第61話:秘密の言葉。


「……えっ? 違いますよ。だって私を助けてくれた人は男の人だって……」


「あー、説明が難しいんだけど、俺男なんだわ」


 少女の視線が露骨に不審者を見る目に変わる。



「い、いや……信じてもらえないのは分かるんだけど、ほんとなんだよ。俺は事情があって女になっちゃっただけで」


「女になっちゃった……? 元は男の人……? お、オカマの人ですか……?」

「ちげーよ!」

「ひっ!」

「ご、ごめん! 怖がらせる気は無かったんだ。えっと……君ってもしかして二人の兄貴が居たりしないか?」


「えっ、兄達の事をご存知なんですか?」

「ご存知っていうかさ、だから俺が君等の兄貴に説教してやったミナトだよ。確か……なんて言ったっけな……ルイズ……じゃない。確かレイズとロイズだったか?」


 以前一度聞いただけの名前を俺が覚えていられるはずなんか無いんだけど、不思議とすぐに思い出す事が出来た。


「兄の名前です……」

「って言われてもまだ信じられないだろうなぁ……じゃあ君の兄貴に会わせてくれないか? そうすれば証明できるよ」


 少女は少し悩んでから、「分かりました……」と頷く。


「では私達の家に来て下さい」

「ちょっと待って。実は俺達今訳あって王都の中に入り辛いっていうか……」


 再び少女の視線が不審者を見るそれに変わる。



「い、いろいろ事情があるんだよ。だから申し訳ないんだけど二人を連れてもう一度外まで出て来てくれないか?」


「それ、さすがに信じられませんよ……王都に入れ無いってどういう事ですか?」


 うーん、事情を説明するのはちょっと面倒というか、余計警戒されるだけな気がするんだよなぁ。


「じゃあさ、君の兄貴に伝言を頼むよ。もしそれで兄貴たちが無反応だったら俺の事は忘れていい。ただ、兄貴たちが俺の事を信じてくれるようなら馬車でここまで来てくれ」


「馬車って……わざわざどうして……? それになんて伝えたらいいんです?」


「ちゃんと覚えて行ってくれよ?」





「あの子のお兄さんたち来てくれるかなー?」


 遠くなっていく少女の背中を見つめながらイリスが地面に座り込んで足をパタパタさせた。



「ちゃんと伝えてくれたら来てくれると思うよ。少し待とう」


 それから三十分くらいした頃だろうか。寝っ転がってイリスとしりとりしていると馬の足音が聞こえてきた。


「おっ、来た来た」


 馬車が俺達の前で止まり、馬の上から一人、荷台の方から一人男が降りてくる。遅れて妹も顔を出した。


「もっとマシな伝言無かったのかよ!」

「女になったってマジなのか!?」


 おーおー、ちゃんと信じてくれてるんだな。


「マジだよ。今じゃこんな姿になっちまった。でもこの外見でもお前らは信じてくれるんだな」


「当然だよ……だってあんな伝言聞いたら疑いようが無いって」

「もしかしてあの時の娘さんがこの子!?」


 二人はイリスを見てなんだか懐かしそうな目をしていたが、「……にしては成長しすぎじゃないか?」と不思議がる。


「久しぶりだねー暗殺者さんたちー」


「ちょっ、妹も居るんだからその話はダメだって!」

「分かったから、俺達は何をすればいいんだ? ちゃんと恩は返すぜ!」


「ちょっとお兄ちゃん……本当に間違いないの?」


 妹さんはまだ信用しきれないと言った感じで俺の方をじろじろ見ていたが、兄二人に怒られてしゅんとしてしまった。


「お前の命の恩人になんて口のきき方だ!」

「この人は本人に間違いねぇんだよ!」


「う、うぅ……分かったよぅ。あ、あの……ミナトさん……でしたよね? ごめんなさい」



 しょんぼりしたまま俺達に頭を下げる少女。なんだかこれじゃ俺が悪者みたいじゃないか。

 確かに良い者ではないけれど。


「まぁ気にするなよ。それより、悪いんだが俺達をこっそり王都へ入れてくれないか?」


「あぁ……そう言えば手配書見た時は驚いたもんだぜ」

「あんた何やらかしたんだ?」


 やっぱり王都にも俺の手配書は出回ってるらしい。


「いろいろあってな。でも誓って俺は悪事はしてねぇからな」


「俺は信じるよ。兄貴も手配書見た時信じられないって言ってたしな」

「恥ずかしいからやめろよ! ……それより、俺達なら頻繁に王都から出入りしてるから丁度いい。荷物検査なんか顔パスだぜ!」


 マジかよ。そりゃタイミングがいいな……。

 やっぱり恩は売っておくものだ。こうやっていつの日か自分に帰ってくる。


 俺とイリスは馬車に乗り込み、念のために積み荷の影に隠れるように丸くなっていたが、本当にチェック無しで王都の中へ入る事が出来た。


「……もう平気ですぜ」

「早めに家の中に入ってくれ」


「ありがとな。でも安心しろよ。俺は今こんな外見だから誰かに見られても気付かれる事は無いよ。入り口のチェックさえスルー出来ればもう安心だ」


 俺がそう言うと、「確かにそれはそうか」と納得してくれたらしく、普通に客人として家の中に案内してくれた。


 大きい家とは言えないが、カントリー風とでもいうのだろうか? 民族感のある作りや調度品で雰囲気のいい家だった。


「ねーぱぱ、結局伝言ってなんだったの?」


「あー、まぁ当時話した内容をちょっとな」


 妹さんも怖がってたけど、アレ意外に思いつく言葉が無かった。


 そう、二人が忘れていないだろう内容。俺とあいつらしか知り得ない言葉……。


【娘が目を覚ましたからお前らは殺す】

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