第22話:記憶の混濁。
病気じゃないならなんだってんだ……?
ただの栄養失調とかそういうんだったら俺にはどうにもできないだろうよ。
『これはなかなか珍しい奴に憑りつかれてるわね。病魔、って言えば分かるかしら?』
病魔。それはこの世界では病気などとは違う意味を持つ。
この子が病魔に憑りつかれてる?
「ちょっと妹さんを診させてもらうぞ」
俺は医者でもなんでもないのに、こんな状況から助けてくれたってだけで信頼して瀕死の妹をなんとかしてもらおうとするなんて……平常時ならどうかしてるとしか思えないが、それだけ藁にもすがりたい状態なのかもしれない。
「……あぁ、確かに大分弱ってるな」
「ど、どうでしょうか……」
「この子はいつからこんな状態なんだ?」
姉の方に確認を取ると、どうやらここに掴まる少し前から具合が悪くなり、医者へ連れて行こうとした所でさらわれたらしい。
上の奴等も無理矢理命令されてたにしてもタイミングってもんを考えてやれよな……。
と言っても普通の医者にどうにか出来るもんじゃないだろうが……。
病魔というのは……どういう言葉が適切だろうか。形を持っていてとても質の悪いばい菌みたいなものだ。
魔物とはちょっと違う、もっと原始的な、それでいて憑りつかれると高レベルの神官にでも頼み込まない限り助かる手立てはない。
なんとかできると思うか?
『勿論。それだけの記憶を君は所持しているからね。ただ……』
はぁ、結局こうなるのか。仕方ない、状況が状況だからやるしかないな。ママドラ頼むよ。
『はいよっ♪』
嬉しそうだなおい……。
俺は全身にママドラの力を行き渡らせる。
どちらにせよ俺の身体は度重なる暗殺者スキルの使用でかなりガタが来ていたのでこれ以上何かあれば頼るしかないと思っていたところだ。
全身に力が漲り、髪が伸びて色素が失われていく。
きっと俺の大事な何かもこれをやるたびに消えていくんだろうけれど考えない事にした。
「姿が……! あ、貴方はいったい……」
「またオニーサンがオネーサンになったネ!」
「俺の事はいいから。とりあえずちょっと離れててくれ。近くにいると危険だから」
身体から離れた病魔がすぐに違う身体に憑りつく可能性は高い。
おっちゃんと女性、あとイリスを少女から距離を取るように下がらせる。
病魔を身体から引きずり出して、即始末する為には……。
『今回は大僧正が適任だろうね』
おいおい神官とか大神官的なのが来るかと思ったのに大僧正?
……あぁ、確かに俺の過去には大僧正がいるな。魔を浄化する事にのみ特化した職業だ。
そこに至る為には血のにじむ修行をこなさなくてはならない。
ただ大僧正はこの世界の職業じゃねぇからなぁ。本当に大丈夫なのかどうかが疑問だ。
『能書きはいいから早くやっちゃいなさいよ』
分かってるって。
大僧正は主に浄化のスキルを使う事が出来る。
呪いなんかを解くのには向いていないが、汚染された物や空間を聖なる気で浄化する事が可能だ。
病魔なんかは穢れの塊で、体に憑りつきその肉体と複雑に絡み合い、肉体を栄養源として育つ。この少女の身体を浄化し居心地を悪くさせれば自分から這い出てくるだろう。
俺は少女のお腹のあたりに掌を当て、真言を唱える。言葉は何でもいい。要は自分の中で気を高めそれを外部に放出する為に必要な儀式のような物だ。
掌がポウっと青白く輝き、少女の腹部から全身へと伝わっていく。
体内に気が充満し、少女の腹部が一度ぼこんと膨らむ。
「い、妹は大丈夫なんですか……? 一体何がおきて……」
「気が散る。静かにしてくれ」
勝負は一瞬だ。
浄化の気が満ちる。そして……少女の口がガパっを開き、そこからぬるりと妙な生物が這い出して来る。
……デカい。ここまで膨れ上がってるって事は本当に少女は限界が近かったんだろう。あと一~二日遅ければ手遅れだったかもしれない。
口から這い出ると一瞬でそいつは飛び上がり、この場から逃げようとした。
俺は即座に、そいつを掴み地面に叩きつける。
こいつの厄介な所は物理攻撃はほとんど効果が無い所にある。
「……お覚悟を」
俺は病魔の前にどすんと座り込み、大僧正の浄化スキルの中から一つを選んでもぞもぞと動く軟体動物のような病魔に叩きこむ。
「回転説法ッ!!」
病魔の周囲に光の柱が立ち上り、ふわりと病魔の身体が浮かび上がって苦しみだした。
俺は間髪入れずに真言を唱え続ける。
光の柱の中で病魔は高速で回転を始め、その身体が少しずつ浄化、分解され……やがて粉々になって消滅した。
「諸行無常……」
『おーい、記憶に引っぱられてるわよ』
……力使ってる時はその人になり切ってるようなものだもの……犯罪者なんかの記憶を呼び出すときは気を付けないといけないかもしれないわね。
『ロリペド犯罪者の記憶は呼び出さないようにしないとね』
そんなもんが必要になる日はこないと思いたいわ。
「い、今のはいったい……それに、貴方は……?」
「私の事はいいって。それより妹さんはかなり消耗してるけれど……うん、命に別状はない……と思うわ。あとはきちんと栄養を沢山取って休めば元気になると思うわよ」
「まぱまぱーおつかれさまーっ♪」
「イリス、危険な事に巻き込んじゃってごめんね? もう終わったから大丈夫よ」
結局今日もママドラの力使っちゃったなぁ……。
「ねぇ、その子家まで送ってった方がいいかしら?」
「いえ、そこまでして頂く訳には……」
「ギュータファミリーはもう解散したけど、それでも一応ここはスラムでしょう? せめて東ブロックまでは送るわ。さ、おっちゃんも野良猫亭に帰りましょ」
「オネーサンやっぱり凄いネ! ワタシ感動したヨ!」
褒められるのは悪い気がしないけれど自分だけの力ってわけじゃないから少し複雑なのよね。
『何を言っているのよ。私はもう君の一部なんだから私自体君の力の一部よ?』
だから、それを認めたくないのよ……。
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ややこしいですが流れとしては
通常ミナト→記憶による能力行使→記憶により性格がやや変わる→ママドラモード→女性化→記憶に引っ張られがち→ママドラモード終了→しばらく女性のまま→一時的に中身も女性に寄ってしまう→およそ一日程度で身体が元に戻る。
ミナトの中でこんな感じの事が起きています。ちなみに、どの段階で中身が女性っぽくなるかについては引き出した記憶の主の性別にもよります。
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