年賀郵便特別扱い開始日


 ~ 十二月十五日(火)

  年賀郵便特別扱い開始日 ~

 ※一箭双雕いっせんそうちょう

  一本の矢で二羽の鷲を得る。

  一石二鳥ならともかく。矢で?




 夏と冬。

 保坂家に届く笑顔の欠片。


 その、冬バージョンの方が。


「……届いたか。今年も」


 期待を裏切ることなく。

 今、俺の手に舞い降りた。



 ――毎年欠かさず。

 十二月の中旬に届く。



 ばあちゃんからの。




 年賀状。




 今度会ったら。

 もういっぺん、ちゃんと説明する。


 暑中見舞いは専用葉書の発売日に送るもんじゃなくて。

 年賀状は、取り扱い開始日に送るもんじゃねえってことを。



 芋判の上に。

 ぱっと見ではまるで読めない墨の文字。


 それを、自分ですいた和紙に乗せた心づくし。


 時期が違うんだよという文句はあれど。

 感謝の念は絶えない。


 そして俺以上に。

 こいつはいつも。


 年間、一、二を争うほど。

 激しく踊り出す。


「やっべー! 凜々花の、なんかオマケですげーのついてきた!」

「おまけ?」

「ハルキーに見せてくる!」


 元気だなあ。


 でも、雪がちらついてるから。

 半袖で行くのはやめなさい。


「寒いからなんか着てけ」

「へーきへーき! ビームへーきどーんの真田太へーき!」

「あれはSFだったのか。ビーム撃てんのかよ真田」

「六連装!!」

「三途の川、蒸発しちまうわ」

「んじゃ、れっつら出陣!」

「だから鎧着てけよ幸村っ! ……行っちまいやがった」



 夕方。

 家に帰って靴を脱ぐ俺とすれ違いに外に出て。


 ポストから大喜びで。

 踊りながら手紙を回収してきた凜々花。


 俺に届いた方を押し付けて。

 自分の分を嬉しそうに抱えて。


 この寒空の中。

 裸足にぶかぶかのサンダルつっかけて。

 半袖姿で出て行っちまった。


「……ほんとお前、ばあちゃんの手紙好きな」


 そう言いながら。

 ちょっと自嘲。


 俺だって。

 こんなにウキウキしてる。


 さてさて。

 半年に一度のお楽しみ。


 ばあちゃんからの。

 意味不明なありがたいお話し。


 今回はどんな格言が飛び出すやら。

 達筆なのか乱筆なのか分からん文字と戦ってみましょうか。


 ええと、なになに…………。



『虻蜂取らずいうん』


 うん。

 いきなりだな。


『ふたっつを欲張ると、たいげえいいことないのんじゃ』


 ……なんてこった。

 ばあちゃん、エスパーか?


 ここの所、悩まされ続けてきたトロッコ問題。

 二択案件に振り回されてたからな。


 何かの参考になるかもしれねえ。

 ここは膝を正して聞いてやろうじゃねえか。


 二択で悩んだ時はどうすりゃいいんだ?


『どっちも欲しいときゃどうするん。

 でも欲しい言うても虻と蜂じゃの。

 欲しいわけあるかそんなもん。

 おれはいらんからどうだってええ』


 …………おいこら。

 じゃあ、なんで問題提起した。


 しかも。

 そもそも『取る』って。

 退治するって意味だからな?


『試しに、夏にの。虻ばっか二匹、虫取り網持って追うてみたんじゃが、どっちにも食われた』


 なにやってんだよばあちゃん。


『こいが、いけめん言うんじゃら、とんだひと夏の火遊びなのん』


 やかましい。


『じゃから、煮物皿に止まりよろうが、おつけの椀に掴まろうが、気に病むだけばかばかしい』


 ふむ。


『どうせ、冬になったら畳にひっくりけえっとるんじゃ。そいからひらえばええ』


 ……おお。

 最後に意外なアンチテーゼ。

 即断即決否定論。


 さすがばあちゃんの手紙。

 俺の心に。

 必ず一石を投じてくれる。


 ……そして。


『でもやっぱ、おれはいらん。りりちゃんにあげよるん。てがみにくっつけといた』


「オマケってそういうことか!!!」


 そしていつものように。

 どうしようもないオチ。


 俺は年賀状を下駄箱の上に放って。

 大慌てで雪の中に飛び出した。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「…………間に合わなかったか」


 緊急事態につき。

 インターホンも鳴らさず。

 慌てて家の中に駆け込んでみれば。


「や、やめろ凜々花! おもてに捨ててこい!」

「でもこれ、図鑑より細かくわかるからかなりいいよ?」

「いいわけあるか!」

「こんなにいいのに……」

「た、確かに……」

「お姉様まで何を言いだします!」


 ばあちゃんが。

 畳の上でひらったと書いていたアブ。


 それがテープでとめられた年賀状。


 一見さんには、なにからなにまで分からん品を押し付けられて。

 珍しく大声を上げて逃げ惑う春姫ちゃん。


 古い作りの家だからだろうか。

 存外冷える客間を厚着で走る彼女に対して。


 半袖ミニスカ裸足という最軽量の凜々花が追いつくことは簡単で。


「こら! 顔に寄せるな!」


 善意百パーセントによる。

 嫌がらせが続く。


 さすがに。

 止めない訳にいかねえよな。


「……凜々花」

「ん? あれ? おにいも来たの?」

「いつも言ってるだろ。デブにデブって言っちゃダメだって」

「はっ! 凜々花はかっこいいって思っても、御当人は膝から崩れ落ちるアレ?」


 俺の言葉に、ようやく事態を飲み込んだ凜々花は。

 ごめんねと言いながら、虻が張り付いた手紙をシャツの中に隠す。


 するとようやく落ち着いた凜々花ちゃんが。

 ちょっと咳き込んだもんだから。


 慌ててクスリの準備をし始めたのは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 ……お前まで興味示すからそんなんなったんだ。

 反省しろ。


「……いや、ごほっ……、大丈夫」

「悪かったな、春姫ちゃん」

「ごめんね、ハルキー」

「……ふむ。三人共、それぞれ反省するように」


 そう言われて。

 大人しく冷たい床に正座して。


 並んでしゅんとする俺たち三人……?


 いやちょっと待とうか。


「裁判長。一点、確認があります」

「……発言を許そう」

「俺の罪状は?」

「……そこでフローリングにのの字を書く被告人二名の監督責任」

「まじかあ」

「……よって、恐らくこの後言い出すであろう二人の面倒な話は立哉さんが対応すること」

「なんの話だ?」


 意味が分からんまま。

 いつの間にやら手にしたトンカチで裁判長が指し示すこいつらに目を向けると。


「そうだ! 凜々花、お返事にすんごいオマケ付けてやんなきゃ!」

「わ、私、年賀状書いたこと無いから書いてみたい……」

「うわ面倒っ!!!」


 二人して。

 裁判長の沙汰に従って。


「こら自分で何とかしろそんなの」

「でも、いいアイデア浮かばねえ」

「でも、書き方が分からない……」


 俺の方を向きながら。

 同時に首を傾げて。


 お願いね、のポーズされても。


「…………じゃあ、秋乃はうちのばあちゃん宛に年賀状書いてみろ」

「え? ……うん」

「そして凜々花はそれをおまけに付けてやれ」

「おお! おにい、それナイスアイデア!」

「……立哉さん。面倒だからってそれは」

「春姫ちゃんはまた咳が出るといけないから! ちょーっとそっちで休んどこうか!」


 一箭双雕いっせんそうちょう

 二つの面倒を一本の矢で片付けた俺のアイデアを邪魔されちゃかなわねえ。


 俺が強引に春姫ちゃんをソファーに押し付けてると。


「ひゃあ! 凜々花の舞浜ちゃん、字がプリンター!」

「え? プ、プリン体?」


 既に二人して。

 年賀状を書き始めていたようなんだが……。


「うはははははははははははは!!! 年賀状の意味!」


 凜々花が目を丸くして見つめる、秋乃の見事な文字。

 便箋に縦書きで書かれていたその内容は。



 『よいお年をお迎えください』



「あ、合ってる……」

「お前には、年賀状の定義から教えにゃならんのか? 凜々花、お前の見せてやれ」

「ほいな」


 そして、凜々花の年賀状をよく確認した秋乃は。


「こ、今年? あと二週間の目標を立てる……、の?」

「いいから黙って定型部分を真似しろ。後で説明すっから」


 首を散々ひねりながら。

 それなり賀状っぽいものを書き終えると。


 何を思ったか、台所へ向かって。

 しばらく俺たちに待ちぼうけを食らわせる。


 一体どうしたのやら。

 心配になってキッチンを覗き込んだ俺たち。


 その耳に聞こえたつぶやきのせいで。


「や、やっと捕まえた……」


 春姫ちゃんが。

 聞いたことのないような悲鳴を上げることになった。



 …………そこは真似しないでいい。

 

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