第43話:感激と惨劇。

 

『分かってるとは思うけれど……』

 言わなくてもいい。あいつらが遺跡へ向かってから日にちも経っている。まだ遺跡に居るとは限らないし、多分入れ違いになるだろう。


 しかし俺には今その情報しか頼れる物が無いんだから行くしかない。


 そしてもし遺跡に誰も居なかったら大人しく王都へ向けて進路を変えるしか無い事も分ってる。


 だからと言って今更この殺意を引っ込める事も出来そうになかった。


 遺跡はきっと厳重に管理されていて、王都の衛兵が守っているんだろう。

 まずはそいつらと話して何でもいいから情報を手に入れる。

 まだ居るのか、どこかへ出発したのか。

 出来る事ならどこへ行ったのかも。


 まだ遺跡に居るようなら……一人でも隠密スキルで監視の目を潜り抜けて遺跡へ潜り込む。

 その先の事はもう知らん。


 なるようにしかならない。


 きっとイリスとネコには迷惑をかけるだろうが、俺は残りの命を二人の為に使うと誓おう。


 こんな俺について来てくれるというのであれば、一生かけて二人の幸せを確保しよう。

 だから、今は俺の我儘に付き合ってくれ。


 俺が余程怖い顔をしていたのか、ネコがそっと俺の手を握る。


「な、なんだよ……」

「ごしゅじん、大丈夫ですよ♪ 私はごしゅじんについていきます。迷惑かもしれないけど、離れたりしませんからね?」


「……」


 俺は、不覚にも感動していた。

 馬鹿ネコの言葉でこんな気持ちになるなんて、余程気持ちに余裕がなくなっているらしい。


「まぱまぱ……泣いてるの?」


 いつのまにかイリスも目覚めたらしい。

 もう片方の腕にぎゅっとしがみ付く。


「イリス……ネコ、二人ともありがとな」

「うにゃ~ごしゅじんが私にお礼を言うなんてすっごく違和感ですぅ」

「うっせー」

「まぱまぱ、いいこいいこ♪」


 イリスは座席の上に立って俺の頭をよしよしと撫でた。

 その小さな手の温もりに、本当に涙が出そうになってしまった。


 そして小さな迷いが生まれる。

 本当にこの純粋な子を俺の我儘に巻き込んでいいんだろうか。


『君はまだそんな事を言ってるの? 決意したり揺らいだり忙しいわねぇ』

 それが人間ってもんだろ。一度決めた事をいつまでも曲げないでいられる程俺は強くないんだよ。

『ふぅん……人間って……いえ、君って良くも悪くも普通の子よね』

 うるせぇなぁ。そんな普通の男がこれから勇者ご一行を暗殺しようとしてるんだから気持ちが揺らいだって仕方ねぇだろ。

『それもそうね♪』


 そう言ってママドラは笑った。

 俺も知らないうちに笑みを浮かべていたらしく、それを見ていたネコとイリスもにっこりと笑う。


 あぁ、俺はいったいどうすべきなのだろう。


 ここに来て迷いが強くなってしまった。


 ……のだが、そんな事を悩んでいる場合ではなくなる状況に陥る。


「お、オニーサン! ちょっと、大変ヨ!!」


 おっちゃんの声に一気に緊張が高まる。

 もしかしたら遺跡から出発した勇者一行と鉢合わせてしまったのかもしれない。


 慌てて馬車から顔を出し外の様子を確認すると……どうという事はない。ただ遺跡に到着しただけだった。


「おっちゃん、一対何が大変なん……だ……なんだこりゃあ!?」

「わ、分からないヨ! みんな倒れてるネ!」



 遺跡はまるでボロボロの神殿のような作りで、今にも崩れそうにあちこちが欠けていた。

 しかし、それでいて厳かな雰囲気が一目で分かる。


 だけど今はそれどころでは無かった。

 遺跡を守って居たであろう衛兵達が皆地面に伏している。


 俺は慌てて馬車を飛び出し、数十人は居るであろう衛兵達を一人ずつ呼び起こそうとするが、既に皆息絶えていた。


「ごしゅじん、どうしたんですか……ってうにゃぁっ!? み、みんな寝てる……とかじゃ、ないですよね?」

「まぱまぱー、これ死んでるのー?」


 イリスの豪胆さに驚くばかりだが、確かに皆死んでいる。

 そして、今死んだばかりという訳でもなさそうだった。


 いったい誰がこんな事を……。


『一気にきな臭くなってきたわね……もしかしたら……』

 その可能性は俺も考えていた。


 勇者達はここへ立ち入る許可など得ていなかったのではないか?

 そして、行く手を塞ぐこいつらを……。


 もしかしたら強力な魔物に襲われたのかもしれないけれど、それにしては不自然だ。


 死因は全員同じ。首がぱっくり切られているせいだろう。


 他の部位に怪我などが無さすぎる。明らかにこれはおかしい。


 まるで全員一度に纏めて首を掻き切って殺したような……。


 そして、衛兵達の手には血のついた剣が握られていた。

 まるで自分の首を自分で切りつけたか、或いはお互いの首を切りあったかのような状態だ。



『こりゃ勇者は本当にろくでもないわよ。質の悪いスキルを保有している可能性が高いわ』


 ……そうみたいだな。


「イリス、ネコ……あとおっちゃん、みんなはここから少し離れて待機しててくれ。中へは俺だけで行ってくる」


 あの馬鹿共を止めなければ。

 一緒に居る勇者ごと、俺が始末をつける。


「ごしゅじん! 私も行きます」

「ダメだ。危険すぎる」

「ダメでも行きます」


 ネコは今まで見た事が無い程真剣な目をしていた。


「まぱまぱ、あたしも行くよ? ダメでも行くから」


 イリスまで……。

『観念しなさい。こういう時、女の意見は曲がらない物よ』

 でも、本当に危ないじゃないか……!


『ええ、だからこの二人に危険が及ばないように君が守りなさい。私も力を貸すから』


 ……。


「ふぅ……仕方ねぇな。勇者達と遭遇したらすぐに下がる事。それだけ約束してくれ」


「うにゃ~♪ 分かりましたっ!」

「まぱまぱすきーっ♪」

「あっ、ずるいですよイリスちゃん、私も大好きですーっ♪」


 こんな状況下で能天気に騒ぎやがって……こいつらの緊張感はどこへ行っちまったんだ。


 はぁ……、不安しかねぇ。

『ほら、頑張りなさいよパパ』


 はいはい。じゃあパパとして、ご主人としていっちょ勇者一行の討伐と行きましょうかね。

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