第19話 青い鳥のグリッサード4

 三人組と分かれた後、アナクレトはまた美嘉を連れてどこかを目指して歩き出した。探し物に付き合えと言っていたから、心当たりがある場所に向かっているのだろうけど、なかなか辿り着かない。


「あの」

「んー? なにー?」

「探し物って」

「さっきも言ったじゃん。君の運命の人だよー」


 探し物のことが気になって聞いてみても、アナクレトはずっとこの調子で、真面目に取り合ってくれない。

 人探しなら特徴を教えて欲しい。美嘉の運命の人なんて言われても、ふざけているようにしか聴こえなかった。

 不服ながらも美嘉はアナクレトに着いていく。

 アナクレトの背中を追いかけている内に、だんだんと美嘉もここがどんな場所か把握してきた。

 いわゆる宮殿というような場所なのだろうと、すれ違う人々の多さや建物の規模、華美な内装のあれこれからなんとなく雰囲気で察した。とはいえ、三割ほど希望的観測が混じってはいるけれど。

 そうやってお屋敷の中から宮殿という場所に移して、美嘉はナディアの代わりにアナクレトをお供に歩く。

 人通りも減ってきて、内装も荘厳さが増し、部外者の美嘉が入っても良い場所なのか不安に思い始めた頃、中庭らしき場所に面した廊下で二人を遮る人物が現れた。


「アナクレト殿、こんなところで何をしておられるのか」

「オーバンじゃん。謹慎中じゃなかったっけ?」


 気安く話しかけるアナクレトに、オーバンと呼ばれた男は嫌悪を隠しもしないで答える。


「ふん、あんなもの金を積めば簡単に出られる。そもそも部下の監督不行き届き程度でそこまでの強制力は持たん」

「そういうもんか」


 適当に相づちするアナクレトに対し、オーバンはもうその話は終わったとばかりに美嘉に視線を向けてきた。

 オーバンの鮮やかな新緑の髪を見つめて、さっきの信号機トリオといい、この人といい、この世界の人達はウィッグいらずだと考えていた美嘉は、急に視線が交わった男から視線をそらす。……人を見下すかのような視線は、居心地が悪かった。

 そんな美嘉を尻目にして、オーバンは鼻で笑う。


「アナクレト殿、こちらの娘は? 見ない顔だが」

「僕の連れ~」

「そんなもの、見れば分かる。どこの人間かと聞いているんだ。魔力のない下等な娘が、何故、魔術師のローブを着ている」

「なんでもいいじゃん、そんなこと~」


 明らかに蔑むオーバンの目から、自分が悪く言われていることが何となく理解できた。

 何の謂われもないのに馬鹿にされたことに少し苛立ちを覚えたけれど、美嘉はぐっと堪えて押し黙る。言い返せるだけの言葉と知識を、美嘉は持ち合わせていなかった。

 隣に専門家がいるがこっちは役に立たない。アナクレトは美嘉が馬鹿にされたことよりも、全然別のことに興味が向いているようだった。


「そうそう、君に会ったら聞きたいことがあったんだよねー」


 アナクレトはそう言うと、空中に向けてくるくると人差し指を動かす。


「君がやった例の術を解析したんだけどさ、なかなかくせ者でさー。僕の理論だとやっぱり君の魔法陣と全然別のものになるんだよね。で、僕も笑っちゃうくらい昔の史料を発掘して一から再構築してみたんだけどさ、やっぱり一個だけ術式欠けるんだよねぇ。ねねね、是非召喚術分野の発展のためにもここは一つお話を聞きたいと思うんだけどいいかな?」

「くだらん。いくら師団長といえども、魔術師が手の内を見せるわけがない」


 饒舌なアナクレトを一言で切り捨てた。

 そのままオーバンは美嘉を一瞥すると、興味を失ったかのように、横をすり抜けて歩いていく。

 悠々と去っていくオーバンの背中を見送りながら、美嘉はぽつりと言葉を漏らした。


「……あれは、誰ですか」

「オーバン・デベルナール。魔術師団の副師団長。加えて言えば、君を召喚したのは彼だよ。失敗してるって思っているみたいだけど」


 面倒くさがることなくきちんと答えてくれたアナクレトに、美嘉は目を瞬く。


「アナクレトさん、私のこと知っているんですか?」

「勿論だよー。重要機密として、ひそかーに陛下から僕に調査指令が降りてきてるからね」

「調査指令……?」

「そ。だからわざわざ君をこんなところに連れてきたんだけどさぁー。君といる時に限ってあの子見かけないんだよねー」


 ぶつぶつ文句を言うアナクレトに、どうやら美嘉に会わせたい人間がいることは理解したけれど、やっぱり何がしたいのかは教えてもらえなかった。

 もう一つ訊ねてみる。


「……あの人は、どうして私を呼んだんですか」


 以前ロイクが言っていた。美嘉の召喚は帰還が想定されたものではなかったと。もし帰還の魔法があっても、異界渡りの術を使える人間は限られており、その限られた人間が美嘉を呼んだのなら、帰すつもりは無かったのだろうと。

 あの時はまだはっきりと見えなかった黒い影が、今、目の前に形をもって現れた。

 美嘉は元の世界に戻ろうなんて思わない。ただ一度の挫折で逃げ出した弱い自分を認めたくないのもあるけれど、なによりあの世界にロイクはいないから。

 あれほど真っ直ぐに自分を好きだと言ってくれる存在を、離れがたく思う。

 自分でこの世界にいたい理由を見つけた。

 だからこそ、知らないといけないことは沢山ある。自分が呼ばれた理由もその一つだろう。

 バレエしかなくて、バレエ以外に能のない美嘉だけど、無知ではない。自分で出来ることだって毎日少しずつ増えているのだから。

 じっとアナクレトを見上げていると、彼は顎を指でさすりながら「興味ないからあんまり気にしてなかったんだけど」と前置きをした。


「オーバンは所謂、第二王子派でね。第二王子・マティアス殿下の産みの母親である正妃のお兄さんなんだよね」


 第二王子は能力的には第一王子と変わりないらしく、だからこそ、生まれが数日遅かっただけで第一王子―――ひいては王太子になれないことに、プライドの高い正妃の一族は目くじらを立てているらしい。王も数日違いの王子たちに大した差がないと理解しているようで、優秀だったり、功績があったりした方に王位を譲ると明言したらしい。

 今の王太子は仮初め。だから正妃の外戚は隙あらば、便宜的な第一王子を引きずり下ろし、第二王子を擁立しようと画策しているらしい。

 美嘉が呼ばれたのもその一貫のようだとアナクレトは言う。

 曰く、「異世界人の後ろ楯なんて民衆受けしやすいからじゃない?」だ、そうだ。

 この国には異世界からの娘を王が娶ったという伝説があるらしい。それになぞらえた『奇跡』を起こせば、民衆は自然と第二王子を支持するのではと考えた。

 美嘉にとって幸か不幸か分からないが、副師団長になれるほどの実力を持ったオーバンがそれを実行した結果、このような状況が生まれたのだという。


「……あの人よりすごいなら、あなたは私を元の世界に帰すことができる?」

「無理だね。君をどこの世界から引っ張ってきたのか僕じゃその道標が分からないし。さっき言ったでしょ、『欠けている』って。送還を補助するための部分が欠けてるんだよ。僕、召喚術は専門外だからそれ以上調べるのは面倒だし。そういえばここ数年くらいオーバンの研究テーマが召喚術だったのはこれのためだったのか……年季が違うよ、年季が」


 実に研究者らしい言葉を述べたところで、アナクレトが遮るものがいなくなって思いだしたかのように歩き出した。美嘉はその後ろを歩いていく。

 でもその歩みはすぐに止まってしまった。


「んー、オーバンと話していたらもうちょっとだけ召喚術を弄りたくなってきたや。人探しも飽きてきたし。ねぇねぇちょっと君さ、適当にふらついててくれる? そのローブ着てれば大丈夫だよ」

「え? え、あの」

「最初の部屋にいるから、帰りたくなったら声かけてー」


 そう言うと、アナクレトは何事か呟いて使い魔を呼び出す。次の瞬間にはアナクレトは小人になって青マーブルのフクロウの背中に乗っていた。


「あの、私はどうすれば」

「言ったじゃん、ふらついててって。身分証がないから宮殿の外には出られないけど、ふらついてる分には問題ないから」


 問題しかない気がする。そもそもアナクレトによって不正に空から宮殿に入ってきたのだから、ここでの美嘉は完全に不審者だ。

 強く言い募ろうと口を開くけど、その間にもアナクレトは使い魔を操って空へと飛んでいってしまった。逃げ足が早いというか、手慣れている様子を見ると、あの塔の高い位置にある部屋へと空から入るのはアナクレトにとって日常茶飯事なのかもしれない。

 思いがけないところで一人にされた美嘉は途方に暮れる。外に出たいと思ってはいたが、こんな場所で取り残されるのは望んでいない。もっと普通に街を見てみたかっただけなのに。

 アナクレトの無責任さに辟易しつつ、美嘉はとりあえず歩を進めた。とにかくなんとか塔まで戻れば、アナクレトは屋敷に帰してくれるはずだ。ナディアにも心配をかけてしまっているし、ロイクにもいらぬ心配はかけたくなかった。

 屋敷にいた時は外出を窘められて、思わぬ反発心が芽生えていた美嘉だけど、アナクレトに振り回されて早くも後悔をしていた。

 美嘉は確かに外へと出掛けたかったけど、それは一人でじゃない。

 ナディアやロイクと一緒に、普通の女の子のように街を歩きたかっただけだった。

 そんなささいな願い事をきちんと言葉にしていれば、今頃こんなにも寂しい思いをしなくて済んだのかもしれない。

 元の世界では感じることの無かった孤独という感情をもて余して、美嘉は見知らぬ景色を一人さ迷った。

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