第51話:私のヒーロー。


「んーっ!! むぐーっ!!」


 なんとか無理矢理キララを引き剥がす。


「おまっ! 何考えてんだこの野郎!」

「うふふっ♪ だってずっとずっと会いたかったんですもの……私、ミナト君と会う為に転生してもすぐに自殺したわ。自殺する赤ちゃんなんて前代未聞じゃないかしら?」


 キララは恐ろしい事を言いながらケラケラと笑った。


「一刻も早くミナト君を追いかけたかったの。なのにあの神様は私をミナト君の居る世界には転生させてくれなかった。許せないわよね? 私の恋路を邪魔するなんて……」


 キララは神に対しての殺意を隠そうともせず、その大きな瞳に狂気の光を宿す。

 あまりにストレートな愛情表現に忘れそうになってしまいそうだが、こいつはこういう奴だ。

 狂っている。


「私ね、ミナト君を想うあまり何度生まれ変わっても記憶が色褪せなかったの。だから神様への抗議のつもりで何度も死んでやったわ。そしたら急にこの世界……イシュタリアに行けって言われてね、なのにあの神ったらミナト君を探して殺せって言うのよ?」


 やっぱり……! あの神野郎俺が思ったように死ななかった上になかなか死ななそうな状況になったから対策してきやがったんだ。


「そ、その話だと計算おかしくないかしら? この世界に転生してきたのは最近なのよね? 子供には見えないけれど……」


 そう。俺への対策だとしたら俺がママドラと一つになってから送り込まれたはず。

 だとしたらキララはまだ赤ん坊じゃなきゃ計算が合わない。


「……もう、まだ誤魔化すつもり? いいわ、教えてあげる。私はすぐにミナト君を殺せるようにって特別な身体を用意されたのよ。身体能力も凄いし魔法だって全属性操れるわ。魔力量も桁外れなの」


 クソが。俺にはチートってなんだい? とか言ってた癖によりによってこいつにチート能力てんこ盛りじゃねぇかよ!


「でもね、安心して……私ミナト君を殺したりしないわ。だってやっと会えたんだもの……私の物になってくれるわよね? 今度こそ私とずっと一緒に居てくれるわよね? 約束したでしょう?」


「あんなの約束って言わねーだろうが! 一方的にお前が約束だって言い張ってただけだろこのサイコ女!」


 あまりに身勝手なキララの言い分に、つい我慢できなくなって言い返してしまった。

 慌てて口を塞ぐが時すでに遅し。


「うふっ♪ うふふふっ♪ もしかしたらミナト君は前世の記憶なくしちゃったのかなって心配だったの。だけど今はっきりしたわ……私との事ちゃんと覚えていてくれたのね。あの日は最悪で最低だったけれど最高だったわ……」


 ぞくりと身体に怖気が走る。

 赤く輝く瞳。口角が吊り上がった悪魔のような微笑みからうっすら覗く牙。背中から生えた羽根。そして二本の角。


 名は体を表すとよく言うが、こいつの場合外見は性格を表している。


「ミナト君と初めてキスしたのもあの日だったよね? ミナト君の真っ赤な温かい血が気持ち良かったわ。内臓のピンクがとっても綺麗で、ミナト君が死んじゃったあと少しだけ齧っちゃった」


「うえっ……」


 あの日の事がフラッシュバックして吐き気がこみ上げる。

 しかも俺の内臓を齧った? 想像以上に狂ってやがる。


「お前は……なんでそこまで俺に執着する?」


「ミナト君はね、強くって、優しくって、私のヒーローなの」


 俺が強い……? 当時の俺は相手を選ばず思った事を口にするだけで、実際喧嘩なんかすればボコボコにされてばかりだった。ただのクソガキだ。


「何をどう勘違いしたら俺が強くて優しくてヒーローなんてもんになるんだ?」


「勘違いなんてしてない。……そう、ミナト君は忘れてしまったのね。私は、小学生の頃ミナト君に命を救われたわ」


 ……は? 小学生? 俺が、キキララと?


「その顔、まったく身に覚えがないって顔ね。やっぱり忘れちゃった? 私、昔から虐められてて……小四で死のうとしてたの」


「……あっ」


「思い出して……くれた?」


 マジかよ……確かに俺は小学生の頃に橋の上から川に飛び込もうとしてた馬鹿を助けた事がある。

 というか実際には飛び降りた馬鹿を助けようと川に飛び込んだんだったか。


「お前……あの時の子だったのか」

「うん、うん! そうよ。あの時、私が死なせてって騒いだ時ミナト君私になんて言ったか覚えてる?」


「……忘れた」


 本当は覚えているけれど、思い出したくない。


「お前みたいに可愛い子が死んだら勿体ないだろ。十年もすればめっちゃ美人になるぞ。……って」


 死にたい。そんな黒歴史発言を思い出させないでくれ……!


「私その後泣きじゃくって大変だったでしょ? ミナト君はそんな私が泣き止むまでずっと一緒に居てくれたよね」


「それはお前だから、じゃない」


 かろうじて絞り出せたのはその言葉だけだった。

 ガキの頃思わず人助けして、その子が可愛かったからってカッコつけたせいで今の俺の窮地があるんだとしたらあの頃の俺をぶん殴ってやりたい。


「知ってる。私じゃなくてもきっと同じようにしてたでしょ? だからミナト君は強くて優しくてヒーローなのよ。だから私はそんなミナト君を好きになったし、ミナト君の為に……ううん、ミナト君を手に入れる為に生きようって誓ったの」


 うん、ガキの頃の俺よ、お前の軽率な判断で今俺は地獄を見ているぞ。どう責任取ってくれるんだ畜生。


「だから……やっと会えて本当に嬉しい。もう一度言わせて、私はミナト君を愛しています」


「残念だが……俺はお前の物にはならない」


「……そう、なんとなくそう言われる気はしてた」


 キララが俺から一歩距離を取り、どこからともなく自分の身長くらいある幅広の剣を取り出した。


「だからね、力尽くで私の物にしてみせる」


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