第46話:ざまぁみやがれ。


 アドルフ……? 今あいつアドルフって言ったか!?


『私にはちょっと聞き取れなかったけれど……というか君にとってそんなに重要な事なのね……男言葉に戻っちゃうほどに』


 そんな事はどうだっていい。それより、確かめなければ……!!


『ちょうど周りの魔物達が全部やられちゃったわよ。でも確かめるって……どうやって?』


 そんなの簡単だ。言葉が喋れるのなら問いかけてやればいい。


「おい! 俺の声が聞こえるか!?」


 巨大なぶよぶよの塊が一瞬動きを止め、こちらに向き直る。どこが正面かも分からないが。



「だ、だぁぁぁれぇぇぇぇ?」


『……驚いた。本当に喋ってるわ』


「お、お前……エリアルなのか……?」

「だぁれぇぇ? アドルフは、どこここここっ? どごにもいないの……アドルフ、アドルフどこぉぉ?」


 ……間違いない。なんでこんな事になっちまったのか分からないがこれはエリアルだ。

 どうして……? それに、なぜここにアドルフが居ないんだよ。


「エリアル、俺だ。ミナトだ!」

「みな……と……? あ゛あ゛ぁぁ……ごめんなざいごめんなさいみなどぐん、ああするしか無かっだのよぉぉ……」


 エリアルはそのぶよぶよの身体を震わせ、その身体の表面に幾つも目玉が浮き出てぎょろりと俺を見つめる。


「何があった? アドルフはどこだ?」

「ごめんなざいごべんなさいミナトぐん、私がアドルフを手に入れるだめには彼にしたがうしかながったのよぉぉ」


 エリアルの今の状態も、その言葉も、俺の心臓を鷲掴みにしたように汗が噴き出してくる。



「みなとぐんが居なくなれば彼はわだしの物になっでぐれるっていうがらぁっ!!」


 そう言いながら体から生えた幾つもの手が俺に襲い掛かってくる。


 それをかろうじて床を転がりながら回避。


「だから俺を殺したのか!?」

「どうじて避けるのぉぉ? ミナとぐんが居たせいでわだしはあどルふといっじょになれながっだのぉぉどうしていぎてるのぉ? ちゃんと、死んでくれなぎゃごまるのにぃぃぃ!」



 細長い腕がいくつも俺目掛けて飛んで来る。

 俺はその場から動かず、エリアルを見据えた。


『馬鹿! 避けなさいよ!』


「安心しろ。俺はちゃんと死んだから」


 ぴたっと、腕が空中で停止する。


「そうなのぉぉ? ならあんしんだわぁぁ……みなどくんが居なければ、わだしはアドるフと……ねぇ、アドルフしらない? 勇者といっじょにどこがいっぢゃっだのぉぉ」


 こいつはもうエリアルであってエリアルではない。

 今の俺の姿や声が自分の知っているミナトとかけ離れている事すら認識できなくなっている。


 ママドラ、一応聞くが元に戻す方法とか……

『残念だけれど君の記憶の中にもここまで他の物と混ざってしまった人間を元に戻す方法は無いわ……』


 ……分かった。

 もう、殺意なんて消えちまったよ。

 それどころか憐れですらある。


 こいつはアドルフの事が好きすぎて手段を択ばなくなっちまっただけなんだろう。


 だったら、ちゃんとお俺が終わらせてやらないとな。


「エリアル、自分が今どんな姿か知ってるか?」

「知らないし興味ないわぁぁ。でも、ぐるじいの……ぐるしいのよ……アドるフ、あどるフはどこぉぉ?」


「……俺が楽にしてやるからな」


「ぞれよりあどルふはどごなのぉぉぉ?」


 エリアルは俺を無視してアドルフを探しに行こうとその巨体をずるずる動かすが、今居る場所から繋がる通路はどれも彼女が通れるほど広くなかった。


「あどるふ、あどるふぅぅ!! はやぐ、会いにいがなきゃ……」


「エリアル……大丈夫だ。必ずお前の所にアドルフを送ってやるから」


 ぐるりと巨体を俺の方に向け、身体中の眼が俺を捉える。


「ほんどにぃぃ? アドルフ、アドルふ、あどルフ、あどるふ、あど……」


 ママドラ、頼む。

『……いいのね?』


 ママドラの返事に俺は無言で頷いた。

 そして、俺の頭の中に剣聖の記憶が流れ込んでくる。


「じゃあな、エリアル……聖光斬魔剣」


 俺は飛び上がり、エリアルの身体を縦に一閃。

 真っ二つになった彼女は切り口から徐々に泡になって消えていく。


「あぁ……ありがとうね、ミナトくん。大好きだよ」


 最期に、エリアルが笑った。

 それは苦しみから解き放たれる事への感謝なのか、アドルフと会わせてやると言った事への感謝だったのか……俺には分からない。


 泡になって消えたエリアル。その場に残ったのは人間だった時に身に着けていた服や装飾品のみだった。


 ……お前、まだこんな物もってやがったのかよ。


 そこには俺がプレゼントした指輪が転がっていた。

 お前は戦闘の邪魔になるからと言って指に嵌めたがらなかったよな。今になって思えばアドルフの事を諦められないから俺の指輪なんかを指に嵌めたくなかったんだろう。


 その指輪を摘まみ上げると、ご丁寧にチェーンに通してネックレスにしてあった。


 こんな物、もうなんの価値も無い。

 お前にとってもそうだったはずだろう?

 だったらさっさと捨ててくれればよかったんだ。

 そうすれば……。


 こんな気持ちにならずに済んだのに。



 アドルフ……テメェいったい何を考えてやがる?

 何故エリアルがこんな事になった?

 お前は何故ここに居ない?


 いや、その理由が何であれ、殺す。

 もう殺す。


 絶対だ。



「ご、ごしゅじん……大丈夫、ですか……?」


 振り返ると、どうやら少し前から俺の様子を覗いていたようだ。


「ああ、気にするな。問題無い」

「だったらどーして泣いてるの?」

「い、イリスちゃんっ!」


 俺の方へ駆け寄ろうとしたイリスを必死にネコが止めようとするが、イリスにそのまま引きずられて二人が俺の元へやってくる。


「まぱまぱ、悲しい?」

「……ああ、悲しいし辛いよ。……でも今の俺にはお前たちが居るから大丈夫だ」


「ご、ごしゅじーん!」

「まぱまぱーっ! すきーっ!」


 二人が一斉に俺に飛び掛かってきた。

 避ける気にはならず両腕で二人を受け止め、ぎゅっと抱きしめる。


 ……見てるかエリアル。俺はお前無しでもちゃんと幸せだぞ。


 ……ざまぁみやがれ。






――――――――――――――――――――――――――



エリアルに関してはミナトが憎くて仕方なかった、という訳では無かったんでしょう。

それ故にミナト君的には複雑な終わり方になってしまいました。

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