サイバーマンデー


 ~ 十二月十四日(月) サイバーマンデー ~

 ※青山一髪せいざんいっぱつ

  すんげえ遠くに見える山




「びえっくしょ! びえーっくしょ!」

「風邪?」

「すっげえ寒いのよん!」

「む、無理しないで休めばよかったのに……」


 半ば自業自得なきけ子の心配をする。

 友達思いなこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 そんな彼女は。

 社交辞令というものもわきまえている。


「あくまでも風邪ひいた原因には触れない気なんだな?」

「だって……」


 もわっと膨らんだローツイン。

 きけ子のトレードマークが。


 先日の爆発事故の結果。


 ばっさり。

 どこにもない。


「しっかし、思い切ったことしたな……」

「茶色くなったとこ全部切ったらこうなったのよ。めっちゃ寒い!」

「でも、坊主よりましだろ」

「それも面白そうだからちょっと考えたんだけど、チアのレギュラー外されちゃうと思って断念!」


 いやいや。

 今の髪も十分アウトだろ。


「美容院でなんて言ったんだ?」

「面白くしてくださいって」


 まあ、面白いことは面白い。


 きけ子のヤツ、驚くほどぱっつんに切りそろえて。


 挙句に。

 水色に染めてきやがった。


「未来人か」

「テーマはサイバーなんだって!」

「それにしたって」

「青髪ぱっつんって四字熟語なかったっけ?」

青山一髪せいざんいっぱつだ! ぱっつんってどう書く気だよ!」

「ああ、それそれ! …………さみいって意味?」

「ちげえ」


 始業前。

 それなり騒がしい教室内で。


 ひときわ人目を惹くこの容貌と。

 でかいくしゃみ。


「びえっくしょ!」

「やめねえか。秋乃にうつる」

「へ、平気……、だよ?」


 まあ、お前が風邪ひくなんて。

 ちょっと想像つかねえが。


 それでも用心に越したことねえだろ。

 ……めっちゃツバ浴びてるし。


「こら夏木。くしゃみするなら方向考えろっての」

「うん、そだね。しっかし、ほんとさむ……。あたしさ、お父さんのこと、はげはげ言いながらぺちぺち頭叩くことよくあんだけどさ」

「こら」

「こんな寒いのに我慢して過ごしてるんだって思ったら可哀そうになっちゃった」

「そこか」


 もっと違うとこ反省しろ。

 そう思わないでもねえが。


 でも、俺も親父には言いたいこと平気で言うからな。

 人の振り見て我が振り直せってか?


「おはよ~。……うわ。すげえのがいる」

「……写真より実物の方がヤバいな」

「おはー。……ふぇ……、びえっくしょ!」

「きたね~な~!」

「ほら。タオル貸してやるから、顔うずめてくしゃみしろ」

「うん。……ぶふぉふ! ……ぶふぉーっふ!」


 パラガスと甲斐が来て。

 きけ子の髪を褒めたりけなしたり。


 一通りいじると。

 そのままバスケの話で盛り上がり始めたけど。


 ……この髪見て。

 そんなにあっさり対応でいいのか?


「お前、よくその髪にOK出したな」

「前からやってみたかったんだよねー。優太がいいって言ってるし構わんでしょ」

「ああ。似合ってる」

「でも、早く元の毛量欲しいよ……、ぶふぉふ!」


 基本、堅っ苦しいくせに。

 彼女のこととなるとなんでもやっちまう甲斐らしい。


 この暴挙を許可するとか。

 人間出来てるなあ、おまえ。


 きけ子の椅子を借りてフォーメーションの話にのめり込む甲斐の姿を何となくみんなで眺めていたら。


 くしゃみタオルを顔に押し当てたまま。

 水色頭が近付いてきた。


「なんだよ。風邪うつるから近寄んな」

「あのさ。大変なことに気がついちったんだけど」

「…………なに」

「究極の二択なのよん。……優太の左鍾乳洞の方からね?」

「は?」

「一本、毛が出てる」


 ……よく気が付いたなそんなの。

 言われても分からんレベルだが。


「風穴の方が合ってる」

「そういうこたどうでもいいのよ」

「で? 幻滅?」

「別に? ……ただ、あれを教えてあげるべきか……」


 気付けば一緒に顔を寄せてた秋乃が。

 きけ子の後を引き継ぐ。


「あ、あるいは、引っ張るべきか……」

「うはははははははははははは!!!」

「そう。そこが問題よね……」

「合ってるの!?」


 妙なとこで同じ思考なのな、お前ら。

 そりゃ仲良くなるわけだ。


 だが。


「引くな引くな! 切れば済む!」

「いや、せっかくの機会だし」

「た、試したい……、よね?」


 俺たちの会話も聞こえていねえのか。

 夢中で話す甲斐を見つめながら。


 おかしな二人が。

 おかしなことを言い出す。


「あれ、引っ張ると……」

「耳から、クラッカーみたいにすぱーんって……」

「なるわけあるかっ!!! 人体はそこまで面白おかしくできてねえ!」

「いやでもさ。科学の力で改造されてたりとか」

「今日は、サイバーマンデーだから……、ね?」

「サイバーマンデーってのはそういう意味じゃねえっての!」


 なんだろう。

 この二人の会話聞いてると。


 常識に縛られて生きてる俺が間違ってる気になって来る。


 鼻毛を引っ張ったら。

 耳からすぱーんって?


 何をどうしたらそんな発想が出てくるのやら。

 バカらしいったらありゃしねえ…………?


「あ」

「ん?」

「どしたん?」

「な、なんでもねえ」


 またもや思う。

 人の振り見て我が振り直せ。


 なんとなく気になって。

 手の甲でさすってみたら。


 ……今。

 ちくって。


 さて、これをどう誤魔化そう。

 そんなことを考えた俺だが。


「はい」


 こいつは。

 デリカシーとかねえわけ?


「ん? 眉用のハサミ? ……まさか、保坂ちゃんも!?」

「手ぇ伸ばすなすぱーんしねえから引っ張ろうとすんな! あと、秋乃!」

「なに?」

「メイク道具とか平気な顔して渡されても。いいのか?」

「あ、洗えば平気……」


 躊躇する俺の手に。

 小さなハサミを押し付けて来るけど。


 また即答かよ。

 なんだか劣等感すら感じるぜ。


「どうしてそう、すぱっと選択できる」

「だ、だって、万が一すぱーんってなったら大変……」

「なるかっ!」

「ほ、ほんとに気しないから、使って……、ね?」

「……お前は二択に悩むことないんだな」


 ここまで言われちゃしょうがねえ。


 俺は、妙な負けた心地をそのまま声色に乗せて。

 ちょっと不貞腐れながら携帯を自撮りモードにして窓の方を向くと。


 秋乃は。

 どこか寂しそうに。


 ぽつりとつぶやいた。


「悩むこと……、ある、よ?」

「ああ、そうだったな。……クリスマスの件は、ゆっくり選べよ」

「そ、それもだけど」

「他にもあるのか? 躊躇するような事」

「あるよ……。たつ、保坂くん」



 …………うん。


 そうだったな。


 こいつが決断できない二択。

 けっこう身近にありやがった。



 妙な劣等感も消えて。

 なんとなく、肩の力が抜ける。


 呼び方については。

 俺の方が。

 すぱっと決断できたんだよな。



「…………まだ、切れない、の?」

「う、うるせえなあ……」


 でも。


 それ以外は全敗か?


 鏡に映ってると。

 二択だってのに。


 前後と。

 左右。


 どっちに動かしたらいいのか分からなくなるんだよ、俺。


「お? よし、このまま手を上に……」

「びえーーーっくしょ!!!」

「どわっ!? 押すんじゃねえよ! やり直しじゃねえかこの野郎!」


 あとさ!

 ほんとうつるからやめてくれ!



 ……結局。

 一時間目の授業の間。


 俺はずーっと、きけ子のくしゃみと。

 自分の鼻を気にすることになった。



「びえーーーっくしょ!!!」

「…………保坂、立っとれ」

「俺じゃねえからな!?」

「じゃあ、なんで鼻をぐしぐしやっとる」

「……立ってるから訳は聞かないでくれ」


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