第14.5話:赤毛の剣士。(アドルフ視点)


 とても気分がいい。

 何もかも自分の思い通りに進んでいる。

 俺の進む道はいつでも切り開かれていなければならない。

 自分が苦労をするなんてまっぴらごめんだ。

 勿論最低限のレベル上げなんかは必要になって来るだろうが、元々の能力値が高い俺はそこまで必死にレベリングする必要も無いだろう。


 人は平等などでは無い。生まれながらに優劣が決まっている。

 例えば生まれ。俺は裕福な家庭に生まれ、幼い頃から文武共に英才教育を叩き込まれてきたエリートだ。


 父は臆病な男だったので貴族連盟の末席で満足していたようだが俺はそうはいかない。

 父も優秀な俺を自分の代わりに仕立て上げようと、金を注ぎ込んだ。


 自分で出来ない事を息子に押し付けようとする浅ましい男だが、そのおかげで俺は同世代では右に出る者は居ないほどの実力をつけるに至った。


 そしてこの外見にも感謝している。

 亡くなった母がどこの出身だったのか知らないが、珍しい燃えるような赤い髪をしていた為、俺にもそれが受け継がれている。


 この頭はとても目立つ。人の印象にも残りやすい。そんな俺が結果を出せば、簡単に人の印象はプラスへと変わる。

 勝手に期待するのだ。この特別な男はきっとやってくれる、と。


 俺はその期待に応えるふりをしながら適度に結果を出すだけでいい。

 それだけで人生が保証される。


 そして俺はこの国で英雄になるのだ。

 いや、英雄などでなくても構わない。確固たる地位と権力さえ手に入るのならばそれでいい。

 その為には多少汚い事にだって手を染めるし、おあつらえ向きに俺の心は倫理に反する事に傷付くほど繊細ではない。


 人生楽しく楽してやりたいように全てを手に入れる。

 気に入らない奴は潰せばいいし気に入った女は手に入れる。

 今までだってずっとそうやって生きてきた。


 ミナト・ブルーフェイズ……あいつは俺と比較したら何も持っていないクズだ。

 貧困な家庭に生まれ、学も無く、大した実力も無い。

 俺の人生にとってなんの意味も役割も無いはずのクズだ。


 それなのにあいつは俺に対していつも生意気な事を言う。

 そんな考え方では身を亡ぼす。真面目に訓練しろ。女遊びも大概にしろ。

 うるさい奴だった。


 真面目に訓練をしたお前が俺の足元にも及ばないのはどういう事だ?

 俺の考えを否定したお前の末路はどうなった?

 女遊びを控えろと言っておいて俺が目を付けた女に先に手を出したのはどこのどいつだ?


 気に入らない。

 ガキの頃からの腐れ縁でパーティに入れてやったら付け上がりやがって。

 ああいうクズが一人パーティに居た方が俺が際立つと思ったんだが、結果的にあの男は俺の神経を逆撫でするばかりだった。


 だから殺した。

 いや、俺が殺すまでも無かった。

 ついでに言えば、あいつの女……エリアルすら俺の代わりにしていただけだった。


 ほんと笑わせてくれる。

 あんな惨めな男を敢えて傍に置いて見下しながら生きるのも面白いかと思ったが、あいつの小言の鬱陶しさを考えたらやはり俺の人生には必要ない。


 実力も無い癖に誰に対しても言いたい事を言う口だけ野郎には相応しい最後だった。


 自分が愛し、そして愛されていると思い込んでいた女に突き落とされる。

 あの時のミナトの顔といったら……思い出すだけでゾクゾクしてくる。


 信じていた物が砕け散る瞬間。あの絶望に染まった表情……たまらない。


 エリアルは仮にも自分の恋人だった男を突き落としたと言うのにヘラヘラ笑って、「これで私を愛してくれる?」なんて言うもんだからなおさら愉快でたまらない。


 ミナト、てっきりお前はとっくに手を出しているのかと思っていたが、そんな度胸も無かったらしいな?

 それともエリアルがお前と深い関係になる事を嫌がっていたのかな? はははっ。

 是非あの世のお前に見せてやりたいよ。あの後ネアルの宿についてからのエリアルをな。


 もう我慢できないという表情で俺に絡みついてきたエリアル。

 あの夜をお前が見たらどうなるだろうな? 悔しくて発狂するか? それとも無様に身の程をわきまえて身を引くか?


 ……いや、童貞のお前には刺激が強すぎるか。せいぜい覗き見て一人でやってろよ。それくらいは許してやるから。


「アドルフ……どうしたの? 考え事?」

「ん? いや、例の件をどうするかと思ってね」


 エリアルは一糸纏わぬ姿のまま、ベッドの中で俺の腕に絡みつく。


「あの領主の依頼の事? 危険よ」

「俺がその気になればやってやれない事も無い。……しかし、確かに俺がそんな危険な話に乗ってやる必要も無い」

「じゃあやめておく?」

「……いや、それは相手次第だな。俺はそれ相応の謝礼を要求する。あいつがそれに応えられるのなら力を貸してやる」


 エリアルは俺の頬に掌を当て、妖しく微笑む。


「あなたって……本当に悪い人ね」


「ふん、お前が言うなよ」


 こいつだって俺にとってはただの暇潰し。

 自分の欲望の為に誰かを殺す事が出来るこの女はある意味俺と同じようなタイプだ。


 だとしたら、こいつの気が変わって寝首をかかれる前にこちらから切り捨てるべきだろう。

 せいぜいもっといい女を手に入れるまでの繋ぎとして頑張ってくれ。


 こいつをボロ雑巾のように捨ててやる事こそがミナトに一番見せてやりたいシーンなんだがな。


 くくっ、本当に惜しい男を亡くしたもんだぜ。





――――――――――――――――――――



今回はアドルフ視点でした。

次回からは通常通りミナト視点に戻ります。

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