程度の魔物を支配する事に成功した。

 俺には魔物としての才がある。上に立つ者としての資質が。

 だから、次はダリル王国を堕としてやろうと思った。俺の国を作る為に。

 転送用のヴェッセルがデュスノミアにまだいくつかあったのでそれを通ってダリル王国の果てからわざわざ王都ダリルまでやってきたというのに……。

 ここで再びミナトに会うなんて。


 運がいい。

 そう思った。最初は、この憤りを全部ぶつけてやろうと……この女を俺の物にしようと思った。

 でもそれはミナトで、尚更運がいいと思った。

 俺の計画が崩れたのは全部ミナトのせいだ。

 そんな確信があった。

 だから、思いつく限りの嫌がらせをしてやるつもりだった。

 俺のミナトに対する感情は、見下すべき存在から妄執へと変わっていた。

 まるで恋に狂った乙女の気分だった。

 俺の物にしたい、そう思った。

 あの身体を、心を、その全てを俺に服従させてやりたかった。


 のに。


 それなのに。


「何か言い残す事はあるか裏切者アドルフ・ブルタニス」


「うるさい! 貴様等……俺をこんな目に合わせた事、必ず後悔させてやるからな!」


 俺を見下ろしているであろう声の主を睨みつけてやりたいのに身動き一つとれない。

 それも当然だろう。俺は今頭だけになってしまっているのだから。


「生首が喋ったわ……!」

「悪魔の子よ……!」


 愚民共が好き勝手言いやがって……。


 俺は今広場のような場所の中心に頭部を置かれ、その広場を取り囲むように民衆が……愚民共が。


 やめろ、そんな目で俺を見るな。

 やめろ、俺を笑うな。

 殺す。皆殺してやる。


 ダリルへ向かっていたのは俺が直接率いていた魔物達だけじゃない。

 すぐに豚牛野郎が攻め込んでくるはずだ。

 そのはずなのに、どうして来ない?

 予定ならばもうとっくに来てるはずなのに……!

 冗談じゃないぞ。こんな所で死んでたまるか!


「見てあの目付き……恐ろしいわ」

「あの人が勇者を殺したのね……」


 ……なんだそれは。


「勇者を殺した? 俺が? いったい何の話だ!?」


「黙れ勇者を殺害した大罪人めが!」


「し、知らない。俺は知らないっ!!」


 キララを殺しただと? 俺が? そんなバカな事があってたまるか!


「お前らが言ってるのはミナトっていう……」


「その者の容疑は既に晴れている。疑いようが無い。更に言えば、王自らミナト・ブルーフェイズを手配した事は誤りであったと謝罪までしているのだ。貴様が今更罪を他人に擦り付けようとした所で誰も耳を貸さんぞ」


「待て、待ってくれ。本当に違うんだ! 俺があいつを殺す訳ないじゃないか! おい、お前等! 誰か俺を助けろ! こんなのは間違っている!」


 愚民共が、こんな時に役に立たずして生きる意味など無いだろう!?

 さあ、誰か、この間違いを正せ。そして俺を助けろ……!


「黙れ悪魔!」

「人類の敵!」

「この鬼子がぁっ!」

「死ねっ!」

「死ねっ!」

「死ねっ!!」


 誰かの投げた石が俺の右目を潰す。


「ぎゃぁあぁぁぁぁっ!! 誰だっ、殺す……! 絶対に殺してやる……!」


「本性を現したわ!」

「今すぐ殺せ!」

「殺せ!」

「殺せ!」


「ふ、ふざけるな……! いや、俺が、俺が悪かった……! きちんと説明する! だから……だから助けてくれ! 俺はこんな所で死ぬ人間じゃないんだ!」


「首だけで生きてる人間がいるか!」

「まだ私達を騙すつもりなのね!」

「なんて恐ろしく厭らしい……」


 やめろ……その眼で俺を見るな……!

 俺を見下すな。カスでクズで愚鈍な奴等が、俺を見下すんじゃない……!


「もう一度言うぞ、言い残す事はあるか?」


 えっ、待って。待ってくれもう終わり?

 ダメ、ダメダメダメだそんなの!


「た、たすけて……」


「残念だがそれは聞けない相談だ」


 嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。


 俺の顔の横に置かれた大きな金槌を、男がもち上げていく。

 それで俺の頭を潰すつもりか?


「待て、話せば分かる!」


「貴様の事など分かりはしない。分かりたくも無い」


「お前王の隣に居た奴か? あの時聞いた事はその場のノリで言っただけなんだ。本当は小心物で悪さなんて出来る男じゃないんだよ俺はぁァっ!!」


「……ふん、命欲しさにプライドまで捨てたか……惨めだな」


 惨め。

 その言葉を聞いた瞬間血液が沸騰した。

 俺が惨めだと……?


「撤回しろ! 俺の、どこがっ! 惨めだと言うんだ!!」


「……もう貴様に語る事は何も無い」


「待て、待ってくれ……! 誰か、誰か助けてくれ! 頼むからっ! 何がほしい!? 金か? 女か!? なんでもくれてやるからっ!」


「……」


 応える者は誰もいない。

 男がゆっくりと金槌を構えた気配がした。


「ふざけるな、おい、冗談だろ? 助けろ、たすけて、助けてよママぁぁァっ!! 誰でもいいから助けてぇぇっ!!」


 俺をあざ笑う愚民共の中に、チラリとミナトの姿が見えた。


「おい、おい……! 友達だろ? なぁ!? 助けてくれよ……!」


 ミナトは愚民共とは違い、見下すような事は無かった。

 ただ、とても平坦な、なんの感情も籠っていないような虚ろな目をして首を横に振った後、その場に居た数人を連れて人の波に消えていく。


「待て! 待ってくれ……! 俺が悪かった、謝るから……! 頼む!」


 俺を助けてくれたら、俺はお前の物になってやってもいい。

 お前を悦ばせるだけの道具だって構わない。

 だから、ミナト……こっちを向け。俺を見ろ……!


「……そう言えばミナト氏から伝言がありました」


「……えっ?」


「伝えない事が慈悲かとも思ったが貴様の態度を見ていたら気が変わったよ」


 ミナトが、俺に……?


「謝ったってもう遅いって言っただろ、ざまぁみやがれ。生まれ変われたらまた会おう。……だそうだ」


 俺がここで泣き叫び許しを請う事を予測していた?

 俺が、ここで皆に、ミナトに、惨めに謝罪をして、許してもらおうとするって……お前はそう思っていたのか?


 そして、俺は実際そうした。


 この、俺が……、この俺が……。

 ミナトに見透かされていた?

 いや違う。あいつは、ミナトは誰よりも、そう。誰よりも俺の事を理解していたんじゃあないのか?


 ミナト、待ってくれ。

 行くな、俺を見捨てないでくれ。


「ミナトぉぉぉぉっ!! 俺はっ、お前を……!」


 その先、俺は何を叫ぼうとしたのだろう。何かを伝えたかったのか、ただ怨みの言葉を投げつけたかったのか、頭が真っ白になってもう分からない。


 ただ、何かとてつもなく硬くて重い物が俺の頭蓋骨にめり込んだ音が響いて。


 そこからは何も考えられ


 何も


 なに


 も




 みな、と。


 本当に、生まれ変わったら会いに行ってもいいのか?


 命が潰され、消え去る瞬間にふと頭に浮かんだのはそんな言葉だった。


 笑えるだろう? なぁ、ミナト。







――――――――――――――――――――――――――


ここまで続いたアドルフとの因縁もこれで終了です。

アドルフにとってミナトはいったいどんな存在だったんでしょうね。

次回より新展開!

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