第9話:食い逃げ女現る。


「うわぁーっ! すごぉぉい! まぱまぱ見て見て! 広いよ! 青いよ、緑ばっかーっ!」



 ママドラが言ってた通路を抜けると、一際小高い丘の上に出る事が出来た。

 外からでは入り口が分からないように魔法でカモフラージュされていたらしい。


 丘から辺りを見渡すと、青い空にはふわりと白い雲が浮かび、巨大な鳥が飛び交っている。

 眼下には森が広がっていて、その先にはここから一番近い街、ネアル。


『イリスは外の世界を見るのが久しぶりなのよ……当時はこの辺りはもっと荒廃していたから……』


 ……それはやはりイリスも五歳で成長が止まってしまっただけで、生まれてからは相当の年月が経っている事を意味していた。


「じゃあまずはネアルに行ってみようか。奴等がどこへ行くにしても必ずあの街には立ち寄るはずだからな」


 かなり高度のある場所に出てしまったのでやっとの思いで急な斜面を下り、森へ入る。

 森まで辿り着いたらまずママドラの巣へ続くダンジョンの入り口を目指した。


『なんでわざわざ入り口まで行くの? 一直線に街へ向かえばいいじゃない』


 街からダンジョンまで俺達が通ってきた道を使いたいからだよ。

 俺達がダンジョンへ向かう時、アドルフの奴が無駄な闘いは面倒だからとそれなりに強い魔物避けを振りまいて森を突き抜けて来たのだ。

 つまりその道を逆に辿れば俺は魔物に襲われずにすむ。


『よわっちぃ人間の考えそうな事ねぇ』

 うっせぇ。


 俺は肩にイリスを乗せたまま、ぐるりと崖を回り込んで入り口まで辿り着き、そこからあいつらの痕跡を探した。


 日にちが経っていたがあれから誰もここを訪れていないらしく足跡が残っていたのでどのルートを通ったかはすぐに分かった。


 そして足腰ヘロヘロになりながら二時間近くかけて森を抜けると、ネアルの街が見えてくる。


「すっごーい! 人間の街だぁ♪」


 ……そう言えばママドラもイリスもドラゴンなんだろう? 急に変化が解けてドラゴンの姿になったりしないだろうな?


『我々はこの姿が自然体なのよ。少なくとも六竜はみんなそう。力を解き放てばドラゴンの姿になるという訳。どちらかと言うと竜人族に近いのよ』


 ……なるほど。伝説に伝わる六竜は完全にドラゴンの姿だったから竜人族っていうのは考えてもみなかったな……。


『私は自分の意思で角や羽根を引っ込められるけど、イリスは髪の毛かき分けてよく見れば小さい角があるし背中にもちっちゃい羽根がついてるわよ』


 マジか、それは気になる。今度見せてもらおう。


『……もっともらしい理由を付けて私の娘をすっぱだかに……』


 ……この際だから一つ言っておこうか。

 この先イリスの風呂とかどうする気だ? 一人で入らせるのか? 危なくないのか?


『うっ……』


 そういう訳だから俺の事を信じてもらおう。

 そうじゃないとイリスが危険だ。分かるよな?


『信じたら信じたでイリスの貞操が不安だけれど私が見張っていれば済む話だものね……視姦くらいは、涙を呑んで許可するしかないわね』


 だから俺をロリペド野郎扱いするんじゃねぇよ全然信じてねーじゃねぇか。


『冗談よ。でも本当に何か変な事したらただじゃおかないからね』


 へいへい。わかりましたよー。


 そんな脳内会話をしつつ街の入り口まで到着する。

 街の周囲は背の高さよりもちょっと高いくらいの塀でぐるりと囲まれていて、塀に沿って数か所で入り口があり、その統べてに門番がいる。

 門番と言っても街の自警団だやってるような物なので、ただの見張りと言ったところか。


「お疲れさん」

「ん……確かお前は……」


 門番に声をかけると、もう一人の門番とひそひそ話を始めてしまった。

 おいおいまさかアドルフとエリアルの奴……俺の事を犯罪者って事にして妙な情報ばら撒いてったんじゃねぇだろうな……。


「おい君、ミナト君だろう?」

 門番の一人に声をかけられ心臓が跳ねる。


「君はあのダンジョンの中で崖から落ちて死んでしまったと……」


 あぁ、そういう事か。出ていく時と帰りで人数が違ったのを突っ込まれて俺が事故で死んだって事にしたわけだな。

 自分達が殺しましたなんて言えねぇもんな?


「崖から落ちたのは本当だよ。気を失ってたし助けにこれる距離じゃ無かったからあいつらは俺の事を死んだと思ったんだろうな。おかげで帰ってくるのに大分時間がかかっちまったけどなんとか生きてるよ」


「そうか……あの二人とても悲しんでいたから無事を知れば喜ぶぞ」


 人のよさそうな門番はあの二人にコロっと騙されてしまったんだろう。ご愁傷様である。


「そうだな、それであの二人は?」


「君が亡くなったのを思い出すのが辛いと言って早々にここを出たよ。王都の方へ行くような事を言ってたな」


 おっ、さっそく有力情報が入ったぞ。王都ダリル……このダリル王国の首都みたいなもんで、アホみたいにデカいダリル城がある事で有名だ。

 ダリルのダリルのダリル城。ダリル押しが強すぎる。


 しかし王都まで行くとなると遠いな……王都内で仕掛ける訳にもいかないし途中で追いつけるといいんだが。


 まずはこの街で馬車でも調達しないとな。


 俺は門番にありがとうと告げて、街の中へ入る。

 背後から「あの子供はなんだ……? 行く時には居なかったような……」なんて言葉が聞こえてきたので速足でその場を離れた。


 上手くごまかす言葉が出てこないので逃げるに限る。


「まぱまぱおなかへったー」

「おう、じゃあまずはどこかで食事でもするか」

「やったーっ♪」


 きゃっきゃっ♪ と喜ぶイリスの頭を撫でながら街を歩き、酒場兼食堂になっている店に入る。


「てめぇ金がねぇとはどういう事だゴルァ!」

「まっ、ままま待って下さいっ! これには事情があるんですぅぅ!」


 中へ入るといきなり騒ぎが起きていた。

 水色の少し癖があるが綺麗な髪を腰まで伸ばし、神官のような服を着こんだ少女が店のおやじに腕を捻られている。


 助けに入ろうかとも思ったんだが……。


「俺の店で食い逃げしようなんてふてぇ野郎だ!」

「ふみゃぁっ!? 野郎じゃないですおんなのこーっ!」

「うるせぇメスガキがっ! 金が払えねぇなら売り飛ばしてやらぁ!」

「た、助けてーっ! そこの子連れのお兄さん! このいたいけな美少女を助けてーっ!」



 ……俺はこちらに涙と鼻水だらけの顔を向けてくるその女を……。


 スルーして席に着いた。


「いいかいイリス。悪い事をするとあぁなるからね? イリスだけは綺麗なままでいるんだよ」


「ぎにゃーっ! 変な所触らないで犯されるーっ!!」

「うるせぇ黙れ!」


 騒がしい無銭飲食女がどこかへ連れていかれた事により食堂に平和が訪れた。


「さ、ご飯食べようか」

「わーいっ♪」

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