電話創業の日


 ~ 十二月十六日(水) 電話創業の日 ~

 ※改造人間かいぞうにんげん

  親父が小学生の頃。

  将来なりたい職業だったらしい。




 黒崎くろさき萌歌もかこと西野良子にしのよしこは改造人間である。


「お客様。今、失礼なことを考えてはおりませんでしたか?」

「いや? 少なくともあんたの所業ほど失礼とは思えねえ」

「なるほど。莫大な借金を体で払うというお約束を未だに履行して下さらないお客様へさらに妹の情報を横流しするような私は、さぞ失礼な女なのでしょうね」

「ぐう」

「まだ、ぐうの音くらいは出ますか、お客様」


 先日。

 気落ちした王子くんの様子を探るために萌歌さんに頼った対価。


 地元駅前、小さなデパートの屋上で開かれるご当地ヒーローショーに。

 怪人の手下役として参加することになったわけなんだが。


 まさか。


「学校サボって真っ昼間とか……」


 こんな悪魔に魂を売るなんて。

 俺もどうかしている。


 かつての自分では考えられない事をするようになったきっかけ。


 それは間違いなく。


「い、嫌なら私が……」

「俺がやるから。お前は学校行けっての」


 この、他人のためなら一肌脱いで。

 脱いだ代わりにぴちぴちスーツを着ようとする女。


 舞浜まいはま秋乃あきのの影響だろう。


「じゃあお客様、後はよろしく」

「二度と顔見せんな」

「借金の方もよろしく」

「……二度とご尊顔を小生などに拝見させていただく温情賜る機会など訪れませぬよう」


 萌歌さんは、ひらひらと手を振って。

 タコの怪人と熱烈にハグしてから。

 控室を出て行ったんだが。


 知り合いか?


 そんなタコが。

 随分可愛らしい声を上げて接近してきたんだが……。


「やあやあ! 君も萌歌に借金してるし? 貧乏なかーま!」

「なんだそりゃ? あんたも借金を?」

「ノンノン! あんたじゃなくって、れんお姉さんって呼んでちょ!」

「いいですよ。貧乏なれんさん」

「呼んでないし! まあいいや、お近づきのしるしに……」

「しるしに?」

「なんかたべさせて?」

「…………自分の足でも食ってろ」


 変なやつの周りには。

 変な奴が集まるの法則。


 俺は、秋乃にメシをたかろうとし始めたタコ怪人を成敗してから。

 スーツの上にコートを羽織って。

 ステージの様子を見るために外へ出た。



「……おお。結構いるな」

「ほんと……、ね?」


 所詮、田舎町。

 母子セットで二十組程度なんだが。


 それでも、良く集まったもんだ。


 中には子連れじゃないお客さんもいるようだし。

 一人で来てる女性まで…………、ん?


「あれ、今野先輩じゃないか?」

「え? ……ほんとだ」


 人の視線は、何かしらのパワーを持っていると聞くが。

 OL女は、声もかけてねえのに俺たちに気が付いて。


「おお! サボり仲間発見!」


 喜び勇んでかけてきたんだが。


 サボるにしたって。

 ここ選ぶ?


「なんでこんなとこに?」

「思い出の場所巡り中」

「は?」

「ううん? ここでショーやるって知ったから。芝居の参考になるかと思って」


 なんか変なこと言いかけてたけど。


 それより。

 芝居?


「え? ……部活にも来てねえって聞いたけど」

「なに言ってんのよ! 諦めてないから、ね」


 OL女が。

 元気に話してくれるから。


 今まで抱えてた。

 胸のつかえが一つ取れた。


「そうなんだ。……応援してます」

「ありがとう!」

「でも、このショーで参考にはならねえと思う」

「そうなの?」

「少なくとも、怪人の手下は素人だ」


 そう言いながら。

 コートをちらっと広げると。


「ちょっとびっくりさせないでよ! 特殊なご趣味なのかと思っ……」

「そうじゃねえよ!?」

「あはは! バイト?」

「……みてえなもん」

「じゃあ、ヒーロー役と怪人さんでも見てることにするわよ!」

「怪人も見ないでいい」

「素人さんなの?」


 いや。

 アレは、何ていうか……。


「改造人間だから」


 俺は、先輩を怪訝顔にさせたまま。

 ステージ裏に向かっていった。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



 ステージは。

 定番通り。


 ヒーローが出てきて。

 子供たちがはしゃいでいるところに。


 俺達悪者が登場。


 そして、最近ではトラウマになるからとか敬遠されがちな。

 会場のお子様をステージに上げてしまうというシナリオになっているんだが。


「急だな! 俺が!?」

「いいから行くし! 一番かわいい子連れてきてちょ!」

「でも、泣き叫んだりしない?」

「しないしない! あのね? 愛情ってのはちゃんと伝わるもんだから! 子供の方が危険センサーは鋭いんだよ?」


 さっきの反撃か。

 タコに蹴り飛ばされながらステージから下りたものの。


 どうしよう?


 ……通路沿い。

 連れていきやすそうな女の子。


「はい! はい!」


 ふざけんな。


「は、はい……!」


 お前もな。


 じゃあ……。


「このこ?」


 なんとなく、タコ姉さんにお伺いを立てると。

 触手で大きな丸のサイン。


 でも、お袋さんはどう思うんだろう。

 恐る恐る様子をうかがうと。


 ……嬉しそうにカメラで撮影し始めてるよ。


 でもでも。

 弟が半べそかいてるし。

 この女の子だってびくびくしちゃってるし。


 悪者の俺が言うのもどうかと思うけど。



「すげえ可哀そう!」



 思わず上げた声に、会場は大爆笑。

 すると思わぬところからの助け舟。


「……秋乃?」

「わ、私が代わりにステージに連れて行く……、ね?」


 そう言いながら、女の子の手を引いて。

 俺の前を悠々歩いてやがるが。


「その子ダシにして自分がステージに上りたかっただけだろお前」

「なな、なんの話……、かな?」


 こいつめ。

 でも、まあ。

 助かった。


 こんなぐだぐだな展開も。

 ローカルヒーローショーならでは。

 会場からは温かな拍手。


 しかも。


「わっはっは! よくやった! ほんと、可愛い子だし! お名前は?」

「……みくちゃん」

「「「ぐはあっ!!!」」」


 悪の組織一同。

 揃ってもんどりうつ可愛らしさ。


 ヒーローの攻撃よりはるかに効いたぜ。


「さあ、こっちには人質がいるし! 大人しく武器を捨てるのだ、改造人間セイギマン!」

「くそう! なんて卑怯な真似を! だがその子のためだ、このゲキメツ・ブレードは渡そ…………、ん? な、何かな? お嬢さん」


 いやいや!

 これ以上ひっかきまわすなお前!


 何のつもりか、セイギマンからゲキメツ・ブレードを受け取って。

 タコ姉さんに向けて構える大きなおともだちが言うには。


「あ、あの……。みくちゃん、お家の方に連絡しておかないと、お母様が心配すると思うの……」

「え? あんた、なに言って……、いたっ!」

「えい。えい」

「そ、そうね。確かに心配するわよね」

「こら。剣先でつつかれて要求呑むなタコ女」

「そう言われても、これ、結構痛いし」

「じゃ、じゃあ、電話を……」


 そして秋乃のヤツ。

 紙コップをみくちゃんに手渡して。


 糸電話の逆の側をお母さんへ渡しに行っちゃったけど。


 ……おまえ。


 剣持っていったらシナリオ滅茶苦茶になるっての!


 セイギマンが、どうしたものかと。

 やたらスタッフさんの方向いてるけど。


 カンペ持ったおっさんも混乱してるし。

 自分でどうにかしろ、セイギマン。


「じゃ、じゃあ、お話できる……、よ?」


 この超展開に対応できたのは司会者のお兄さんだけで。


 みくちゃんの口元にマイクを近づけてみれば……。



『あのね? ママ? みくちゃん、わるものにつかまっちゃったの。でも、ママもしょうくんも、わるものにつかまるとかわいそうだから、みくちゃんがつかまるね?』



「「「ぐはあっ!!!」」」



 みくちゃんによる攻撃。

 悪の組織を半壊させるダメージ!


 膝を突く一同を前に。

 オロオロするばかりのセイギマン。



『それでね? ママ? みくちゃん、かいぞうにんげんになったらね? わるいこだから、せいぎまんにこらしめてくださいっていうでしょ? でも、ママがきらいになるのはいやなの』



 どかーーーーーん!!!



 ある意味プロだな。

 このタイミングで。

 演出用の爆発。


 良心の呵責という火薬に心を吹き飛ばされて。

 もはやもんどりうってもだえ苦しむことしかできなくなった悪の組織。


 そのお頭。

 怪人タコ女に。


「えい」


 ゲキメツ・ブレードを刺して退治した女子高生に。

 会場は大爆笑と拍手の嵐。


 取っ散らかった舞台を走る司会者が。

 強引にセイギマンを秋乃の前に引っ張って来て握手させての大団円に。


 子供たちだけは。

 曖昧な拍手を送ったのだった。



「……お前。ぜってえ叱られる」


 俺は呆れかえりつつも。

 ニューヒーローに声をかけると。


 こいつは。

 みくちゃんの頭を撫でながら。


「遠くにいても……、家族……、よ、ね?」

「ん?」

「私……。クリスマス、こっちにいることにする」

「………………そうか」


 寂しそうな顔に。

 笑顔の仮面を被ったまま。


 小さな子から貰った答えを。


 まるで、自分に言い聞かせるように。

 もう一度。


 繰り返して呟いた。




 …………その後。

 俺一人。


 埋め合わせとして。

 着ぐるみを着て。


 一日中立ったまま風船を配り続けたことは言うまでもないよな。

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