第17話:平穏と闇。
俺達が野良猫亭に到着すると、建物の隣に馬車を停めておけるスペースがあり、おっちゃんの馬車が停めてあった。
結構大きい宿なんだな……。
感心しながら中へ入ると、一階は食堂になっているらしく結構な人数で賑わっていた。
「まぱまぱー♪」
イリスがやたらと元気になったのはお腹が減っている証拠だろう。ダッコ焼きだけじゃ育ち盛りの腹には少々足りないらしい。
「じゃあ何か食べようか。懐も温まった事だしな」
「わーいっ♪」
喜ぶイリスと反比例するようになんだかしょんぼりしている馬鹿ネコ。
「おい、どうした? 元気ないじゃないか」
「えっと……その、私ほら、今お金持ってないので……お水と美味しそうな香りだけで我慢しますぅぅ……」
……あぁ、そんな事か。
「馬鹿ネコめ……。いいからお前も好きなもん頼め」
「で、でも……さっきもダッコ焼き貰っちゃいましたし、我慢すればなんとか……」
こういう所は意外と律儀なんだなぁ。普段のアホさ加減をどうにかして、こういう時にもうちょっと能天気に振舞えないもんかね。
「あのな、ちゃんと言っただろ? 換金出来るまでは面倒見てやるってよ」
「え、ほんとにいいんですか……? 私、食べちゃっても……?」
「あぁ、好きなもん食え」
「ありがとうございますぅぅ……」
何故か感極まってボロボロと涙を流し出したもんだから俺はドン引きである。
「何も泣く事ねぇだろうよ」
「ひっぐ、えぐ……私、私、あまり人に優しくされた事なぐっで……」
えぇ……? 今更そんなキャラ付け要らねぇから能天気に飯食っとけよ……。
「なのにごしゅじんは最初から……いや、最初は私の事見捨てましたけどその後助けてくれて……宝石までくれるしこんな所まで連れて来てくれてご飯まで……」
「分かった、分かったから! なんか調子狂うんだよいつも通りのアホ面で美味そうに飯食えよ」
「わがりばじだぁぁ」
「にゃんにゃん泣いてるの? よしよし、いいこいいこ♪」
「いりすぢゃぁぁぁん!!」
どっちにしても騒がしいのだけは変わらねぇんだなこいつ……。
「えっと……じゃあ、気を取り直して注文させてもらいますね?」
「あぁ、好きなだけ食え」
「すいませーん! このメニューに書いてある食べ物端から全部持って来てくださぁぁい♪」
ぶほっ!?
思わず水を噴き出した。
「お、お前……!」
「好きなだけ食べていいって聞いたので……」
「ふざけんな加減ってもんがあるだろうが! そもそも全部とか食えるわけ」
「食べれますよ?」
「……え?」
「食べれますよっ♪」
……マジかよ。
イリスもなかなかの食いっぷりだったが、ユイシスはそれどころじゃなかった。
本当に出てくる料理を片っ端からその胃袋に詰め込んで行き、気が付けばテーブルの周りにギャラリーが集まってきた。
「はいよ嬢ちゃん! あと三品で全制覇だぜ!」
「むぐむぐっ! どんどんもっへきへくらはい!」
「あいよっ!」
店のおっちゃんもユイシスの食いっぷりに大喜びで、イリスの食事代はサービスしてくれる事になった。
しかしユイシスのだけでいくらかかるんだこれ……。
「おお、あと一皿だ!」
「すげぇ!」
「良い物見させてもらったわ……!」
「むぐむぐ……ぷはぁっ! ご馳走様でしたぁぁ♪」
ユイシスが最後の皿を平らげ、食堂内は謎の喝采に包まれる。
俺はといえば、料理を一皿食べただけでもうお腹いっぱいだった。いろんな意味で。
「ほんとに全部食いやがった……! お嬢ちゃん、あんた大したもんだぜ! おいギャラリー共! 良いもん見たと思うならこの嬢ちゃんにおひねりでもくれてやれ!」
店のおっちゃんがそう叫ぶと、更に場は盛り上がり、パっと見た限り一~千ジャイル紙幣が様々な色の紙吹雪となり宙を舞った。
「ありがとー! ありがとーございまーすっ! いぇーい!!」
まったく……宙を舞うおひねりはこいつが食った額には届かないだろうが、それでも半額分くらいはまかなえそうだ。
「えへへー♪ 私すごいでしょー?」
「……あぁ、まったく大したもんだ。その体のどこにあれだけの食い物が入るんだ……?」
俺がぽこっと膨らんだユイシスの腹を眺めていると、なんだか恥ずかしそうに身体を隠すように手で覆う。
「やだもう……ごしゅじんったら私の身体ジロジロ見て……もしかして私の魅力に気付いちゃいましたか?」
「おい、その身体クネクネするのやめろ。俺はお前の腹を見てただけだ」
「にゃぁ♪ 照れちゃって可愛いーっ♪」
「それ以上言うとその膨らんだ腹を蹴るぞ」
「やめてっ! お腹には貴方の子がっ!!」
ざわっ。
大食いが終了して各々のテーブルに散っていた客どもが一斉にこちらに注目した。
「ばっ、馬鹿野郎変な事言うな!」
「お腹の子を認めてくれないんですかぁ?」
ユイシスはお腹を撫でまわしながら「酷いパパでちゅねー?」とか言い出した。
「ひどっ」
「さいてー」
「あの子あの男の彼女だったのか殺してえ……」
「おい、その辺にしておかないとお前はここに置いて行くぞ……。朝起きたら俺とイリスが居なくてお前はここの支払いに追われて金が払えず奴隷行き……」
「ごめんなさいごめんなさい嘘ですすいません私の中には誰もいませんっ!!」
こいつが一緒に来るようになってから疲れが溜まって仕方ない。
唯一の救いは、そのやりとりを聞いたイリスがきゃっきゃと喜んでる事くらいか。
逆にそれが馬鹿ネコを置いて行けない理由にもなるわけで複雑だ……。
逃げるように食堂を出て、宿の方の受付で確認を取ると俺達の部屋はすでに商人のおっちゃんが取ってくれていた。
そして、その日おっちゃんが帰って来る事はなかった。
ついでに言うと、俺達はその夜、何者かの襲撃をうけた。
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