第52話:ジュディア・G・フォルセティ。


『気を付けて。あれはヴェッセルよ!』


 あのバカでかい剣が例のヴェッセル……勇者の証か。


「キララ、俺はお前の事別に嫌いじゃない。俺を殺したっていう恨みはあるが、お前が歪んだ愛情を持ってた事は伝わったしな」


「じゃあ……」


 キララの表情がパァっと明るくなる。


「でも、だ。俺はお前の物になる気は無い。だから力尽くでっていうなら俺も全力で戦わなきゃならん」


「うふ、うふふ♪ ミナト君が、ミナト君が私に強い想いをぶつけてくれる……あぁ、幸せよ私」


 ダメだこいつ。まるで話を聞いていない。


「魔王様、お戯れもその辺にして下さい」


 キララの背後、玉座の周りにはいつの間にか数体の魔物が控えていた。


『知性のある魔物……幹部ってところかしら……これ以上敵が増えるのはまずいわ』

 だったらどうしろって言うんだよ。


「今貴方達はお呼びじゃないのよ。いくら貴方達でも私の邪魔をするのなら今すぐここで殺すわ。私がミナト君を手に入れるまで何があっても絶対に邪魔はするな」


 キララの殺意のこもった声に魔物達は身じろぎ、その場に頭を垂れ跪く。


 これは好都合だ。

 キララ一人を倒す事に専念できる。こいつさえ倒してしまえばあとはきっと何とかなる。


「さぁ、ミナト君。貴方の全てを私にぶつけて。早くぅ♪」


「……お前を始末して俺は自由を手に入れる」



 魔物達は片膝をついて頭を垂れたまま動かない。命令があるまでそのままだろう。


 ならばあいつらが動き出す前にキララをどうにかする。


 出来ればこいつと関わりたくなかったが、こうなってしまっては仕方ない。

 恐怖に打ち勝て。今の俺ならきっと勝てる。


 ママドラ、無茶を言うようで悪いが剣聖の記憶を全部引き出してくれ。


『……君の脳がもたないわよ』

 それでも、だ。こいつをここで始末するにはスキルだけじゃダメだ。

 戦闘知識、経験、それらがないと本来の力を発揮する事が出来ない。


『でも……どんな影響が出るか』

 頼むよ。俺だけの力じゃ勝てないんだ。


『……分かった。どうなっても知らないわよ?』

 ああ、すまん。


【俺】の意識が強ければ強い程、あの時の記憶が邪魔をして委縮してしまいそうだ。


 ……俺の頭の中に剣聖だった人間の記憶が流れ込んでくる。


 俺は湊蒼であり、ミナト・ブルーフェイズであり、ミナト・アオイであり、そして……。


「我が名は剣聖ジュディア・G・フォルセティ。魔王キララ、その命……貰い受ける」


「なぁに? 剣聖ごっこ?」


 俺は無言で剣をキララに向かって構える。

 ただならぬ様子に気付いたのか、彼女の表情が真剣な物になった。


「……貴女、ミナト君……? どういう事? 何か、混ざってる。誰?」


「名は先ほど名乗った。これ以上交わす言葉は不要。行くぞ」


「……許せない。私のミナト君の中から出て行きなさい。ミナト君と一つになるなんて絶対に許せない。私のミナト君を独占するなんて許せるはずがない!」


 ぶわりとキララの纏う空気が変わる。

 今まで俺に対しては向けられて来なかった明らかな殺意。


「貴方が何者なのかは手足削ぎ落してからゆっくり聞いてあげる。後で治してあげるから許してねミナト君……」


 許せるかボケ。俺はお前には負けねぇ。ネコとイリスを連れて生きて帰るんだ。


 キララの眼に映る狂気が濃度を増していく。

 自らの身長ほどもある剣を軽々と持ち上げ、それを振り回すと、不規則に風の刃が発生しこちらへ突き進んで来た。


「なるほど……勇者の証ダンテヴィエルか。厄介な物を持ち出したものだ。それは貴様が持っていていいような物では無い」


 どうやら剣聖の頃の俺、ジュディアはあのヴェッセルの事も知っているようだ。


 身体が自然と動く。剣を身体の目の前でくるりと大きく一周回しただけで風の刃を打ち消していく。


「……貴方もミナト君なの? 明らかに別人なのに匂いが似ているのよ……」


「我はミナト・アオイが別の時代にて生きた魂。ある意味では同一であろう」


 ジュディアとしての記憶を全て引き出した事で戦闘中の意識はほぼジュディアと言っていい。


 しかし、意識は一つに混ざり合ってはいるがジュディアとして喋りつつ俺としての意識もここに残っている。

 それはジュディアからも同じなのだろう。自分がジュディアであると共にミナトでもある。それをお互いが自覚している。


「凄い……ミナト君やっぱり貴方は凄いわ! 昔から強かったのね……! あぁ、たまらない。いろんなミナト君が見れて幸せ。ミナト君をもっともっと知りたい。もっとぶつけて来て!」


「……ならば望みの通り、その肉体も魂も打ち砕いてみせよう!」


 一歩前へ出る。その感覚しか無かったのに、ジュディアの一歩とはキララまでの距離と同一だった。


 たった一歩の踏み込みで一瞬にしてゼロ距離まで迫る。


「はやっ……」

「二閃・龍牙」


 ほぼ同時に首と胴へ高速の二連撃を加える。

 キララは後ろへ飛んで避けるが反応しきれずに、二撃目の胴が薄く切り裂かれた。

 致命傷ではないものの血が噴き出る。


「うふっ、あははっ♪ 赤い、紅い、アカいわぁ……私この色大好きなのよ。でも……やっぱり自分のよりもミナト君の方が綺麗よ」


 キララは布面積が少ない服のせいで腹が出ていて、ダイレクトに傷を負っていたが指で一撫でするだけであっさりと塞がってしまう。


「まだこの身体の力を使いこなせていないのよね……」


「ならばこちらとしても好機。必ずや仕留めてくれようぞ」


「でもね、上手く制御できないけれどただ単に暴力をぶつけるだけなら加減が要らないからちゃんと出来るわ。お願い、死なないでね」


 キララは掌に赤く輝く球体を生み出しそれをボールのように投げつけてきた。


 速いが、見切れない程では無かったので一刀両断、真っ二つに切り裂くが、その瞬間に爆発し近距離から散弾銃を喰らったように力の礫が全身を打つ。


「くっ、これで制御できていないなどとつまらぬ冗談を……!」


「残念だけど本当なのよ。もっともっと凄い事が出来る筈なんだから。今はこれくらい分かりやすい事だけ」


 キララは次にヴェッセル、ダンテヴィエルを掲げ、刀身に魔力を纏わせる。


 するとそれが起動の合図のようにダンテヴィエルの剣先から光が溢れ、刀身が更に倍以上に伸びた。


「あはっ♪ すごい、ビームサーベルみたいね」


 笑いながらキララがそれをこちらに振り下ろすが、俺はその光の刀身を剣で受け止め、叫ぶ。


「ディーヴァ! 力を貸せ。この魔力を吸い上げろ!」


 何故だろう。その言葉の意味をまるで俺は理解していないのに、そうする事が自然だと思えた。


 そして、ダンテヴィエルの光る刀身は俺の持っている剣に吸い込まれて消える。

 代わりに俺の持っている【ヴェッセル】ディーヴァが妖しく紫に輝いた。

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