遠距離恋愛の日
~ 十二月二十一日(月)
遠距離恋愛の日 ~
※
できる大人は、判断に迷わない
しかし、遠距離かぁ >
< そ
先輩が旅立ってから。
もう三日目。
ずっと、その話ばかりやり取りしていたから。
ちょっと飽きてきたのだろうか。
さんざん続けて来たメッセージに。
言葉少なに返事をするのは。
そうだね
が。
そだね
になり。
さらに。
そね
を経てからの。
そ
なにか実験でもしながら携帯いじっているんだろうか。
生返事なうえに手抜き感。
「ん……。げほっ」
「お、まずい」
そろそろ取り換えねえと。
俺は、親父たちのベッドルームに入って。
大きなベッドに一人で潜る。
凜々花の氷枕とおでこシートを交換してやった。
……鬼の霍乱。
凜々花は前兆もなしに、急に電池が切れるタイプ。
年に何回か。
風邪で寝込むことがある。
どこでもらってきたのやら。
潜伏期間から考えれば。
半袖短パン裸足という。
真夏みてえな格好で舞浜家に行った日があやしい。
まあ、あんなかっこで誰かにうつされたも何もないが。
ひょっとしたら。
俺か秋乃か春姫ちゃん。
誰かからうつされてたりして。
急に心配になったから。
春姫ちゃんにメッセージを送ってみると。
<春姫ちゃんは風邪平気?
まったく問題なし >
<そりゃよかった。東京は
どうだ? 寒いか?
いや。久しぶりに帰って>
きて思ったが、東京は寒
いというより乾燥が辛い
<そういうもんか
凜々花はどうだ? >
<ぐったり静かに寝てる。
珍しすぎて信じられない
だろ?
確かに。くれぐれもお大>
事に。立哉さんも。
<ありがとな
まるで大人と会話してるような心地よさ。
できた妹だ。
それに引き換え。
できていない姉の方。
あと五日。
一人で大丈夫なのか?
……舞浜母と春姫ちゃんは。
土曜から二人で東京へ旅行中。
そのままクリスマスに親父さんと過ごして。
二十五日の夜に帰ってくる予定になっているが。
残された秋乃の面倒を。
丸投げされてもな。
メッセージのやり取りで。
なんとか新人一人暮らしニストの最低限はこなせていることを確認済みだが。
それにしても危なっかしくて。
手伝いに行きたいとは思っているんだけど……。
「ん……。あちい……」
風邪をひくたび。
氷枕があっという間にぬるくなるほどの熱を出すこいつを。
「また布団蹴りやがったな?」
放っておくなんて。
できやしねえ。
「ほれ。風邪ひいたときに体があちちになるのは、あちちに弱い風邪物質を退治するためなんだから。あちちをキープだ」
「ん……。あち……。舞浜ちゃんと、凜々花、あちち……」
「親父が良く使うやつな。それ、なんか恥ずかしいから外で言うなよ?」
そんな、なんか恥ずかしい言葉を平気で言うろくでなしも。
何の偶然か、春姫ちゃんたちと同じ新幹線で東京に行っている。
年末年始はがっつり休む主義というお袋の。
東京住まいの年末大掃除要員として。
二泊の予定で出かけちまった。
「……そういや、よく親父がいないタイミングで体壊すよな」
人類史上、第二位。
クレオパトラに次ぐ可愛さを放つ鼻先をつつきながら。
お袋たちが戻ってくる明後日まで。
食材をどう消費したものかと首をひねる。
いつもの凜々花の食欲に合わせて買っておいたから。
軒並み痛ませてしまいそうだ。
「あ、そうか。だったら分けてやろう」
こういう時に便利だな、ご近所さん。
おとといから、出来合いの弁当ばっかり食ってるから嬉しかろう。
まったく。
ちょっとは料理ぐらいできるようになってほしい……。
「あ」
……食材あげたって。
あいつに調理できるわけねえじゃん。
「ってことは。まさか」
休みに入っても。
あいつの弁当を作ることになるとは。
俺は、悲しい境遇を嘆きながらも秋乃にメッセージを入れて。
早速料理に取り掛かることにした。
~´∀`~´∀`~´∀`~
「…………おいおい」
どうしたものか。
いや。
どうしよう。
いや。
どうしたら?
いや…………。
メシを作ってやるから取りに来いと。
連絡してからもう二時間。
未読のメッセージは十数個。
何度目かのリダイヤル。
秋乃は、実験に集中すると他のことに耳目が行かないタイプ。
それは分かっているんだが。
「ごほっ……。ごほっ……」
これはさすがに。
おかしいと思う。
「ごほっ……」
でも。
風邪をひいた凜々花のそばを離れるなんて。
そんなことできるわけねえし。
「ごほっ……」
これは、また。
とんでもない二択が現れた。
……ばあちゃんは。
虻が転げるまで待ってればいいって教えてくれたけど。
このままでいて。
もしも何かあったら……。
「ええい、くそう!」
急いで上着を羽織って外に出て。
近いけど自転車で向かった舞浜家。
インターホン押したけど反応なし。
昼間だから部屋の明かりはついてない。
「ここでも二択か!」
でも、ここまで来て帰るなんて選択はねえ。
どうせ実験中に違いねえが。
だったらチョップしてすぐに引き返せばそれでいい。
玄関を開けて階段を上がって。
秋乃の部屋へ、ノック代わりに荒く歩いて近付いて。
ドアをあけると……。
「こ、こんなかっこで、ごめんね……」
――毛布ごとベッドから落ちた秋乃が。
無理に立ち上がろうとして震えながら。
明らかに仮面と分かる微笑を。
弱々しく俺に向けていた。
「おま……、大丈夫か!?」
「だ、い、じょうぶ……、ね?」
大丈夫なわけあるか。
突っ込みかけた言葉をぐっとこらえながらおでこに手を当てる。
「うわ」
凜々花より随分と熱い。
こんな熱出してるやつに。
これ以上しゃべらせるわけにいかない。
「か、風邪薬……。場所、分からない……」
「いいから喋るな」
秋乃を支えてベッドに寝かせて。
急いで善後策を考える。
……二つの家に。
それぞれ病人がいて。
看病できるのは。
俺一人。
つまり俺は。
レールをどちらかに切り替える必要があるわけで。
秋乃と凜々花。
どちらを選ぶかと問われれば…………。
「選べるわけあるかっ!!!」
「んく……」
「ちょっとだけ我慢しろ!」
毛布じゃ無理だから。
タオルケットですまきにした秋乃を。
「どおりゃあ!」
根性でなんとかお姫様抱っこして。
抱えたままで家から外に出る。
「寒くねえか!?」
「ん……」
寒いに決まってる。
それに、どうあっても歩くのに合わせて揺れちまう。
腕もはち切れそう。
噛み締めた奥歯が砕けそうなほどの軋みを上げる。
あとちょっとで辿り着く。
もう、家はすぐそこだ。
でも……。
もう限界だ!
「何やってんだバカ兄貴! ちょっと貸せ!」
病人を、冷たい地面に下ろすことになるほんの一瞬前。
俺の代わりに秋乃を抱え上げてくれた人。
「カ、カンナさん……」
「重病なのか!? 救急車は!」
「いや、ただの風邪とは思うけど、俺一人で凜々花と二人看病できねえから……」
「それで抱えて来たのか! ったく、そういうことなら声かけろよ!」
ここまで運んじまったんだ。
自宅へ帰すより。
保坂家の方が断然近い。
カンナさんと二人で秋乃を家に入れて。
急いでリビングに敷いた布団に横にすると。
「床暖すぐ入れろ! あと加湿器!」
「か、加湿器はねえ」
「じゃあ洗面器に水張って持って来い! 鍋でお湯湧かせ! バカ凜々花も寝込んでんだっけ? 氷嚢あるか?」
「ある。すぐもって来る」
カンナさんが、てきぱきと動きながら出す指示に従って。
あっという間に看病の体制が整うと。
「……ああ、もしもし? こっちは戻れそうにねえから、今すぐ店閉めろ」
「ええっ!? こんな書き入れ時にいいのか!?」
「ばかやろう、どっちが大切かなんて考えるまでもねえだろ。…………ぎゃあぎゃあうるせえぞあほんだら! いいからすぐ閉めて、あたしの部屋から加湿器持って来い! ……向かいだ向かい! バカ兄妹の家!」
どちらかを取らなければいけない線路の切り替え。
今までの、俺の悩みと比べる事なんかできない。
店を一日閉めるなんて大事のはずなのに。
「お、お前……。即決……」
「ボーっとしてんじゃねえよ、洗面器はどうした! あとタオル! 着替え!」
「三つめは無理だって!」
「グダグダ言ってんじゃねえ!」
頼れるけど強引な司令官。
まるでお袋みてえなカンナさんの言葉に反射的に背筋が伸びる。
俺は凜々花の服を出してから、急いで秋乃の家に入ると。
ベッドのそば。
三階建ての藤のかごにパジャマが折りたたまれているのを発見したんだが。
……その上に。
「へ、平常心!」
慌てるな、ただの布だ!
だが、ツッコミは入れさせろ!
「おまえ! このこれはなんでこんなにこうなんだ!?」
何事だよ!
お袋のより大盛り!
見慣れているはずの。
見たこともない布っ切れ。
……秋乃の。
大事なあれをあれした経験をお持ちのあれ。
「ただの布ただの布ただの布ただの布ただの布ただの布……」
そんな、ただの布に指が触れた瞬間。
がたっ!
「みてねえから! 目ぇつぶってたから!」
俺は。
風で音を鳴らした窓に大声で言い訳しながら。
ただの布を鞄に押し込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます