第53話:魔王討伐。


『まさか、これを使いこなせるなんて……』


 ママドラめ……この剣もヴェッセルだったならそう言いやがれ……!


『言ったって君には使いこなせなかったわよ』

 確かにそりゃそうだろうけどよ……。


「ミナト君……! それ、何……? 嫌、とても嫌な感じがする……! それをこちらに向けないでっ!!」


 初めてキララの表情が引きつった。

 明らかな嫌悪感。

 今の俺には分かる。このディーヴァはヴェッセルであり、取り込んだ魔法の種類によって様々な効果を発生させる物だが、キララはダンテヴィエルに魔力を纏わせて起動させていた。つまり、それは魔法ではなく純粋なる魔力。


 今回の場合のようにただ魔力を纏わせただけの時は、音の性質を得る。

 一見地味に感じるかもしれないが、この音の性質、というのはなかなか曲者だ。


「ぐっ、ぐおぉぉぉ!?」


 キララの後ろで控えていた魔物達が頭を抱えて呻き出す。


「ぎにゃーっ!!」


 扉の向こうに隠れたままのネコまで騒ぎ出した。イリスは無事だろうか? すまんが少しの間我慢してくれ。


「な、何よそれ……頭が……っ!」


 魔力を振動させ特殊な波動をまき散らす事で相手の魔力集中を掻き乱す。

 主に魔物に有効な物のはずだが、亜人混血のネコには同じようにキツかったのかもしれない。


「キララ、終わりにしよう」


 俺はディーヴァを構え、剣聖ジュディアが得意とする光属性魔法を刀身に満たしていく。


「聖光翔凰乱舞っ!!」


 超高速で繰り出される十六連撃。破壊力よりも切れ味のみに特化した対単体戦奥義の一つだ。


「くっ……!」


 キララはその眼に焦りを浮かべながらも、俺の攻撃を全てかわし切った。


「……ぷはぁっ! ……はぁ、はぁっ……あ、危なかった……」


「感覚強化……或いは時間操作か?」


 どちらにせよアレをかわされる時点で何らかの回避スキルを所持している可能性が高い。


「くっ……はぁ……剣聖ジュディア……その名前覚えておくわ。さすがミナト君の前世……凄く強いのね……」


 しかし目の前のキララはかなり疲弊しているようだ。先ほどの回避にはそれだけの集中力を要するという事だろう。ならば、そう何度も繰り返し使えるような物では無い。

 ならば……勝てる!


 俺は再び連撃を浴びせる。


「聖光翔凰……」

「残念♪」


 俺の剣は、一撃目でキララの指に摘ままれて止まった。


「なっ!?」


 慌てて剣を引こうとするが、たった指三本で摘ままれただけなのにびくともしない。


「ふふっ、驚いたぁ?」

「くっ!」


 キララが急に手を離すので後ろにバランスを崩しそうになった。


 一体何が起きてる? さっきまでと全然違うじゃねぇかよ。


「私ね、普通の人と違うって言ったでしょう? あのクソったれの神の特別製だから……一度この眼で見切った攻撃はもう私に通用しないのっ!」


 なんだその糞チート能力は……! しかもこいつは攻撃を見極める為の回避能力まで持ち合わせている。


「もうミナト君に勝ち目は無いわ。諦めて私の物になりなさい。沢山、たっぷり、愛してあげるから」


「やるな……しかし我が引く事など有り得ん! この命に代えても魔王、貴様を滅ぼしてくれよう! あの方の剣は貴様などが使っていい物では、ないっ!」


 いや、命に代えてもは言い過ぎだ。俺は生きて帰りたい。


 それにしても、キララを倒す為には一撃で仕留める必要がある。そしてあの回避スキルがどういった物か分からないが、確実に当てなくては……。


『一撃でいいのね?』

 ……何か方法があるのか?


『一瞬だけ、彼女の動きを止めてあげるわ。その間に全力の一撃を叩き込みなさい』


 それなら丁度いいのがある。あいつ相手じゃ当てられないだろうと思っていたが動きを封じる事ができるのなら、勝てる。


「うふふ……久しぶりにミナト君がほしい……。温かいミナト君の体液を私にちょうだい」


 変な言い方するな誤解を招くだろ!

『この状況で誰が誤解するって言うのよ』


「ごしゅじぃぃぃん!! ダメです! 卑猥な事はダメですぅぅっ!!」


 ……こういう馬鹿だよ。

『あぁ、うん……そうね……』


「ちょっと、ちょっとミナト君!?」

「もう我慢できませんっ! ずっと黙って見守っていましたが私という物がありながらこの女と卑猥な事をするって言うなら私にも考えがありますよっ!?」


 ば、馬鹿ネコ!!


「……ミナト君? この女は何? ミナト君とどういう関係?」


「ごしゅじんは私のごしゅじんです! さぁ、卑猥な事をするならそんな女じゃなくて私にっ!!」


 ぐごごご、という音が聞こえて来そうなくらい分かりやすくキララが殺意に満ちていく。


 めんどくせぇ!!


「ミナト君、ごめんなさい……私その子殺すわ。……待って、おかしい。なんでお前がここに居る」


 ……? 二人は知り合いだったのだろうか? 気になる言葉だが今はそれに言及している場合じゃない。


「まぱまぱ虐めちゃだめーっ!!」


 っ! イリスまで!


「み、みみみみなとくぅぅん!! ま、まさかとは思うけれどこ、この子供は」

「この子はごしゅじんの娘ですっ! 入り込める隙間なんてこれっぽっちも存在しませんからっ!!」


 終わった……。もうこれでどう説明しようとキララはこの二人を殺そうとする。

 疑わしい物は全て消そうとするだろう。


「ミナト君の子供……? そんな、そんなのが存在していい筈ないでしょうが!」


 一瞬で目の前からキララが消える。


『まずいっ!!』


 慌てて振り向くと、既にキララがイリスにダンテヴィエルを振り下ろしていた。


「まぱまぱをいじめる奴は~っ! ぶっころっ!!」


 イリスが……素手でダンテヴィエルをがっちり受け止め、目を丸くしているキララのみぞおちに、その拳を叩き込んだ。


 どぼんっ!!


「……えっ? えっ、何が起きたの……?」


 キララの腹にはイリスの拳大の穴が開き、勢いよく血が噴き出す。


『今よ! 少し身体借りるわね!!』

 えっ、ちょっと待って全然頭が追い付かないんだけど!!


 俺の身体にママドラが、六竜イルヴァリースが降臨する。


「っ!? また、ミナト君の中に何かとてつもないものが……っ!」


「イリス、よくやったわ! 後は任せなさい!」


 ママドラは目にもとまらぬ速さで両掌をキララの胸元に当て、何かを呟くとキララの身体が跳ねた。


「ぐっがっ……!!」


『はぁ……はぁ……こいつ相手に今の私にできるのはここまでよ!」


 キララの身体は少しだけ宙に浮いた状態でのけ反り、もがいている。

 まるで体の中で途方も無いエネルギーが暴れ回っているようだった。


 これで十分だママドラ!

 いくぞジュディア!!


「我が掲げるは滅魔の刃。我が屠るは魔の権化。我が放つは必殺の一撃!!」


 ヴェッセル、ディーヴァに魔力を込め、一直線にキララの胸元へその刀身を突き立てた。


 そして……刀身に込められた魔力がキララの身体の内側で爆発。


「っきゃあぁぁぁぁっ!!」


 キララの身体の七割ほどが爆発、霧散する。

 残っているのは頭部から肩、そして右腕のみ。



「い、痛いっ! 痛いわミナト君……!!」


 彼女はそれでも生きている。

 そして、その眼は恐怖に慄いている訳ではなく、さらに狂気に染まっていた。


「あぁっ!! ミナト君の、ミナト君の熱い感情が私の身体を駆け巡って……あぁ痛い、痛いわ……! これがミナト君の愛なのね! 最高よ、感情が昂ぶる……! ミナト君、ミナト君、ミナト君に包まれて……あぁぁ……もっと、もっとちょうだいっ!!」


 狂っていた。

 キララは頭部と片腕だけになった肉体で地面を這いながら、歓喜に震え口から涎を垂れ流して俺の名前を呼び続けた。


「魔王様! お戯れはそこまでです! まだお力が万全ではないのですから! 今ここで貴女を失う訳にはいかないのです!」


「嫌だ! やっと会えたのよ! ミナト君に! 私の元に、私の物に、お願い私を選んでっ! 私、ミナト君の為ならなんだってするからっ!! お願いよ! ミナト君に関わる女を必ず皆殺しにしてあげるからぁぁぁっ!!」


 後ろに控えていた一人、まるで老紳士のような姿の魔物がキララの身体を持ち上げ、必死に俺を呼び求め泣き喚く彼女を連れて消えた。


『……はや、く……二人を連れて転送用ヴェッセルまで戻りなさ……い』

 お、おい……ママドラ大丈夫か? かなり辛そうだぞ。


『……君が意識あるうち……に、主導権を変わる、のは……負担が……』

 分かった分かった、そういう事情ならもう喋るな!


『ごめ、んなさい……でもこれだけは聞いて、転送のヴェッセルを通って遺跡に戻ったら、

 必ず……すぐに、破壊、して』


 分かったから!


「おいネコ! イリス! 急いでここから抜け出すぞ!」


『ごめん、なさい。君には、まだいろいろ黙っていた事、があった、のに』

 いいから少し休め! 元気になったらその辺の事をいろいろ教えてもらうから覚悟しとけよ!!


『ふふ……分かった、わ。出来るだけ、早く……』


 ママドラ? ……眠ったのか?

 くそっ、力の使い過ぎで俺まで眠気が……っ!


「ご、ごしゅじん!?」


 あぁ、ネコの声がぼんやりと聞こえる。

 かろうじてそちらへ足を進めるが、躓いて倒れ込んでしまった。


 それを受けとめてくれたのはネコだったのだろうか? それともイリスだろうか?


 俺は急速に動きが鈍くなった頭で必死に、ママドラに頼まれた事を伝えようと声を絞り出した。


 転送ヴェッセルを破壊しろ。

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