山岳デー
~ 十二月十一日(金) 山岳デー ~
※
冬の友。松、竹、梅。
「おまえ、余裕あるのな」
「一人で来る余裕なんてないから、たつ、保坂君に付き合ってもらったのに?」
「そうじゃなくて」
赤点二つも取っておいて。
ワンダーフォーゲル部の。
トレーニングに参加って。
余裕しゃくしゃくなこいつは。
そんな余裕が。
くしゃくしゃになっても知らんぞ?
「ど、土日は頑張るから……」
「しょうがねえヤツだな」
「保坂君が教えてくれるのを、頑張って覚えるから」
「……ほんと、しょうがねえヤツだな」
土日は見事に予定を詰め込まれたわけだし。
俺も、せいぜい楽しもう。
とは言っても。
冬の山道なんて、殺風景そのもの。
近場の山道だから。
景色も期待できるもんじゃない。
あと。
部の皆さんから、前にもそう聞いてたけど。
パラガスみてえなことを言うようだけど。
「グランピングじゃないと、ほんとに女子来ねえのな」
「私は?」
ああ、そうだよな。
それは失礼いたしました。
じゃあ、せいぜいお前の後姿でも眺めて。
楽しむことにしましょうか。
……ハイキングみたいなものだと言われて。
気楽に参加したご近所登山。
それがなかなかどうして。
雪がうっすら積もっている。
それなり急な山道は歯ごたえ十分。
しかも、皆さん揃って十五キロもの装備を背負って歩くと聞いて。
俺も秋乃も。
同じ装備で参加したいと言って皆さんをしかめ面にさせたんだが。
でも俺たち。
単純な、走るとか歩くとか。
めちゃくちゃ得意なんだよね。
「だいじょうぶか?」
「ちゃんと楽しめてる……、よ? 殺風景な山肌も、これはこれで胸に刺さる……」
そんなこと聞いちゃいねえよ。
やっぱり秋乃は。
体力的なことを心配してると捉えてくれないほどに。
ピクニック気分で山登りを楽しんでいた。
……それに対して。
「つ、つれえ……」
「俺も……」
「ほら、頑張れ頑張れ! 前を歩くヤツのペースにできるだけついていけ! どうしても無理だと思ったところからは、周りを気にせず自分のペース。メリハリをきっちりつけろ!」
最後尾を歩く責任者。
顧問の声が枯れ山に響く。
それに元気に返事をする部員は。
こんな指示聞く必要ないし。
この指示をしっかり守らなきゃいけねえ一年生二人は。
返事をする余裕もねえようだ。
「……俺たちは?」
「何なんだよお前らの体力。超人に教えることなんかなにもねえ。自分のペースで行ってもいいんだぞ?」
「いや、部外者が視界の外に行くのはまずいだろ。先生の並びでいい」
「ゆ、ゆっくりの方が、景色を楽しめる……」
「ああそう。それじゃ、せいぜいあいつらの邪魔にならない程度に楽しんでくれ」
責任者たる先生が。
あごで示す部員二人。
遥か前を先行する何人かとは完全に別行動。
俺たちのちょっと前。
ペースメーカー役の先輩の後を。
喘ぎながらついていく。
「……だが、それじゃあせっかく来てもらったのに悪いかな?」
「だったら登山のルールでも教えてくれ」
「ルール? そんなもんないぞ?」
いやいや。
いっぱいあるだろうが。
立ち止まって、ペットボトルから水飲みながら。
当たり前のように言いやがるけど。
めんどくさがりなのか?
「すれ違う時挨拶したりするだろ? あと、すれ違う時は上りの人優先とか」
「……ああ、なるほどそういうのか。一個だけあるな、ルール」
「一個?」
「そういう知識を周りに押しつけない事がルールだ」
「は?」
なに言ってるんだこいつ。
「危険がねえ用に出来たのがルールなんだろ?」
「危険が無いように余裕がある方が譲ればいいだろ。だったらお前は、あのヘトヘトな二人にすれ違う時挨拶する気か?」
……なるほど。
言われてみれば確かに。
もしも、すれ違う時挨拶するのがルールだって思って。
無理に挨拶して呼吸乱したら危険だし。
周りに迷惑が掛かる。
「上り優先ってのもか?」
「上ってるヤツがこけても被害は自分だけだけど、下ってるヤツがこけたら下からくる人を巻き込むだろうが。だから上にいる方が止まるんだよ」
「そりゃそうだ。……じゃあ、それがルール?」
「だから無理に決めつけるな。決まりだからって、崖っぷちギリギリのとこに止まられたらどうすれ違うってんだよ」
確かに。
なるほど、そういうことか。
「登山は安全第一。登山者は全員が仲間。お互いの安全を阻害するような行動したら叱られるべきだが、それ以外は楽しまなくちゃ。ルールだルールだって、守らねえ人を見てイライラしたり誰かに押し付けられたりで楽しいわけねえだろ」
言いてえことはよく分かるし。
目からうろこな話ではあるんだが。
なんか釈然としねえな。
……それもこれも。
「と、いうルールを、俺がみんなに押し付けてる」
「そんなお前に教わってるから素直にはいそうですかって言えねえんだ」
こいつ、げたげた笑ってやがるけど。
そんなんでワンゲルの顧問なんかやってていいのか?
救急道具すら部員に持たせて。
水を片手に歩いてる先生。
そんな人とくだらない話してたら。
随分秋乃たちと離されちまったから慌てて登山再開だ。
……俺にとって。
登山ってやつは。
自分との対話の時間だと思ってる。
褒美として手にはいるものを考えると。
びっくりするほどコスパの悪い苦痛の時間。
じゃあ、そんな時間を何に使うか。
俺はいつも。
普段考えないようなことを考える。
そしていつしか。
俺の意識は。
最近よく体験する。
トロッコ問題という海を泳いでいた。
「お前はさ。線路の切り替え機の前に立ってたとして……」
気付けば追いついていた秋乃に。
俺は、何となく聞いてみたんだが。
「……って状況だったとしたら、どうする?」
「たつ、保坂君がいない方に切り替える……」
「俺を巻き込むんじゃねえ!」
「危ないよ?」
「そんなとこに俺を置いた本人が何を言う。……だったら、反対側に夏木がいたらどうするんだよ」
「切り替え機、真ん中に合わせて……」
「トロッコ脱線させやがった!?」
俺の呆れ顔も。
前を歩くこいつの目には入らない。
まったく。
そんな大胆な事即答しやがって。
……でも。
即答、か。
兵は拙速を聞くも。
未だ功の久しきを
どれだけ理に適った結論を考え付いたとしても。
それがトロッコの行き過ぎた後なら。
なにも意味がない。
即断即決。
実は、トロッコ問題が伝えたい事は。
そういうことだったりするのか?
「……じゃあ、トロッコにも友達が乗ってたら?」
「こう……、よっこらしょって」
「うはははははははははははは!!! 怪力!」
止まるわけあるかい!
……ああ、でも。
お前ならそうするんだろうな。
恋、友情、勉強、人生。
何を取るか。
何を捨てるか。
すぐに決めねえと。
手に入るものも入らねえ。
それをこいつは。
自分の一番したいように。
自由奔放に生きていくんだろう。
「じゃあ、もう一個」
「うん」
「クリスマス。……どっち取るんだ?」
俺の質問に。
秋乃は、急に口をつぐむ。
……即断即決。
そんなこいつでも。
家族を取るか。
友達を取るか。
決めかねていたようだ。
――同じ日。
遥かな距離。
どちらかを取らなきゃいけないタイミング。
それはまさにトロッコ問題。
そう。
距離が近ければ。
どっちにも参加することができ…………?
「いやいや。お前、前の人に近すぎ」
よく見てみれば。
こいつ、前の人に掴まって歩いてねえか?
「そう……、ね?」
「そうね、じゃなく。リュック引っ張ったりして、鬼か」
「い、いや! 違うんだ!」
ぜえぜえと。
息を弾ませながら立ち止まって振り向いた同級生。
彼は苦しそうにしながらも。
俺に説明する。
「ま、舞浜さん、アタックザックを下からもち上げてくれてたんだ」
「え?」
「た、助かるけど、もう大丈夫だから! ありがとうな!」
秋乃に頭を下げた彼が。
再び自分の足元に視線を移して。
黙々と斜面を登り始めると。
すぐ後ろを歩いてた先生が。
俺のザックを下から押し上げてくれたんだが……。
「おお。すげえ楽」
「そして俺はすげえ辛い。……こら舞浜。普通の登山ならいい心がけだが、今日はトレーニングだ。邪魔は許さん」
「ご、ごめんなさい……」
叱られて、しょげる秋乃だったが。
俺は大したやつだと改めて感心。
なんでお前は。
そうやって誰かを助けたがる。
「…………どんだけ体力あんだよ」
「う、運動は得意……、よ?」
そうな。
でも、お前が得意なのは。
他人を思いやることなんだろう。
……じゃあ。
俺が得意なことは?
「なあ、先生。邪魔にならずに手伝えることってあるか?」
「ん? そうだな。体力に余裕は?」
「多分、走れる」
なにもんなんだよとか言いながら。
水を一口飲んだ先生は。
「じゃあ、この先、二つ急カーブ越えたとこに」
「うんうん」
「分かれ道があるから」
「おお」
「そこで立っててくれ」
「うそだろ?」
下を向きながら歩くから、疲れてると分かれ道に気付かないとか。
道標を隠すことになるから立ち位置に気を付けろとか。
何を言われても右から左。
さて、ここで問題だ。
俺の得意なことは。
なんだと思う?
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