第59話:二人対国。


 俺は無言で馬を走らせた。

 ロイドの遺体をそのままにしておくわけにはいかなかったので、勿論肉屋の親父の所まで届けてある。


 罵声の一つもあびせられる覚悟だったのだが、肉屋の親父は「最期を好きな人に看取って貰えてよかったな」と、冷たくなったロイドに優しく呟いていた。


「こいつは、アオイさんを置いて逃げるようなクズでしたか?」


 そんな質問をされたが、おやじ自身その答えは聞くまでもないと思っていたのだろう。その表情に不安は一切感じられなかった。


「彼は最期まで俺……私を守ろうとしてくれました。彼は、勇敢でしたよ」


「そう……ですか。親としては、どんなに惨めな思いをしてでも生きていてほしかったですけどね。こいつは自分が後悔しない生き方を選び、納得のいく死に方をしたんでしょう。なら……俺からは、何も、言えませんわ……」



 そんなやり取りをして肉屋を後にした。

 おやじは平静を保とうと頑張っていたが最期の方は消えてしまいそうなほどか細い声になっていた。


 仮に俺がおやじの立場だとして、万が一にもイリスを失うような事があったらあんなに気丈に振舞えるだろうか?


 ……いや、多分無理だな。実際血が繋がっていないのでおやじとは条件が違うにせよ、今の俺がイリスを失ったらきっと暴れ狂うだろう。


 そんな事を考えながら馬を走らせ、家に帰宅する。


 俺は、ロイドの事、そしてイリスの事ばかり考えていて身近なもう一人の事をきちんと考えていなかった。

 それを思い知る。


 家の周りには沢山の足跡。

 俺の心臓が、まるで昔鬱陶しく感じていた深夜に爆音で走り回るバイクのようにやかましく脈打つ。


 恐る恐る家に入ると、嫌な予感が的中してしまった。


「ぱぱ……にゃんにゃんは……?」

「……」


 何も言い返す事ができない。

 不安にかられて俺の腕をぎゅっとつかむ娘を安心させてやる事もできない。


 何があった。

 俺達が居ない間に、ネコが誰かに連れ去られた……?

 いったい何の目的で?

 山賊か何かかとも一瞬思ったが、どうやらそうじゃないらしい。

 賊にしては足跡が綺麗すぎる。大きさ、形、それらが全て一定の痕跡を示している。


 ……だとすればこれは、追手か?

 王都から国境を越えて俺達を追いかけてきたのか?


 どこを探してもネコの姿は無かった。

 どうしてよりによって二人揃って家を空けた日に……。


「ぱぱ……」


 いや、ダメだ弱気になるな。奪われたのなら取り返せばいい。


「ぱぱ、これ見て。にゃんにゃんの字だよ」


 テーブルの上にメモが置いてあったのをイリスが見つけて俺に見せてくれた。

 そこには汚い字で【少し出かけてきます。心配いりません】とだけ書かれていた。


 ……この言葉を鵜呑みにする事は出来ない。


 しかしここに俺が居る事も把握していたのならネコだけを連れ去った理由はなんだ?

 普通なら俺を捕らえようとするのが普通なのでは……。


 そうか、そうだった。手配されているのは男のミナト・ブルーフェイズだ。

 今女の姿をしているミナト・アオイではない。


 追手はおそらくここに住んでいるのが誰なのか調べた上で踏み込んでいるだろう。

 関係の無い俺とイリスが外出したのを見計らってネコを連れていく理由としてはこれが一番しっくりくる。


 そうなると心配いらないという書置きも、関係無いと思われている俺達が騒がないようにと追手か書かせた可能性も出てくる。


 家の周りの足跡を念入りに調べてみると、やはり少し離れた所から馬車での移動に変わっていた。

 方角は国境方面。これは間違いなさそうだ。


「……イリス、ネコは王都へ連れていかれたらしい。俺は連れ戻しに行く。お前は……」

「行くよ」


 出来ればここで待っていてほしかった。

 一緒に王都へ乗り込めば、今度こそイリスまで手配書に載る事になる。


 でも、ここに残れと言っていう事を聞くような顔には見えなかった。


「仕方ないな……だったら、一緒にネコを取り戻しに行こう」

「うん、私達から大事な物を奪う奴等はみんなぶっころだよ」


 今のイリスが言うと洒落にならないんだよなそれ。


 しかし、これ以上頼れる相手は他に居ない。

 ダリル王よ、俺達を敵に回した事後悔させてやるからな。


 どうせネコを取り戻す為に乗り込んだら俺達に平穏な日々は無くなる。だったら……。


 二人で王都ダリルを堕としてやるよ。

 何もかもぶっ壊してネコを取り戻し、俺達はまたのんびり平和に暮らすんだ。


「イリス、準備だ。三十分後に出発するぞ」

「十分でいい」


 イリスは怒っていた。

 俺は彼女がここまで怒るのを見た事がない。

 先程のロイドの件、そしてネコの件が重なった事もあってか、いまだかつてない程殺意に満ちている。


 俺だけならともかく、六竜イルヴァリースの娘を怒らせた罪は重いぞ?




「よし、準備はいいか? 出発だ」


 イリスはレイバンで購入した可愛いリュックを背に、馬に跨る。


 国境を渡るのは来る時のようにうまくいかないだろう。

 だがそんな事は知った事か。

 もう俺達はダリル王国を敵に回す覚悟を決めた。


 二対国の戦いだ。

 止められたなら押し通る。


 俺達がすぐに助けてやるからそれまで無事でいろよ。

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