第18話:襲撃者。


「ずぴぴー……ずぎゅごごごっ!」


 眠れねぇ……ネコのいびきが凄すぎて全く眠れねぇ……。


 部屋は一部屋しか取ってなかったがその代わりベッドが二つある部屋だった。


 特にネコも気にしていなかったので俺も何も言わなかったのだが、別の部屋にすべきだった。


 俺の手を握りながら眠っているイリスはまったく気にすることなく眠りこけている。


「あぁ……本当にイリスは俺の天使だよ」

『そうでしょー? イリスは私にとっても天使よ♪ 貴方のおかげで助けられて……本当に感謝してるわ』


 頭の中に突然ママドラの声が響いてちょっと驚いたが、早くこの環境にも慣れないとな。


 今後俺の人生は全てこいつに監視される事になるわけだし。万が一彼女でも出来たらどうするんだよこいつ全部見てる気なのか?


『そんな日が来るとは思えないけれど……でもユイニャンがいい事してくれるかもしれないわよね。さすがにそういう時は大人しくしてるから安心してちょうだい♪』


 こいつの言動を間に受けるんじゃねぇよ! それとこいつの事ユイニャンって呼ぶな。なんか腹立つ!


「ずずごがっ! …………ぴゅーぎゅぎゅずるるー」


 うるせぇ……。これじゃほんとに寝られねぇぞ、どうしたものか……。


『ん……? どうやら眠る必要は無さそうだわ』

 なんだそれ? どういう……。


 キィィィィ……。


 静かな空間に微かな高音が響く。


『まだ動かない方がいいわ。視線だけ動かして窓を見て』


 言われた通りに視線を移動させると、先ほどの音の原因が分かった。


 外から、何者かが窓を特殊な道具で破ろうとしている。手慣れた動きを見る限り、こういう事を普段からやっている奴等なんだろう。


 ママドラ、この場合何がいい?

『難しいけれど……じゃあこちらも気配を消す方向で。入って来たところを返り討ちにして情報を得ましょう』


 ママドラ経由で俺の中にスキルと、最低限の記憶が流れ込んでくる。


 俺としてはもっと過去の記憶を知りたいと思うが、ママドラがスキルの使用法などに関連する物しか流してくれない。

 脳が爆発するよりはマシだけど気になる物は気になる。


 ……暗殺者か。確かに気配を殺すのにはちょうどいい。


 俺はイリスの手をそっと離して、外からの侵入者に気付かれる事なく隠密スキルで闇に溶ける。


 音をたてずに黒い影が部屋へ侵入してくる。

 俺だけならともかくイリスが寝てる寝室に押し掛けてくるとは万死に値する。


 その影はゆっくりと部屋の中を見渡し、俺達の荷物が置いてある方へと向かう。


 ……物取りが目的か?

 そう言えば商人のおっちゃんがシャンティア近辺で物取りが出るとか言ってたっけ。

 でも俺は野党とかそういうのだと思ってたんだが……こいつらは完全に盗賊の類だ。


「ぎゅごっ!」


 ネコのいびきに一瞬ビクっとしたのを見逃さず、背後を取り首元に短剣を突き付ける。



「動くな。少しでも動けば命は無い物と思え」


 影はゆっくりと両手を上げ、降参のポーズ。


「お、俺は頼まれただけなんだ……」

「黙れ。事情を聴くのはもう一人始末してからだ」


 俺の言葉に、黒い影は大きくビクンと身体を震わせ、「来るな! バレてるぞ!」と叫ぶ。


「動くから刺さっちまったじゃねぇか。まぁいいやとりあえず死ぬなよ。まだ聞きたい事がある」


 俺は一旦そいつの首筋に手刀を入れて昏倒させ、窓から外へ飛び出す。

 それと同時に外に人の姿が無い事を確認し、相手は上だとあたりを付けて壁に手足を張り付けよじ登る。


 屋根の上に行くともう一人がまさに違う建物の屋根へ飛び移ろうとしているところだった。

 その軸足へ短剣を投げ、阻止する。


 男は足を抱えて屋根を転げ回っていたので屋根から落ちる前に襟首をひっつかんで、相手の足から短剣を引き抜く。


「うがぁっ! たた、頼む! 命だけは……!」


「定番の命乞いか。死ぬ覚悟が無いなら悪事などしない事だ」


 そいつにも手刀を入れて意識を奪い、部屋へと戻ると、まだ最初の奴が目覚めてなかったので二人背中合わせに縄でぐるぐる巻きにした。


「おい、もう起きていいぞ」

 数度そいつらの顔をビンタして起こし、今度こそ必要な情報を聞き出す。


「大きな声を出せば殺す。お前らの声で俺の可愛い娘が目を覚ましてしまったとしても殺す。よく考えて口を開けよ? 誰に頼まれた?」


「お、俺達は……雇われただけなんだ」

「誰に頼まれたかを聞いたつもりだが?」


 答えにならない言葉を吐いた男の太ももにゆっくりと短剣の刃先を這わせる。


「ひぃっ!」

「娘が起きたら殺すからな」

「~~っ!!」


 恐怖に顔を引きつらせながらも悲鳴をかみ殺したのは褒めてやらないとな。


「で? 誰に頼まれたんだ? 次はないからな」


「……この街の、西にあるスラムを牛耳ってるギュータファミリーに、頼まれた」


 ギュータファミリー? マフィアみたいなもんだろうか。


「じゃあ次は目的だ。荷物を漁ろうとしていたみたいだが何が目的だ?」


 次はもう一人の方が答える。


「あんたらが持ってるっていう貴重な宝石類を盗んでこいって……」


 何故そのギュータファミリーとかいう奴らがママドラの財宝を知ってる?


 ……っ!


 俺は一つの可能性に気付いてしまった。


「おい、そこには小太りの商人が掴まってるんじゃないか?」


「誰が掴まってるかまでは知らねぇよ……俺達は盗み専門だ」

「いや、商人かどうかは分からないが変な喋り方の太った男なら昼間に連れてこられてるのを見た」


 片方だけでもそれを見ていて助かった。

 やっぱりおっちゃんはそいつらに掴まっている。そしてあの宝石を奪われ、出元を吐かされたんだろう。


 早く助けてやらないとまずいな。情報が正しいと分かれば生かしておく必要が無くなってしまう。

 つまり、こいつらを帰らせる訳にはいかない。


「……悪いな」

「ど、どういう意味だよ……」

「話したんだから命は……」


 二人を始末するにしてもここは良くない。

 目を覚ましたイリスが驚いてしまうからな。


「ねーまぱまぱ」


 イリスの声に二人がビクっと跳ねる。


「残念だな。娘が目を覚ましたからお前らは殺す」


「た、たすけ……」

「頼む! なんでもするから……!」


 もう決めた事だ。

 暗殺者の記憶の断片のせいか、今の俺は非常に頭の中がスッキリしていて人を殺す事に躊躇いの欠片も感じない。


 問題はどこで殺すか。……俺の仕業と分からなければその辺の裏路地あたりで十分か。


「まぱまぱ、その人たち悪い人じゃないと思うよー」


「そっかー♪ じゃあ殺すのやめるね?」


 思わず即答してしまった。娘おそるべし。


 いやいや、生かしておいてもいい事ないだろ。負けるな俺。


「あのね、こいつらは泥棒なんだ。悪い奴等なんだよ」


「でも、心が汚くないよ?」


 心……?

『私達には相手の心の闇の深さが見えるのよ。君は最初会った時酷いもんだったけど、こいつらは確かにそこまで汚れてはいないわ。そのうち君にも見えるようになると思うわよ?』


 ……そんなの聞いたら殺せねぇじゃねぇかよ。


「まぱまぱー、殺しちゃうの? やめようよ」

「殺すのやめるね♪」


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