第60話:予期せぬ出会い。


 イリスを後ろに乗せ、いざ出発……という所で予想外の事に出ばなを挫かれる。


「あら~? どこか出かける所だったネ?」


「お、おっちゃん?」


 まさかこのタイミングで商人のおっちゃんが訪ねてくるとは思わなかった。


「もうすぐ暗くなるヨ? こんな時間にどこ行くネ」


 俺が返事に困っていると、先ほどよりは少し怒りを抑えたイリスが代わりに答えた。


「王都をぶっつぶしに行くの」


「はは、それは面白い冗談ネ……もしかして、冗談じゃ、ない?」


 俺とイリスは無言で頷く。


「ちょっとちょっと待ってヨ、なんでそうなったのか教えてほしいネ」


 多分おっちゃんは何も言わずに納得はしてくれないだろうから正直にネコが連れ去られた事を告げた。


「なるほどネ……だったらワタシも手伝うヨ」


「そう言うと思ったから言いたくなかったんだよ……今回は本当に国を敵に回すヤマだからおっちゃんはやめといた方がいい」


「分かってるヨ。ワタシはきっと邪魔になるだけネ。だから、せめて国境越えくらいは手伝わせて欲しいヨ」


 おっちゃんはそう言ってにっこりと笑った。


 こう言い出したらきっとおっちゃんも引かないだろう。

 俺は出来るだけ巻き込まないように、俺達を国境向こうで降ろしたら出来るだけ早くシュマルに戻るように伝えた。


「分かったネ。でも何かあった時の事も考えてシュマルじゃなくてデルドロで待機する事にするヨ」


「……すまん」

「何言ってるネ! もうオニ……オネーサンとワタシは一蓮托生ヨ。むしろ久しぶりに一緒に悪企み出来て嬉しいネ」


 悪企みって……今までだってそんな悪い事はしてきて無いだろうが。


 でもおっちゃんがやる気だって言うならありがたく協力してもらおう。


 俺達が預かった馬もおっちゃんの馬車に繋ぎ、懐かしのスタイルに戻った。


「じゃあ出発するネ!」



 馬車に乗るのも久しぶりだ。イリスも懐かしいのか、あちこちきょろきょろと見回してうっすら微笑んでいる。


「オーサンのおじさんが手伝ってくれて良かったね」

「ああ、あまり巻き込まないようにしなきゃな」


 馬車はいろんな荷物で一杯になっていたので乗り心地がいいとは言えなかったが、積み荷に紛れる事で何事もなく国境を越える事に成功した。

 俺達だけじゃこうスマートにはいかなかっただろう。


「おっちゃん、ここまででいいぞ」


 王都、そして王城が遠くに見え始めたあたりでおっちゃんに声をかける。


「分かったヨ。ならこれからデルドロへ行ってるネ。お互い次に会う時は笑顔で、ヨ?」


 別れ際におっちゃんは有益な情報を教えてくれた。

 国境を越える際、検問でいろいろ情報を収集してくれたらしい。


 やはり王都の兵、それも騎士団の連中がシュマルへ入国し、再びダリルへ戻ってきたとの事。


 目的地はダリル王国の王都ダリルにあるダリル城という事で間違いなさそうだ。

 それにしても国の名前と王都の名前と城の名前が全て同じというのはややこしい。


 日本で言ったら東京が日本という名前で国会議事堂も日本という名前みたいなもんだ。

 日本にある日本の日本。訳が分からん。


 でもよく考えたら県と市の名前が一緒くらいはよくあるか……ってそんな事はどうでもいい。


 おっちゃんに感謝してから別行動にしたけれど、王都に入るにも検問を通らないといけない。


 せめて王都に入る所まで協力してもらうべきだったかも。

 うまく潜入出来る方法は無いかと考えていた所で、何かが動いたのが視界の隅に入った。


 そちらをよく見て見ると、かなり距離があったが誰かが魔物と戦っているようだ。


「ぱぱ、ちょっと危なそうだよ。助けてあげなきゃ」


 正直言うと俺は迷っていた。勿論、助けてやりたい気持ちはあるが今の俺はそんな事に関わっている余裕が無かったのと、ここで横槍を入れる事で無駄に俺達の姿を他者に見せる事になってしまうから。

 その辺の事を考えて悩んでいる間にイリスは走って行ってしまった。


「……まったく、誰に似たんだかなぁ」


 俺に似て育ったらあんないい子にはならないと思うんだが。


 イリスの背中を追いかけながらそんな事を考え、娘を誇りに思った。


 戦っているのは二人……いや、一人の少女を守るようにもう一人の男が魔物と戦っているようだ。

 守られている少女は戦う事が出来ないのだろう。

 そして、魔物は全部で三体。確かにこれは分が悪いな。


 あっ、男が逃げた。

 魔物に勝てないと見るや少女を放り出して逃げ出すとは……あいつは助けなくてもいいな。



「イリス! 女の子の方を助けよう!」


「分かった!」


 イリスが物凄い勢いでその場からジャンプして飛び蹴りをかました。

 それだけで、ぼごりと鈍い音を立てて魔物の首がもげる。


 少女達を襲っていたのはシャドーマンと呼ばれる全身が黒くひょろながい魔物だった。


「イリス! そいつは頭じゃダメだ! 下っ腹のあたりをぶん殴れ!」

「おっけーっ♪ ぶっころっ!」


 頭がもげた事など一切気にせずシャドーマンはその長い手を振り回したが、イリスは華麗なステップでそれをかわし、確実に下腹部をぶん殴る。


 もう一体が少女へ襲い掛かろうとしていたが、なんとか滑り込みセーフで俺が間に合い、鞭のような腕の一撃を受け流して下腹部を一突き。


 シャドーマンはその身体が黒い霧のように変化して消えていった。


 その頃には逃げた男を追いかけていたシャドーマンもイリスが始末してくれたようだ。仕事が早くて偉い。


「ぱぱー。あの人死んじゃってたよー」

「まぁこの子を見捨てて逃げるような奴だったから気にしなくていいだろ」

「それもそうだねー」


 にっこりと笑いながら返事をするイリス。この子の常識とか価値観、倫理観はママドラと俺がベースになっているので少々不安である。



「あ、あの……ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか……」


 少女は涙目で何度も頭を下げた。

 明るめの茶色で、両脇で三つ編みにしている素朴な感じの少女。


「礼はイリスに言ってやってくれ。あいつが助けたいって言ったんだからよ」

「イリスさん、ですか。ありがとうございました」


 礼儀正しく、改まってイリスに向け頭を下げる。なかなか育ちのよさそうな子である。イリスには敵わんけどな。


「ぜんぜんいーよー♪ 助かって良かったね! でもあの人間に合わなかったよ。お友達?」


「あ、いえ……あの人は雇った護衛だったんですが……」

「護衛……? 金貰っておいて一人で逃げたのかよ最低だな」


「でもとても強い魔物でしたし……やっぱり仕事より命だと思うので仕方ありませんよ」

「……性格がいいのは分かったけどそんなんじゃいつか損するぞ?」


 護衛なんて仕事をやるからには依頼人を命をかけて守るべきだ。それを放棄して一人で助かろうとするなんて死んで当然。なんとも思わないね。


「そう……ですね。でも兄達から何度も聞かされたんです。悪い事をした兄達を許してくれたばかりか病気だった私を助ける為のお金まで用意してくれた人がいて、私はその人に命を救われたんだって……。だから、私も同じように人の事を信じてあげたいんです。きっとあの護衛の方だって家族や想い人の為に生きたかっただけなんじゃないかな……」


 まったく、とんだお人好しもいたもんである。

 こいつも、こいつの為に金を用意したってやつもだ。

 俺だったらそんな無関係な奴の事なんて……。


 ……ん?


「それって多分ぱぱの事だよー?」

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