第12話:馬鹿ネコ。
俺達は馬車へ乗り込み、まずはシャンティアという街を目指す事にした。
シャンティアは良く言えば表と裏がはっきり分かれた街。悪く言えば華やかな表の街と、掃きだめのようなスラム街が隣り合わせになったような場所だ。
富裕層と貧困層がくっきりと分かれていて、居住区も完全に分かたれている。
商人のおっちゃんはどちらかというと裏の方に用があるようだった。
「改めて自己紹介をしておこうか。俺の名前はミナト。ミナト・アオイだ」
本当はこの世界ではミナト・ブルーフェイズという名前なのだが、何故か前世での名前を名乗っていた。
俺の中には湊蒼だった頃の記憶が蘇ってしまっているのでうっかり、だったのだが……ある意味これで良かったのかもしれない。
湊蒼もミナト・ブルーフェイズも既に死んだ。
俺はこの世界でミナト・アオイとして生きていこう。
「それでこっちのちっちゃいのが俺の娘、イリスだ」
そう言えばイリスって本名なのか? フルネームでイリス?
ドラゴンのネーミング事情なんて知らないからその辺がよく分からない。
『イリスは愛称よ。本当の名前はイシュタリス。この世界、イシュタリアからとったの。いい名前でしょう?』
……そうか、確かにいい名前だ。
当のイリスは商人のおっちゃんがくれたお菓子を頬張って口の周りを食べかすまみれにしながら目をキラキラさせていた。
よく食べてこの世界のように大きく美しく育つんだぞ。
『父親が板に付いて来たんじゃない?』
まさか。……でもママドラと同化してしまった時点で育てる義務があるとは思ってる。
「で、だ……。イリスと一緒にお菓子頬張ってるお前はなんて名前なんだよ。人の話聞いてたか?」
「むふっ、むふっ!」
「飲み込んでから喋れ」
女は慌てて口に頬張ったお菓子を飲み込み、喉に詰まったのか顔を青くしてキョロキョロし始めたので小さな木製容器を渡す。俗に言う水筒みたいなもんだ。
「むぐっ、むぐっ……ぷはぁっ♪ お水は生命の源ですぅ~♪」
「バカ野郎飲み過ぎだ……まったく……で? お前の名前はなんて言うんだ?」
「あ、そうでしたそうでした。私の名前はユイシス・ウィンザー・ニャンニャンです」
「にゃんにゃん……?」
「にゃんにゃん♪」
俺が妙な響きに疑問を持ったのと正反対に、イリスは「にゃんにゃんにゃんにゃん♪」とやたら上機嫌だった。どうやら響きが気に入ったらしい。
「気軽にユイニャンと呼んでくださいね♪」
「ぜってー呼ばねぇ」
せいぜい馬鹿ネコってところだろう。
「にゃんにゃん、よろしくねー♪」
「はぁいよろしくイリスちゃん♪」
二人は手を取ってにこやかに笑いあう。精神年齢が近いのかもしれない。
「ミナトさんには感謝してます。奴隷にされそうなのを助けてくれたしこうやって馬車に一緒に乗せてもらえてるし。どうお礼をしていいものか悩みますねぇ~」
「礼なんていいから」
そうは言ったものの、やたらと笑顔なイリスを眺めていたらふとお礼の方法ってやつを思いついた。
「いや、それならイリスの遊び相手になってやってくれないか?」
「にゃ? わっかりましたーっ! 私に任せて下さい。こう見えて私、子供には人気あるんですよー!」
「頭がお子様だからかな?」
「違いますぅーっ! 子供目線なだけですぅー! 理解者おぶちゃいるど!」
「はいはい、そりゃ良かった。でも妙な事教え込んだら本気で捨てて行くからな」
いろいろ不安だけどイリスが割と懐いてるからなぁ。頭の中身がお子様なこいつなら遊び相手にはちょうどいいかもしれない。
「しかと五臓六腑に染み渡らせておきますっ♪」
「……それを言うなら肝に銘じる、だろ」
「そうでした! 聞いてるかい私のキモーッ!」
『これは想像以上の逸材だわ。こんな頭のおかしな人間を私は見た事がない』
「我が問いに応えこの言葉をその身に刻めっキモーッ!」
安心しろ、俺もこんなイカレた女は初めてだ。
違う意味でイカレた女だったら居たけどな。
頭に浮かんだ顔を振り払うように頭を振った。
なぜかその様子をイリスがじーっと見ていて、馬鹿ネコに声をかける。
「ねーにゃんにゃん」
「何かなーイリスちゃん」
「さっきまぱまぱに言ってた気持ちいい事ってなぁにー? 気持ちいいならあたしもまぱまぱにしてあげたいなっ!」
「そっかー♪ じゃあお姉さんがいろいろ教えてあげますからね!」
ぺいっ!
俺は馬鹿ネコを馬車から蹴り落とした。
馬車はそこまで速く動いないにせよ人間が走る程度のスピードは出ているので面白いくらいゴロンゴロンと転がってあっという間にユイシスは視界の彼方。
あいつはここに捨てて行く。娘の教育上アレは近くに居てはダメな女だ。
「気持ちいい事っていうのはね、肩たたきの事だよ」
「そっかー♪ じゃあまぱまぱに肩たたきしてあげるねっ♪」
イリスは俺の隣までやってきて背中を出せとせがむ。
「とんとん♪ とんとん♪ きもちいい?」
「あぁ、とっても気持ちいいぞ」
可愛すぎだろ……娘って最強じゃんよ。
「にゃんにゃん大丈夫かなぁ~?」
「大丈夫大丈夫。あいつは一人でも強く生きていけるさ」
「むぅわっとぇーくどぅすあぁぁいっ!!」
後方から汚らしい叫び声が聞こえてくる。まったくいい気味である。
「鬼っ! 悪魔ぁっ! って、ふみゃゃぁぁぁっ!」
……ん? なんか様子のおかしい叫び声が聞こえたが……。
馬車から顔を出して後方を見ると、馬鹿ネコが魔物に追いかけられて泣き叫んでいた。
「やめっ、私美味しくないですぅ! 食べたら食中毒になりますよっ!? うわわーっ! 聞いてますか!? ねぇ、聞いてますか!? 聞こえないの? だったら直接心に問いかけ……ってごめんなさいそんな力ありませんやめて下さいこないでーっ!!」
追いかけてきているのはウェアウルフの群れ……あれほどの数が一斉に襲い掛かってくる事なんて稀だぞ。しかもここはネアルから近い。こんな数の魔物が居る事自体不自然だ。
あいつそんなに美味そうな匂いでも出てるのかな……?
「ごしゅじぃぃぃん! こいつらが異種族交配しようと私の身体をっ、うわわ、狙ってくるんですぅぅっ!! たぁすけてーっ!!」
……見なかった事にしようかな。
あと誰がご主人だ馬鹿ネコめ。
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