第58話:帰ろう。
「この俺様より強いだと? 下等な人間風情が!」
ぶおん、と振り回された槍を後ろに飛んでかわし距離を取る。
デブは凄い勢いでハーピーもどきを倒していくイリスの姿をチラチラと見ていた。
気になって仕方ないといった様子だ。
「安心しろ。イリスには手を出させないから。お前の相手は俺だけだよ」
「……貴様、馬鹿なのか? アレほどの戦力を……いや、それはどうでもいい。それならお前を全力で殺してこの場を去るだけだ」
こいつは魔王軍幹部ほどの実力があるとは思えないから、幹部の部下とかその辺の地位だろう。
今になって魔物の群れを率いて街に攻め込んできた理由は分からないが、俺達の平穏を壊した罪は重い。
「はぁ……ここらが潮時かもしれねぇな」
「ふん、自分で相手をすると言っておいて諦めるとは馬鹿な奴め」
「馬鹿なのはテメェだよ。相手との実力差も……あぁ、すまん。隠してるの忘れてたわ」
「なに……?」
俺はレベルが上がり身体的にかなり強化されただけではなく、60を超えた頃に上位スキルが発現した。
それは上位スキルと呼ぶにはしょぼい物だったが、俺等にとっておあつらえ向きのスキルだった。
このシュマルという国では相手のステータスを見る事が出来る魔法具が出回っていて、
俺はともかくイリスを見られたら大騒ぎになる。そんな時に役立つスキルだ。
上位スキル:隠蔽工作。
最初は上位スキルと聞いてまず心臓が跳ねた。ついに俺も上位スキルを得たのかと。
その後隠蔽という字面を見て相当落ち込んだ。そもそも隠蔽工作って名前がダサすぎる。
今となっては役に立っているが、今回改めて判明した事がある。
レベル1の隠蔽工作ではイリスを隠し切れない。シュマルに出回っている魔道具は騙せても、感覚の鋭い魔物には気付かれてしまうようだ。
スキルレベルが上がればもっと高度な隠蔽が可能になるのだろう。知らんけど。
ともかく、隠しておくのも可哀想なので俺はデブにも分かるようにしてやった。
「隠蔽解放」
俺とイリスを包んでいた隠蔽力が消え、俺の真の力が……。
「……ば、化け物……!」
あ、こいつ隠蔽から解放されたイリスを見て全身から汗を噴き出している。もう少しこっちを気にしてくれてもいいのよ……?
「おいおい、お前の相手は俺だっつの」
「……確かに貴様も人間にしてはやるようだ。あの化け物を見た後ではゴミみたいな物だがな」
あーあ、よくあるんだよなぁ、めっちゃ値段の高い物を見た後にぼちぼちの値段の物を見ると、安いじゃん! って誤解する事。
どっちにしても自分には不相応な値段だってのにな。
「相手がお前で良かった」
「気持ち悪い事言うんじゃねえよ。ロイドの仇は打つぞ」
「ロイド……? この人間の事か? ふん、自分の男を殺された怨みって所か。くだらねぇな」
ロイド……俺の恋人扱いされてるぞ。良かったな。せめて生きている間に聞かせてやりたかったが。
「まぁいいや。とにかくデブ、テメェは殺す。かかってこいよ」
掌を上に向け、くいっと指を動かし相手を煽る。
「地獄で後悔するがいいっ!」
目の前に槍の切っ先が迫る。早い。
それを最小限の動きで避ける。髪の毛が数本千切れた。許さん。
反撃しようとしたらすぐさま次の刺突が迫る。高速の連続突きか……。
「どうしたっ! かわすばかりでは俺を倒す事はできんぞ!」
俺はデブの攻撃を見極め、槍の切っ先を切り飛ばす。
「なっ!?」
「これでただの棍棒になっちまったな。お前にはそれがお似合いだ」
みるみるうちにデブの顔が真っ赤になっていく。
「小娘がぁっ! その柔肌を切り裂いて、内臓を喰い散らかしてやるわ!」
「はぁ……お前に言っても仕方ねぇ事だとは思うけどよ」
「死ねぇぇぇっ!!」
刀身を失った棒切れを放り棄て、直接拳で殴り掛かってきた。
その拳に合わせるように切っ先を手首あたりに下から突き刺し、相手の力を利用して脇の辺りまで切り裂く。
「俺、男なんだわ」
「ぎゃあっ! う、腕が、俺様の腕がっ」
……どうやら俺の言葉は届いてないらしい。
「おい、人の話はちゃんと聞けって教わらなかったのか?」
「腕がぁっ!! いでぇっ、腕がぁっ!」
「ぱぱ、こっちは終わったよ。ぱぱの方は……もう終わりそうだね」
イリスはあちこち返り血に染まっていて、「せっかく服買ってもらったのに……」と嘆いていた。
「じゃあこっちもさっさと終わらせようか」
「き、貴様ぁぁぁっ!」
ヤケクソ気味にデブが無事な方の腕を振り回して来たのでそれを逆に懐に飛び込む事で回避し、がら空きの膝へ剣を突き立てる。
そこらじゅう肉だらけで急所がよく分からないが、膝の関節はとても分かりやすい。
骨の繋ぎ目に深く剣を突き刺し、思い切り振り抜いて足を片方切り落とした。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
「もう黙れよ」
レベルが62もあればこの程度の魔物どうという事もない。
特殊なスキル等も無いようなので引き続き同じように関節から剣を滑らせ四肢を切り落としていく。
「やっ、やめっ……頼む、俺が悪かった! 助けてくれ……!」
喋る魔物はこれだから嫌だ。意思の疎通をしようとしてくる。まるで人間のようだ。しかもまともに話そうとするのは死の間際だけ。
「残念だけどお前がロイドを殺した時点でお前は殺すと決めてるんだ」
「や、やめ……」
デブ野郎はそれ以上の言葉を紡ぐ事は出来ず、ゆっくりと頭部がスライドして上半分がどちゃりと地面に落ちた。
「ぱぱ……泣いてるの?」
「馬鹿言うなよ。俺がこんな事で泣く訳ないだろ……それより、早くネコの所へ帰ろう」
「……うん。私も早くにゃんにゃんに会いたいよ」
私も、ってなんだよ。それじゃまるで俺が早くネコに会いたいみたいじゃないか。
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