第20話:へっくち。


 街中には魔法による街灯もそれなりにあったが、目的地の西ブロックに差し掛かったあたりで完全な漆黒に包まれる。


 西ブロックへ行くためには細い路地を幾つも入り、まるで迷路みたいな道を行かなければならない。

 一応繋がってはいるが、意図的に隔離しているような作りになっていた。


 こんな露骨に区別するから逆に治安が悪くなっても手を出せないんだろうが……。


 暗殺者の暗視スキルにて俺には街の様子がある程度把握できた。

 酷い物である。建物はところどころ崩壊し、素人が適当に修繕したのかあちこちツギハギだらけ。そんな景色が広がっていた。


 血生臭い臭気が漂っていて、その辺に当たり前のように死体が転がっている。


「くちゃいねー」

「イリスは周り見えてるのか?」


 頭の上でぶるんぶるんと首を振る感覚がある。

 見えてないならその方がいい。


『もう少し成長すればこのくらい見えるようになるわよ』

 成長でどうにかなる問題なのが不思議だが、身体能力が向上するって意味なら納得できる。


 あの二人に聞いた場所を目指し、出来る限り気配を消して進むと、遠くに明かりが見えた。


 大回りして側面から回り込むと、その建物だけがやたらと綺麗な事が分る。

 ここがギュータファミリーのアジトか……。


「イリス、ここから先は静かにしてるんだよ」

 小声で話しかけると、今度は首を縦にふるように頭上が揺れる。


 よし、じゃあまずは見張りとして立っている二名を可能な限り速やかに、音をたてずに始末する。


 申し訳ないがここから先は命を尊重している余裕は無い。

 俺だって凄い経歴の記憶を呼び出してるだけの一般冒険者なんだ。悪く思わないでくれよ。



『それなら追加でスキルを……っと、これでどうかしら?』


 ……ママドラが新しいスキルを使えるようにしてくれたので、役に立つか考えてみる。

 確かにこれを的確に使えれば行けそうだな……。


 俺は一度頭の上からイリスを降ろし、ほんの少しの間だけここで待っててと告げ、動き出す。


 遠くに小石を投げ、気配を殺して一気に距離を詰める。

 小石が地面に当たった音に見張りが注意を向けたその瞬間に、背後から組み付き首を捻る。神経が傷付かないよう注意したので死にはしないだろう。


 どさりと見張りの一人が崩れ落ちる音にもう一人が振り返った瞬間、その顎に斜め下から斜め上へ、思い切り掌底。脳震盪を起こし泡を吹いて崩れ落ちた。


『おー大成功♪ やっるねー!』

 俺の前世に感謝だな。格闘技を極めた男が居てくれたおかげで無駄に死人を出さずに済んだ。


 手招きでイリスを呼び、再び肩車をして建物の中の様子を伺う。


 ……思ったより人の気配は少ないな。


 長い廊下、二階へ繋がる階段、それらは等間隔で付けられた灯りによって照らされている。


 これだけ広い屋敷なら人を監禁しておく事も出来そうだが……こういう場所は大抵地下牢があるって相場が決まってる。


 少なくともRPGとかじゃだいたい牢屋は地下だ。そんなゲーム知識がこの世界でどこまで通用するのか分からないが、まずは地下室へ向かう道を探すべきか……?


 いや、あるか無いか分からない地下への道より、必ずここに居るであろうギュータファミリーのボスを始末しよう。

 探すのはそれからゆっくりやればいい。


 なら目指すは二階か……?

 パッと見一階は広間や食事用のホールみたいになっているようなので、ボスは二階だろう。


 なんでそんな事が分るかと言えばどうという事は無い。ご丁寧に扉の上に手書きで書いてあるのだ。


 廊下の奥には会議室。その途中にある大きな扉は食堂。手前の左にはキッチン。

 バカみたいに丁寧で分かりやすい表記である。


『随分と律儀なマフィアが居たものだね』

 あぁ。それと好都合な事が他にも分かったぞ。


『ほう? 聞かせてもらえるかしら?』

 ここには最低限の人員しか置いてないな。


『……確かにそうみたいね。一階には人が住めるような部屋はなさそうだし』

 あぁ、二階はどうなってるか分からないが個室があったとしてもたかが知れてるだろう。


『ふーん、だったらいっその事外から行っちゃえばいいんじゃないかしら?』


 ……外?


『馬鹿正直に建物内を突き進む必要は無い気がするけれど』


 俺はなんだかんだいって普通の冒険者だった。普通の人だった故の常識が邪魔をしてそんな発想出てこなかった。


「ナイスアイディアだママドラ」

『私の名前忘れてるんじゃないわよね? イルヴァリースよ??』

 分かってるって。


 一度外に出て、泡を吹いてる見張りがまだ起きないのを確認してから壁に張り付いて登っていく。


 ……うわ、他の部屋には結構人居るなぁ。


『君の考察が外れたって事ね♪』

 別にはずれじゃねぇだろうがよ! ただ思ったより一部屋あたりに詰め込まれた人数が多かっただけだ。


『へぇ~ふぅ~ん』


 ママドラは無視して、どうするか考える。

 方法としては一部屋ずつ乗り込んでそこにいる五~六人を始末していく。

 或いは、まずボスを始末してそれでも歯向かう奴を個別で対処する。


 ……どうすっかな……全部相手にするとなると五~六人入ってる部屋が六つはありそうだ。

 最低でも三十人。


 絶対やだ。めんどうだし俺の体力が切れたらどうにもならん。


 やっぱりボスを始末して、後は出来るだけ強キャラっぽいハッタリを聞かせて戦意を喪失させよう。そうしよう。


 壁を這い回るように一部屋ずつ窓を覗き込み、やがてやたらと綺麗な部屋を見つける。

 そこだけ広いし絵画なんかも飾られていて、間違いなくこの部屋がボスの部屋だろう。


 そこには背が小さくて顔中傷だらけ、スキンヘッドの中年が豪華な椅子にふんぞり返っていた。

 好都合に窓から近い。このまま乗り込んで即殺すれば……。


 窓からは逆、出入り口付近にガタイのいい男が立っていて、恐らくボスを一番近くで守るガードマン的な感じだろう。

 ボスさえ始末すればこいつとも戦わずに済むかもしれないし、もしやる気だったとしても仲間を呼ばれる前に速攻で倒せばあとはどうにかなる。


 慎重に、仕掛けるタイミングを見計らって……。


「へっくちっ!」


 イリスが可愛らしいくしゃみをした。

「大丈夫か?」なんて、頭の上に片手を伸ばし頭を撫でていると……。


 部屋の中に居る二人と目が合ってしまった。

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