第11話:問題児との出会い。


 あの女は金を盗まれて無一文になった事で食事代を払えなかったのか。

 誰かに陥れられたという境遇は俺に少し似ている。


「まぱまぱ、あの人かわいそうだよ……」

 はぁ……イリスにこんな目で見られちゃ放っておくわけにもいかないか。


「仕方ない。助けてやろう」

「まぱまぱかっこいい♪」

「そーだろそーだろ♪」


 どうやらあの食堂の店主は奴隷商人のところへ直接持ち込んで売り飛ばしたらしい。

 無銭飲食程度でここまでやるかね……。

 とはいえ、このダリル王国では犯罪者に人権はないからな……。

 商人が自前の馬車に女を放り込もうと引き摺っているところだったので、そちらに駆け寄る。


「なぁ、こいつは奴隷か?」

 女を引き摺っていた小太りの商人に声をかけると、どうやらダリル王国の出身じゃないのか、少しカタコトの言葉が返ってきた。


「そうヨ、と言ってもワタシただの商人ネ。これから奴隷を扱う商人に売り飛ばしに行くヨ」


 あぁ、なるほどな。この街には奴隷商人が居なかったのか。普通の商人に売り飛ばして店主は小銭を稼ぎ、それをこいつが奴隷商人に売り飛ばしてアガリを懐に入れる……そういう流れだろう。


「なぁ、そいつ俺が引き取りたいんだけど」

「おっ、お客さんだったカ! でもお高いヨ?」


 ……女は俺の事をまるで救世主か何かのように目をキラキラ、鼻水ダラダラで地面に転がりながら見上げている。きたねぇなぁ。


「ちなみにいくらだい?」

「本当ならここからシャンティアまで売りに行くつもりだったヨ。その分の手間代も上乗せして売りつける予定だったカラ二十万ジャイルってところネ」


「二十万だぁ!? この鼻水タレ子が!?」

「ぎにゃっ!? 私そんな名前じゃないですぅぅ~」


 女がショックを受けたように鼻をずびずび言ってるが無視する。


「こいつなんでそんなに高いんだ? 普通奴隷って高くたって五万しないくらいだろ?」


「この女生娘らしいネ それに整えれば見た目は悪くナイ。しかも神職の女ヨ。 おまけに亜人の血まで入ってるネ。こういうのを汚したい変態は結構いるものヨ」


 ……なるほどなぁ。そう言われてみれば、鼻水ぐっちゃぐちゃで全然分かんねぇけど整えてやれば美人かもしれん。

 神に仕える神官を自由にできる権利というのはそれくらい価値があるものなのか。

 亜人の血が入ってるってのはパッと見た感じじゃ分からんが。


『ミナトもこの子買っていかがわしい事をしたかったのかしら?』

 ちげーよボケ。


「うーん、わりぃ。さすがに二十万も手持ちがねぇや」


「そう、じゃあしょうがないネ」


「嘘でしょ!? 期待持たせておいてそれは無いですあんまりですうにゃぁぁーん!!」

「これ、暴れるんじゃないヨ!」

「ひぃぃっ! 世の中腐ってる! こんな美少女を誰も助けてくれないなんて腐ってるんだみんな死ねぇぇぇーっ! 滅びろぉぉぉっ!」


 おいおい、神官ともあろう者がそんな発言していいのかよ……。


「なぁおっちゃん、例えばコレとかでこいつ売ってもらえないかな? 現金は無いんだが……」


 先程鑑定書を出してもらった財宝の中から小さ目の宝石を取り出し、商人のおっちゃんに見せる。


「うほっ!? これならこの女三人買ってもお釣りがくるヨ! 売るのはいいけどお釣りは出せないヨ!? それでもいいカ!?」


 急激にテンションが上がったおっちゃんが俺から宝石と鑑定書を奪い取る。


「こりゃすごいネ……!」

「なぁ、そんなにいい物だったら適当な所まで馬車に乗せてってもらえないか?」


「おやすい御用ネ! ワタシお金持ってる人のミカタよ!」


 こりゃ好都合だ。金額的には大分損している気がするが、現金が無い状態で馬車を得られたなら良しとしよう。


「あ、ありがどうございまずぅ~ごしゅじんざばぁ~」


 縄を解かれた女がしがみ付いてきて涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を俺の服で拭った。


「うわきたねぇ! 離れろっ! それに俺はご主人様になる気はねぇからどこへなりとも行っちまえ! じゃあな、次は気を付けろよ!」


 こんなめんどくせぇ奴の主人になんかなったら気苦労が増えるだけだ。


「……でも……私、お金ないですぅ」


 あぁ既にめんどくせぇ!


「分かった分かった、これやるから。な? それでいいよな? じゃあさよなら!」


 また小振りの宝石を一つ取り出して女に握らせる。大損もいい所だ畜生。


「やだやだ! こんなのここじゃ換金できないし怖いです! 今度は宝石目当てに襲われて奪われた挙句に身ぐるみ剥がされて犯されますぅ!」


『ふふっ、面白い子じゃない。面倒を見てやったらどうかしら?』

 冗談だろ……?


 しかし手持ちの金を渡しちまったら俺も困るしなぁ……。


「あ、あの! だったら一緒に行っていいですか? これを換金できるところまででいいので! 私役に立ちますよ!? どうしても我慢できない夜にはお礼に抜いてあげますから連れてってーっ!」


 何言い出すんだこのイカレ女ァっ!


「まぱまぱ、ぬくって何をぬくのー?」

「ナニをですよ♪」

「黙れっ!」

「ねーまぱまぱーナニってなにー?」

「な、何だろうねー? よし、今決めた。お前はここに捨てていく」


 ダメだこいつ……! マジでイカレてやがる!


「待って待って嘘、嘘だからごめんなさーい! 私だってそんな経験ないですぅ! とりあえずそう言っておけば男は喜ぶと思って……うにゅぅ……」


 そんなんで喜ぶ奴は……! うん、まぁ……男は喜ぶと思うけどさ。


『くくくっ、あははは!』

 笑うな!


「ねぇ抜くって何を」

「だから、ナニをですよー?」


「……置いて行かれたくなけりゃうちの娘にきったねぇ性教育するんじゃねぇ!」


「え、それじゃあ……!」


 女の顔が一気に明るくなる。鼻水出てるけど。


「仕方ねぇから連れてってやるよ。換金出来る場所までだからな?」


「うにゃーっ♪ ありがとうございます! お礼に気持ちいい事してあげますね!」

「おいていく」

「うそうそうそですごめんなさい!」


 もうヤダこいつ……どんな情緒してんだよ。

 俺の知ってる女性ってのはもっとこうさぁ……。


 ……あぁ、よく考えたら俺も女性の事はよく知らなかったわ。もともと女友達はあまり居なかったし、エリアルはあんな事する奴だったし、こいつは頭イカレてるし、俺の周りにはヤバいのしか寄ってこねぇのかもしれん。


 そして、その時俺の脳内には思い出したくも無いキキララの顔が鮮明に浮かんでしまった。


 そう言えばあいつもヤバい奴だったじゃん。こりゃ本格的に女難の人生かもしれん。


 俺の最後の人生、前途が多難すぎる……。

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