第23話:偉い人からの呼び出し。


 野良猫亭に帰る頃には空が明るくなっていた。

 そして、店主のおっちゃんとその奥さんらしき二人が店の前でそわそわしていた。


「夜中に勝手に出歩いてごめんなさい。心配させちゃったかしら?」


「……いや、無事ならいいんだが……なんか様子が違わないか?」


「気にしないでちょうだい」


 私の見た目の事を詮索されても答える言葉が無い。


「それより部屋のお嬢ちゃんを何とかしてくんないかい? 泣き喚いちゃって大変なのよ……」


 奥さんが疲れ果てたような顔でそんな事を言った。


 ユイシスったら満足にお留守番も出来ないのかしら……。


 宿の二人の事は商人のおっちゃんに任せて、部屋に戻る。扉を開けると、ユイシスが私の顔を見るなり地面を物凄い勢いで這って、足に縋りついてきた。


「ちょっ、なに? 動きが気持ち悪いわ」


「ごしゅじぃぃぃん!! 私、私てっきり本当にここに置いて行かれちゃったのかと思って、それで、それでぇぇぇっ!! ふみゃぁぁっ!」


 あぁ……それで大騒ぎしてたのね。

 見てみれば目は真っ赤だし涙と鼻水で顔中ぐちゃぐちゃ。

 この子いつもいろんな物を垂れ流してる気がするんだけど……。


「ごめんね。ちょっと用事があって出てただけだから」


「本当にここの支払い私がしなきゃいけないのかと思ってぇぇぇ……払えずに奴隷行きだと思ってぇぇぇ……」


 ……この子、泣いてたのは私に置いて行かれた事よりもそっちが原因?


 なんか急に腹が立って来た。

 そもそもずっと寝てて起きなかったのが悪いんだし。


「私が調子に乗ったから愛想尽かして捨てて行ったんだと……また、また独りぼっちになっちゃったのかと……みゃぁぁぁっ」


 泣き喚くユイシスの頭から、ぴこんと獣っぽい耳が生えた。


 ……感情が高ぶると獣化するのかな? 亜人と人間のハーフとかなのかもしれない。


「にゃんにゃん、よしよーし」

 イリスは足元でへたり込んでるユイシスの頭を優しく撫でた。


「イリス、ばっちぃからやめなさい」

「はぁーい」

「ひどっ……! 私泣きますよー!?」

「もう泣いてるじゃない……それよりもう疲れたから私達今から寝るわ。起こさないでね」


 ユイシスは「へっ?」と気の抜けた声を出して目を見開く。


「でも私もう起きちゃってますしもう目が覚めちゃったんですけど……」


「ゆっくり寝れて良かったわね。私は寝る。じゃあおやすみ」


 正直めっちゃ疲れてる。ママドラの力使った後は反動なのか分からないけどかなり眠くなる。


『君の身体自体がまだまだ力についてこれてないのよ。どちらかというと能力よりも私という存在を受け入れきれてない』


 バランス取れたんじゃなかったの……?


 ベッドに飛び込んでうとうとしながらママドラの言葉を聞く。


『バランスが取れたのは確かだし馴染んでは来てるけれど、私の力を使って竜化してる間はともかくその後は君の身体に戻っていくでしょう? そしたら身体が回復を欲して眠気が強くなるんでしょうね』


 へぇ……そうなんだ……。

 眠すぎてママドラの言葉は半分も頭に入って来なかった。




 そして俺の眠りは唐突に破られる。


「ごしゅじん起きて下さーいっ! 起きないといたずらしますよぉー?」


 耳元で馬鹿猫の声が響き渡り一瞬で眠気を刈り取られた。


「うぅ……俺どのくらい寝てた?」


 自分の胸元を見るとふくらみが引っ込んでいるのでそれなりに休めたのだろうか?


「四時間くらいじゃないですか? ってそんな事どうでもいいんですよ。一体夜中に何してたんですかー?」


 バタンとドアが開け放たれ、宿のおっちゃんんと奥さんが青い顔で俺を手招きする。


 仕方ないので頭ボサボサのままのそりと起き上がると、「あんた一体なにやらかしたんだい?」と奥さんが小声で問いかけてきた。


 ギュータファミリー壊滅させてきた、とは言えないわなぁ。


「外にお偉いさんが来てるんだよ。あまり待たせないうちに行った方がいいよ」


 ……お偉いさん? この街でお偉いさんって言ったら貴族連盟の連中だろうか。


 そんな連中が何の用だ? まさか昨日の事がバレたのか……?


 いや、西ブロックまでは暗殺者の隠密スキルで気配は殺していたし、そもそも気付かれるにしては早すぎる。


 ともかくお偉いさん相手ならこんな状態じゃまずいな。


「着替えてすぐに行くよ」


 宿の二人にそれだけ伝えて慌てて身なりを整える。


「ちょっと行ってくるわ」

「待って下さいごしゅじん! 私も行きますぅ~っ!」


 表に出ると、俺を訪ねてきたらしき男がメイドを一人従えて、商人のおっちゃんと話をしていた。


「おー、噂をすればやっと来たネ!」

「おっちゃん、どういう事なんだ? やっぱり昨日の?」


 おっちゃんと話していた男は背が高く、ぴっちりとした高級そうな服を着こんでいて見るからに紳士、といった風貌だ。

 髪の毛はシルバーがかった金髪をオールバックにしてサイドを刈上げている。


「ふむ、君がミナト君だね? 私は貴族連盟のシャンティア代表のノイン。君に少し話があるのだが一緒に来てくれないだろうか?」


 穏やかな物腰を見る限り俺を責めに来たわけじゃなさそうだな……。


「構わないが……」


「ごしゅじーん!」

「まぱまぱーっ♪」


「……連れも一緒でいいかい?」

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