第47話:転、転、転。
エリアルとの永遠の別れがまさかこんな形で訪れるとは思ってもみなかった。
確かに俺は殺してやりたいと思うほどに恨んでいたが、あんな事になってしまった彼女を見てしまうと何とも言えない切なさがこみ上げてくる。
と、共に……アドルフへの殺意はむしろ高まった。
奴は必ず俺が殺してやる。
そして勇者。どんな奴なのかは分からないがどちらにせよろくな奴ではないだろう。
勇者も手にかける覚悟はエリアルの最期を見た時点で出来ている。
俺の後ろを歩いていたイリスがとてとて速足になって俺の横にきてぎゅっと手を握った。
その小さな掌のぬくもりにわずかながら癒されながらも、俺は決意を固めていく。
途中数度魔物に遭遇したが、剣聖の記憶を引き出したままの俺は相手の対処法が手に取るように分かった。
今は戦闘やスキル関連の記憶しか呼び出していないけれど、いったい俺の前世で剣聖になった奴はどんな人物だったんだろう?
『この人物に限った話じゃないけれど過去の自分の事なんて気にしない方がいいわよ。記憶を呼び出すのだって必要だから必要な物だけを引き出してるんだから』
分かってるよ。やけに拘ってるじゃねぇか。
『……他の人生なんて知ってもろくな事にならないわよ』
……まぁ、お前の言いたい事も分かるし、別に知りたいとは思わねぇよ。
『そう、ならいいわ』
元より俺は今の自分の人生で精一杯なんだ。頭の中に九十九万九千九百九十九の人生が詰まっていたとしても、せいぜい今の俺に必要なのは日本とここの記憶くらいだから他の人生はどうでもいいさ。
再び魔物が現れ、思考は一時中断する。
特別苦労はしない相手だったが、普段冒険中になかなか見かけないような魔物達ばかりだった。
それにしてもここは何処なんだろうな? やたらと魔物が出てくるが……。
『……もしかしたら、だけど……』
何か思い当たる場所があるのか?
『いえ、まだ確証は無いし私も見た事ない場所だからなんとも言えないわ』
なんだよ、気になるじゃないか。
『私の考えが外れてる事を祈っていてちょうだい。もしもここが予想通りの場所なら……』
そこまで言ってママドラは黙ってしまった。
予想通りだったらなんだってんだよ……。
奥へ進み目の前に現れた仰々しい扉に手をかけた瞬間、頭の中に凄まじい叫び声が響いた。
『それを開けるな!!』
~っ!?
な、なんだよ急に大声出しやがって……というか頭の中の声に大声って概念がある事が驚きだぞ俺は……。
『ここの探索は終わりよ! 早く帰りましょう!!』
何だっていうんだ……? ここまで来て奴等を見つけずに帰るなんてどうかしてる。
「ごしゅじん? どうかしたんですか?」
「まぱまぱ~?」
『いいから、お願い。今回だけでいいから言う事を聞いて』
分かった、分かったよ……。しょうがねぇな……でも理由は説明してもらうからな?
『それは帰りながらでいいでしょう!?』
ママドラの様子は明らかにおかしかった。
六竜として恐れられたイルヴァリースがここまで取り乱すほどの何かがここに有るっていうのか?
だとしたら、俺が関わってはいけない物なんだろう。
仕方ないがアドルフはまた今度どこかで見つけて必ず始末する。
奥歯を食いしばりながらその場を後にしようとした時。
ギィィィ……。
『遅かったか……! こうなったら君、覚悟を決めなさい』
覚悟って言われてもなんの覚悟だよ……こちとら勇者とアドルフを殺す覚悟ならとっくに……。
『そんな生易しい物じゃないのよ! 私の勘が正しければここに居るのは……』
「あらぁ~? お客さんかしらぁ? こんな所に迷い込んでくるなんてイケナイ子ねぇ?」
勝手に開いた扉、その向こうは赤と黒で統一された禍々しい部屋だった。
怪しい装飾品で室内は覆われ、まるで血に染まった空間に玉座が置かれているような、そんな部屋だった。
そしてその玉座には、一人の女性が足を組み、玉座に肘をついて顔を支え、もう片方の手ではグラスを傾けている。
『……!? どういう事……?』
ママドラがその女を見て驚いているがその理由が俺には全く分からない。
そんな事よりも、その玉座の隣に、見知った赤毛が立っていた。
俺は無言で背後のイリスとネコを制止し、チラリとそちらを見て無言で【これ以上進むな】と視線で告げる。
ネコは頷いてイリスを抱えあげ、静かに数歩後ろに下がった。
「誰かしら? と聞いているのだけれど」
女はグラスに注がれた真っ赤な液体をグイっと飲み干すと、それを床に投げ捨てた。
『驚かないで聞いてちょうだい。ここはきっと、デュスノミアよ』
ママドラの言葉に一瞬思考が停止する。
……デュスノミア?
魔王が統治する魔物の大陸。未踏の地デュスノミア。そんな馬鹿な。
『私もこの地に足を踏み入れた事は無かったから気付くのが遅くなってごめんなさい。だけど、多分間違いないわ』
じ、じゃあまさかあいつが魔王だって言うのか?
『……少なくとも私の知っている魔王じゃない』
……って事は魔王の腹心の一人って所か?
「アドルフ、あの子の事知ってる?」
「……いえ、心当たりがありません」
「そう。てっきり貴方の知り合いなのかと思ったけれどそういう訳でもないのね。だとしたら本当に貴女は誰? ルイヴァルの遺跡から来たの?」
女はアドルフと言葉を交わしつつ、こちらから目を逸らさない。
何故だ、あの女の視線。
見つめられただけで手足が震えてくる。
視線一つでここまでの威圧感を出してくるなんてただもんじゃない。
そして、何故そこにアドルフが居る?
勇者はどうした。
「本当にただ迷い込んだだけみたいね。残念だけれどここに迷い込んでしまった時点で貴女の人生はおしまいよ。最後に何か言いたい事があったら聞いてあげるわ」
ゆっくりと組んだ足を解き、女は玉座から立ち上がる。
「一つだけ……聞かせてもらってもいいか?」
「あら、何かしら? ふふ……冥途の土産って言葉もあるしね、いいわよ。なんでも質問してちょうだい」
女はゆっくりとこちらへ歩いてくる。
腰まで伸びた艶やかな紫色の髪。
やたらと胸元と下半身のみを隠すようなやたらと露出の高い服。
背中から生えた悪魔のような羽根。
頭部から伸びる二本の角。
狂気を感じる赤い瞳。
「お前は……何者だ?」
「最期に私の事を知りたがるなんて可愛らしい子ね。 じゃあ自己紹介をしてあげるわ」
そう言って彼女はその場でゆっくり、まるで俺にその姿を見せびらかすようにくるりと一回転し、その言葉を吐く。
聞いた瞬間、二つの驚きと一つの嫌な予感が頭の中をミキサーでかき回したかのようにぐちゃぐちゃに暴れ回った。
「私はキララ。勇者……兼、魔王をやっているわ」
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