第62話:へたくそ。

 

「大体事情は把握した。問題はどこから城に潜入するかって所だなぁ……」


 あれ? なんかおかしな流れになってきたな……。


「おい、お前等には王都入りを助けてもらったからこっちの事情もある程度説明したが……別にここからはいいぞ? お前らまで賞金首になりたいのか?」


 無駄に巻き込むつもりは無いんだが……。


「いや、俺達が受けた恩はまったく返せてねぇ! 俺達にも手伝わせてくれ!」

「弟の言う通りだ。俺達はあんたが現れたらなんでもするつもりで……」


「あー、うん。ありがたいんだけどよ、前にも言ったよな? もう悪事はするなって。次は容赦しないとも言ったぞ?」


 俺の言葉に兄弟は一瞬固まったのでそのまま押し切ろうとしたのだが……。俺にとっても兄弟にとっても予想外の事が起きた。


「お兄ちゃんたちがダメなら私ならいいですよね?」


「「「……は?」」」


 俺を含め男性陣三人の声が綺麗にハモる。


「お兄ちゃんたちは悪い事しちゃダメって約束したんだよね? だったら私ならいいでしょ?」

「ばっ、馬鹿言うな!」

「お前に何が出来るんだよ!」


 俺も兄二人に賛成だ。せっかくこいつらを巻き込まないようにしようと思ったのに妹に手伝って貰ったんじゃ意味が無い。


「私の仕事忘れたの?」


 兄二人が黙り、ゆっくり妹と俺の顔とで視線を行ったり来たり。

 なんだよおい……。


「私、お城の調理場に食材搬入してるんですよね。助けて貰ったあの時も仕入れ途中だったんです」


 ……マジか。


「でも君、荷物何も持って無かったじゃないか」

「ちょっと離れた所に馬車の残骸がありますよ。食材もめちゃくちゃですけどね」


 ……確かに城の内部に潜入するのにこれ以上の好機は無いかもしれない。


「でも、食材が無いんじゃ結局……」

「帰りに使った馬車の中の荷物も全部食材ですよ? 外には少し離れた森でしか手に入らないハーブと木の実を取りに行ったんです。それが手に入らなくても通常の納品は問題ありません」



「いや、しかしだな……」


 正直言うとかなり助かる。しかしここでこの少女に甘えてしまっていい物かどうか……。


「私じゃ不安ですか?」

「そうじゃない」

「なら決まりですね。お兄ちゃんたちもそれでいいでしょ? お兄ちゃんたちは当時のお礼を王都に招き入れる事で返した。私は自分の命の恩人にこれで恩返しするから」


 兄二人は必死に止めようとすると思ったんだが、その逆だった。

 涙を流しながら「立派になりやがって……」とか言い出す始末。


「ぱぱ、お願いしたほうがいいと思うな。にゃんにゃんの事も心配だし……」


 そうだ。今回は俺個人だけの問題じゃない。うちのネコを連れ戻さないと……そのためには一分一秒だって無駄にしている暇は無い。


「分かった、頼めるか? その代わり約束してくれ。危なくなったら全部俺に脅されてやった事にしてすぐ逃げる事」


「……そんな恩知らずな事できません。って、言いたいところですけど多分それを約束しないとこの話は無かった事にされそうですね」


「俺は察しのいい子は好きだぞ」

「私は女の人に興味ないですよ」

「俺は男だっつの」

「じゃあ私に興味があるんですね」

「えっ、いや……そういう訳じゃ……」

「ふふっ、面白い人。ミナトさん、今回の事任せておいてください。私の名前はローラ。覚えて下さいね?」


 そう言って少女、ローラはにっこりと笑う。

 どこにでもいるような素朴な子だが、その分屈託なく笑うその表情はとても輝いていた。

 そして、なかなかのやり手である。


「分かったよローラ。それと前言は撤回するわ。察しが良すぎる子は苦手だ」


 俺の言葉にその場に居た全員が笑う。

 なんだかこういうのも久しぶりだな……。


 家にネコが居れば毎日三人で笑っていられたのに。少しの間合わないだけで俺とイリスの生活は急に静かな物になった。


 それだけあいつがやかましいという事なんだが、やっぱりあの騒がしさがないと物足りないんだよ。


「じゃあぱぱ、にゃんにゃん救出作戦、れっつごーだね♪」


「納品は明日行く予定だからごめんなさい。それまでは待ってもらえますか?」


 イリスがちょっとだけ考えて、「仕方ないよね」と言って振り上げた手をゆっくりと降ろす。

 本当はすぐにでも乗り込みたいだろう。

 そして、イリスの力なら一人で乗り込んでもなんとか出来てしまうだろう。


 ただその場合は敵対する相手が多くなりすぎる。

 負けないまでも、殺さずに済む保証はない。


 出来る限り静かに、やるべき事だけをやるのがベストだ。


 そして俺達は元の平穏な日常を取り戻す。


「それでいい。決行は明日の朝……すまないがよろしく頼む。俺達は荷物に紛れるから納品後出来るだけ速やかにその場を離れるようにしてくれ」


 積み荷の中から俺達が出る所さえ見咎められなければ彼女に疑いが向く事も無い。


「ミナトさんって本当にお人好しっていうか……生き方がへたくそなんですね」


 かなりきっついお言葉を頂いた。

 生き方がへたくそか。


 ふふ……まさに俺という生き物を例えるのに完璧な言葉じゃないか。


 へたくそはへたくそなりにあがいてやるよ。

 あがいてあがいて、最後には最高の形、望んだ未来を手に入れてやるさ。

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