第50話:~しまうとはなさけない。


「あーあ、この世界でも私は独りぼっちなのね……」


 キララはそう言って寂しそうに自分の掌を見つめた。


「じゃあ私達は帰らせてもらうわ」


 意識はきちんと男に戻っているというのにこいつに気付かれないよう女として振舞うというのはなんとも複雑な気分だ。


 だが、そんな事はどうでもいい。

 俺はこの女に関わりたくない。


 勇者だとか、魔王だとかもうどうでもいい。

 もうエリアルもアドルフも居ないのだから俺の目的は達成された。

 後は生きてここから帰るだけだ。


「……待ちなさい」


 背を向けた俺にキララが声をかける。


「確か……奴を倒せたら見逃してくれるって話じゃなかったか?」


「そうね。確かにそう言ったわ。でもよく考えたら私の事を勇者で魔王なのを知られてるのよね」


 ……お前が勝手にそう名乗ったんだろうが!

 どうする? こいつと戦って勝てるか……? いや、どちらかというと俺がこいつへの恐怖心に勝てるのかだ。


「約束が違う。お……私は貴女の事を誰にも喋ったりしないわ。興味ないし」


「私やっぱり貴女をこのまま返す訳にいかないわ」


 ゆっくり、キララが俺の背後へ迫る。

 カツカツと靴音を鳴らし、無警戒に。


 こうなったら、やるしかない……!

 俺の手がカタカタと小刻みに震えている。

 脂汗が凄い。


 出来るだけ油断させたまま、一撃で仕留める……。

 あと三歩……二歩……一歩。

 今だっ!!


 振り向き様にキララの首へ思い切り剣を振り抜く。


「はにふんのよはぶないひゃない」


 キララは俺の剣を……歯で受け止めながらそう言った。


「ぺっ。あー変な味するぅ……」


 今の俺は剣聖スキルを所持している。

 今の攻撃だって切れ味という意味ではかなりの威力がある一撃だった。


 それを、何事も無かったように歯でがちりと受け止めてのけた……無意識にこの女に対しての恐怖できちんと力を発揮できなかったのだろうか。


『まずいわね……この女、相当強いわよ』

 そんな事は分ってんだよ!


「あらそんなに震えちゃって……大丈夫よ。苦しめる気は無いから。それより……気になった事があるのよ。貴女ミナト君の知り合いなのよね? どういう関係? 彼女?」


「……ち、違う」

「そうよね! ミナト君に彼女なんて居る訳ないし、それに……」


 キララが目を細めて俺をじっと見つめる。


「貴女から、ミナト君の匂いがするの。……もう一度だけ聞くわね、貴女ミナト君とどういう関係? 正直に言わないと後ろの二人を殺すわ」


 ギリッと、無意識に奥歯を食いしばる。

 どうする? 俺がここでミナトだと告げたとして何か事態が好転するか?

 俺の言う事なら聞いてくれるかもしれない。聞いてくれるかもしれないが、だからといってそうしたら俺に自由は無くなる。


 こいつに捕らわれたままの人生を送る事になる。

 そして、ネコは俺の事をごしゅじんと呼び怒りをかって殺される。

 イリスは、俺の事をまぱまぱと呼ぶだろう。その意味をパパでママだと知られたら俺もイリスも命は無い。


 どっちみち詰んでいる。


 俺がこんな所に二人を連れてきてしまったせいで、俺達の人生はここでどん詰まりだ。


「……ミナト君」

「えっ?」


「ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君ミナト君!!」


 キララは突然俺に飛びつきぎゅっと抱きしめ、耳元でひたすらミナト君と呟いた。涙を流しながら。


「わ、私はミナトじゃ……」

「嘘よっ!! 貴女はミナト君よ。どうして女の子になっちゃったのか分からないけど、貴女は間違いなくミナト君よ。私の眼は誤魔化せないわ! 貴女の魂の色は嘘を付けない」


 なんで!? なんでバレた!?


「私、私ずっとミナト君に会いたくて……あの時はごめんなさい。私の物にならないならああするしか無かったの。あの後私もすぐに後を追ったのにあのクソったれの神がそのままの世界に私を転生させたのよ……!」


 一応俺の目論見通りキキララは再び日本に転生したらしい。


「私はね、ミナト君と同じ世界にしてって言ったのよ!? なのに彼は別の世界に転生させたって。私もそこにしてってお願いしたのに無理矢理……」


 グッジョブだ神よ。


「でもね、やっと会えた。こうして会えた。改めて私の気持ちを聞いて下さい」


 キキララ……いや、キララは俺の肩を両手で掴み、顔を近付け、額と額をくっつける。


 近いっ! 顔が近すぎるっ!

『君はこんな時でもその童貞ムーブとは大したものだわ……』

 うるせぇ! いくら相手がヤバいやつだとしてもこいつは女なんだよ! こんなまっすぐ好意ぶつけられたらちょっとくらいドキドキしてもしょうがないだろうが!

『だから童貞だって言ってるのよ。今の状況分かってる? しっかりして頂戴』

 分かってるって!


「私、喜季愛心ことキララは……ミナト君、貴女の事を……」


 俺の眼をじっと見つめ、彼女が微笑む。

 クソが。顔は良いんだよこいつ……!

 前からそうだった。地味でぐるぐる眼鏡かけた目立たない奴だったが眼鏡外したら可愛い典型的なパターンなの知ってた。

 ドキドキするな俺。こいつに一度めった刺しにされて死んでるんだぞ……? しっかりしろ!


「心から、愛しています」


「だから私はミナトじゃ無いって言ってむぐっ!?」


 あっ。


 おおミナトよ。この世界でもファーストキスを奪われてしまうとは情けない。

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