第48話:地獄の底の底。


『この女が魔王? 私はこんな女知らないわよ……?』

 どうしてそうなったかは分からないけれど、私はこの女の事を知ってるかもしれない。


『……貴女、言葉が女に戻っちゃってるわよ? まさかビビってるなんて言わないでよ?』


 ……ごめん、完全にビビってる。

 でもこれは本能みたいな物だから許して。



 背後で、心配した二人が動き出す気配がした。震えてる私を見ていられなかったんだろう。


「それ以上こっちに来ないで!」


 私の声に二人の動きが止まる。

 そう、それでいい。


「あらら、そんなに大声出さなくてもいいじゃない。ビックリしちゃったわ」


「ね、ねぇ……一つ提案があるんだけれど」

『何を考えてるの……?』


「何かしら? 楽しい事なら大歓迎よ?」


 女が歩みを止め、腰に手を当てて私の様子を伺う。


「あそこの男、貴方のツレでしょう? 確か勇者様のお供に赤毛の剣士が居るって聞いたわ」


「へぇ、もうそんなに噂になってるのね。そうよ。でもそれがどうかした?」


 これは賭け。うまく行けばそれでよし、ダメならダメでもう開き直るしかない。


「私貴女じゃなくてあの男と戦ってみたいのよ」

「……アドルフと戦う? 確かにあの男はいろんな場所で怨みをかって居てもおかしくはないけれど……泣かされた女の一人って所かしら?」

「そうなの。どうせ死ぬならせめて怨みを晴らすチャンスをちょうだい」


 勇者で魔王な彼女は私の言葉を聞いてニヤリと笑う。


「面白いじゃない。アドルフ、貴方に用があるみたいだし相手をしてあげなさいよ」


「……俺が? というかそんな女知らないんだが……」

「あれだけ酷い目に合わせておいて忘れちゃったなんて酷いわね」


 アドルフはこちらに足を進めながら顎に手を当てて私の身体をジロジロと眺める。

 気色悪い。


「ふむ……本当に記憶が無いが……まぁいい。君、名前は何という? 君程綺麗な女性を俺が忘れる筈無いんだが」

「……リースよ」


『……? 何故偽名を? もしかして君の名前をあの女に知られたらまずいの?』


 私の嫌な予感が当たってたら、絶対に知られたくないのよ。

『そう、万が一後ろの二人が出て来てしまってもあの二人なら君の名前を呼ぶ事はないだろうし良かったわね』


 ごしゅじん、とまぱまぱだからね……。

 でも背後の二人の事を悟られたくはないけれど。


「リースか……やっぱり覚えてないな。もしかして君の友人が昔俺に捨てられたとかそういう話かな? 何を聞いているか知らないが俺はそう悪い男じゃないぞ」


 よく言うぜこの糞野郎が……。


「そうだ、こんな美しい女性を殺すのは勿体ない。俺が勝ったら俺の女にならないか? キララ、いいだろう? この女は俺が貰う」


「ふふ……勝手にしなさい」


 勝手にするな馬鹿。


「アドルフ、貴方が勝ったらなんでもいう事を聞いてあげるわ。その代わりこっちが勝った時も何か特典が欲しいんだけど」


「欲張りな子ねぇ。だったらアドルフに勝てたら見逃してあげるわ。後ろの二人もね」


 バレてる……。アドルフは不思議そうな顔をしているので気付いていなかったんだろう。


 だとしたら、今回はアドルフだけぶっ殺してここから退散するのが一番いい流れかもしれない。


「じゃあ、手合わせお願いできるかしら?」

「ああ、すぐに夜の相手もしてもらう事になるだろうさ」


 うぇ……勘弁してほしい。少し想像しちゃったじゃんか。


 アドルフはまず様子を見るように、腰から抜いた剣を軽くこちらへ振り下ろす。

 それを最小限の動きでかわしたが、アドルフの奴はギリギリでかわす事が出来た、と勘違いしたらしい。

 馬鹿め……。


「アドルフ! その子、かなり強いわよ。甘く見てたら死ぬからきちんとやりなさい」

「何……? お前が言うなら……信じるしかないな」


 アドルフの眼光が鋭くなる。

 余程キララの事を信頼しているらしい。


「出来る限り殺さないようにはするが、こちらも本気で戦う事になる……万が一の時は恨むなよ」


 あの女余計な事を言いやがって……。


「ところで、ここに来る途中でアドルフって名前を呼んでいる魔物が居たんだけど魔物にまで手を出したのかしら?」


「言葉を喋る魔物……あぁ、エリアルの事か。あいつはとにかくうるさくてな、キララと一緒に居るだけでも嫉妬ばかりしやがって鬱陶しくてしょうがなかったんだ。少し遊んでやったら本気になりやがって馬鹿な女だよ」


 切っ先をこちらに向けたままベラベラとそんな事をのたまう。


「……その魔物ね、死んじゃったわ」

「へぇ、完全な魔物になって落ち着いたらペットにでもしようと思ってたのに死んだのか」



「……貴方に言われて恋人まで殺したのにって泣いてたわよ?」


「恋人……? ははっ、君はもしかして奴の関係者か? 本当にうざったい男だったよミナトは。事あるごとに俺に意見しやがって……まさかエリアルが俺の為にあそこまでやるとは思って無かったけどな。自分の彼女に殺されるなんて傑作だろう?」


 ……あぁ。確かに傑作だわ。笑いが止まらないわね。


「君は奴のなんだ? 二股する度量なんかあの童貞には無いだろうし……身内か幼馴染か……どちらにせよいい女だ。わざわざこんな所まで俺を追って来るなんてますます従わせたくなる」


「……ベラベラ喋り過ぎ。貴方、今日が命日になるわよ」


「ふふ、やれる物ならやってみろ。俺も本気で行くからな。でも安心しろ腕の一本や二本無くなっても愛してやるから」


 エリアル……ごめん。約束は守れそうにないわ。

 エリアルが居る場所がどこであれ、こいつはそこよりはるかに深い地獄の底へ叩き落してやらないとダメだわ。

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