第32話:耳を疑う事実。


「うにゃぁ……まだ痛いですぅ」

「お前が馬鹿な事ばかり言ってるのが悪い」

「ごしゅじんが酷いですぅ……」


 ネコがうにゃうにゃ言いながらも美味そうにダスパをずるずるあっという間に完食した。


 ほんとにこいつは食に関してはかなりイケる方なのでフードファイターでもやればそれなりに稼げるのでは?

 賞金が出る大食い大会くらいあるだろ。


 あまりにも美味そうに食うので俺もつい笑顔になりつつダスパとやらを口に運ぶと……独特の風味が口に広がり、鼻を抜けていく。

 美味い……! けど、焼きそばじゃねぇ!!


 麺は焼きそばにかなり近いんだけど、全体的にフルーティすぎる……。

 カレーの外見なのに食べてみたらシチューだったみたいな感覚……。

 美味い筈なのに妙に違和感というか納得いかないというか……。



「なんだお前等また来たのか! いつも言ってるだろ俺はちゃんと許可を得てここで商売してんだ! お前等にごちゃごちゃ言われる筋合いは……おい、何しやがる!」


 俺が眉間に皺を寄せている頃、さっきの屋台に怪しげな男が二人ほど来て店主と揉めだした。


「ごしゅじん、なんですかねアレ」

「もうちょっと様子見てみよう。今の状態じゃどっちが悪いのか分からん」

「いや、どう見てもアレは……」

 うるさい、俺の事を揉め事の仲裁に入るほど出来た人間だと思い込むのはやめてほしい。


「まぱまぱ、助けてあげようよー」

「任せとけ!」

「ごしゅじん……」


 なんだか悲し気なネコの視線は見なかった事にしよう。仕方ないだろ娘に頼まれたらやらないわけにはいかない。


「許可を得ているって言ったってそりゃオリオンの野郎の許可だろう? そんなの俺達にとっちゃなんの意味もねぇ。商売したきゃライアン様の許可取って売り上げを献上しろっていつも言ってるだろうがよ!」

「この場所はオリオンさんの管理地だろうが! なんでそこでライアンが出てくるんだ」


「あのーちょっといいですか?」

「なんだテメェ怪我したくなかったらすっこんでな」


 あ、声かけただけで突っかかってくる時点でこいつらが悪人っぽい。偏見だけどそうに違いない。


「どうみてもあんたらがいちゃもん付けてるだけに聞こえるんだが?」

「関係ねぇ奴はすっこんでな!」


 どん、と俺の肩を二人組の一人が突き飛ばす。


「えっと、これは正当防衛でいいよな?」


 ママドラ、丁度いい感じのやつちょうだい。

『はいはい。ドラゴン使いの荒い奴ねぇ』


 俺の頭の中に日本の柔道家の記憶が流れてきたのを確認し、相手の襟首を掴みつつ足を払ってその場にひっくり返した。


「あ? 何言ってんだテメェ……うわっ!」

「あ、兄貴! テメェ!!」

「正当防衛正当防衛。俺は悪くないからねー」


 再び襟元と相手の袖を掴み、勢いを利用して一本背負い。


 出来るだけ力を入れず軽く投げるようにしたので怪我はしてないだろう。打ち身くらいは許してもらおう。


「どうする? まだやるか?」


 これ以上絡まれるのも面倒なので出来る限り静かな声で告げた。

 俺が逆の立場だったらギャーギャー騒ぐ奴より得体のしれない奴の方が絶対怖い。


「なんだテメェぶっ殺すぞコラァァ!!」


 あれっ?


「待てノブ。今日は帰るぞ。ライアン様に報告だ」

「あ、兄貴待ってくれーっ!」


 二人組はドタバタと逃げて行った。兄貴と呼ばれた方は俺の目論見通り……かどうかは知らないがちゃんと引いてくれたようだ。


「おい兄ちゃん大丈夫なのか!? あいつらはめんどくせぇぞ」

「俺が勝手にやった事だから。で、なんなんだあいつら」


 店主の話によるとこのデルドロという街は今大きく分けて二つの地区に分かれていて、ここはちょうど境目らしい。

 北側をオリオン、南側をライアンという貴族が管理しているらしい。

 ライアンはつい最近親からここの管理を引き継いだばかりらしいが、温厚だった親とは違いかなり荒々しい方法を取るようになったとの事。


「へぇ。そのライアンって奴がガラの悪い奴等を雇ってこの辺の地上げをやってるって訳か」

「本来ここはオリオン様の管轄なのに……昔はここもライアンの物だったとか言い出してイチャもんつけられてんだよ。こんな時に勇者様が居てくれればなぁ……」


 ……勇者? 今代の勇者はまだ任命されてなかったように思うが……。


 勇者と言っても神に選ばれたとかそういうんじゃない。

 王家が後生大事に受け継いでいる古代文明の遺物を扱えるかどうかで決まる。

 勿論誰でもいい訳ではなく、決められた試練を潜り抜けた猛者にのみ挑戦権が与えられ、見事遺物に選ばれたら晴れて勇者の称号を与えられる、という訳だ。


『その遺物っていうのはヴェッセルの事かしら?』

 詳しくは知らないが多分そうだろうな。わざわざ王家が大事に受け継いでるって言うくらいだから。


 古代文明イシュタルはヴェッセルと呼ばれる遺物をこの世に残したらしい。というのも実物を見る事など無いのだからそういう物があるんだな、くらいの認識だ。


『ふーん、ヴェッセルなら私も幾つか持ってた気がするけど……。使い方も知らないし他の宝と一緒に放り込んであった筈だわ』


 ……は? ちょっと待てよヴェッセルがこの世に出てきた事なんてほとんどないんだぞ? めちゃくちゃ高価……いや、歴史上重要な物なんだぞ!? なんでそういうのもっと早く言わないんだよ!


『なんだ、君はヴェッセルが欲しかったの? それなら……』


「勇者様はもうこの街を出てしまったからなぁ……」

「……え?」


 ちょっと今の一瞬でいろんな事が頭を駆け巡りすぎて混乱している。


「勇者がこの街に居たのか?」


「ん? ああ、つい最近新しい勇者様が任命されて、この街で新しいパーティを結成したんだよ。もう旅立たれてしまったがね」


 新しい勇者が誕生していたのか。今回の勇者は魔王を討伐できるといいが……。

 王家のヴェッセルは持ち主が死ぬと自然に王家に戻るとされている。そのヴェッセルが持つ特殊な能力の一つなのかもしれない。

 勇者は任命されれば魔王を倒すための旅に出る事を強制される……と言ってもそれを使命と思ってるやつしか試練になんか挑戦しないだろうけどな。


『人間がヴェッセル一つ持ったくらいで魔王を倒せるとは思えないけどなぁ』

 人類の夢と希望をぶち壊すんじゃねぇよ六竜様。


「この街にやって来た赤毛の冒険者に頼もうと思ってたらあれよと言う間に勇者パーティの仲間入りだもんなぁ……なぁ、兄ちゃんがなんとかしてくれねぇかい?」


「……は? おっさん今なんて言った!?」

「ご、ごめんごめん。兄さんにそこまで頼むのは筋違いだったよな」

「違う! 赤毛の冒険者がどうしたって!?」


「だ、だから赤毛の冒険者は勇者のパーティに……」


 ……なんてこった。

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