みたらしだんごの日


 ~ 十二月四日(金)

   みたらしだんごの日 ~

 ※千里結言せんりのけつげん

  遠くの友と約束した言葉。




「打ち上げと言えば!」

「これでだよな~!」

「じゃ、せーの!」

「「「カンパーイ!!!」」」


 大盛り上がりの三人を前に。

 静かにしながらも、ニコニコと嬉しそうにするこいつ。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 でも。

 熱いお茶を、音もたてずにすするお嬢様も。


 みたらし団子がテーブルに十五皿並んだところで。

 目を白黒させながらわたわたと慌てだす。


「舞浜ちゃん、どしたのん?」

「だ、だって、すごい量……、だよ?」

「え?」

「え~?」


 そして今度は。

 秋乃ばっかりじゃなく。


 俺も目を見開くことになった。


 ……だってその皿。

 四玉刺さった串が三本。


 今、店員さんが。

 テーブルに置いたばっかだよな?


 どうしてお前らの前の皿。

 既に空っぽなんだよ。


「…………ちょっと、もう一皿食ってみろ」


 秋乃が隣で。

 しきりに頷くと。


 パラきけコンビは。

 なにを驚かれているのか分からんとばかりに。


 二人揃って同じ動きで。

 二皿目に手を伸ばして。

 同時に串を掴んで。

 口の前に、横向きに構えて。

 一番手に近い玉に噛り付いて。

 そのまま串を横に引き抜くと見事に全部口の中いやいやいや待て待て。


「物理法則っ!!!」

「もぐもぐ……、なにがよ」

「ごくん。何騒いでんだ~?」


 どうして先に串から抜けた団子が落ちない!?


 そして秋乃。

 拍手で称える案件じゃねえからなこれ。


 俺だけが唖然と見つめるその前で。

 二本目も三本目も。

 あっという間に団子を消す奇術師コンビ。


 俺も真似して団子を咥えて。

 ゆっくり串を引き抜くと……。


 当然。

 手皿にぽとり。


「何やってんのよ保坂ちゃん。そんな速度じゃ落ちちゃうの当たり前よん?」

「ってことは、落ちる前に口に入れてんのか。ああ、なるほど納得納得ーって言うとでも思ったか!?」


 できるわけあるかそんなもん!

 なあそうだよな、唯一の良識派!


 俺は甲斐に所見を求めるべく。

 視線を向けたんだが。


「…………そうだな。初めて見たときには、俺も保坂と同じ顔したもんだ」


 そんなことを言いながら。

 三皿目、最後の串を。


 この不自然極まりない技であっという間に棒だけにしちまった。

 

「なんか、食欲失せた……」

「わ、私も、見てるだけでおなか一杯……」


 学校から駅までの道すがら。

 テスト終わりの打ち上げ会。


 同じ制服姿で満員御礼の甘味処。

 俺たちは、奥の座敷席に陣取って。


 みたらし、あんころ、きな粉の団子。

 ぜんざい、もなか、薄皮饅頭の食べ放題。


 もともと安いこのお店。

 千円じゃ元が取れないからと。

 俺と秋乃は食べ放題にしなかったんだが。


「…………お前ら、三千円分ぐらい食いそうな勢いだな」

「ここぞとばかりにな。デザートにあんみつも付くし」

「どこからがデザートか理解してしゃべってるか、甲斐?」

「お腹いっぱいで、もう入らねえってとこから先がデザートらしい」

「……By、夏木?」

「正解」


 呆れた食欲に圧倒されつつ。

 みたらし団子ばかりよく食えるなとツッコミ入れようと思ったところへ。


「はい! おまちどー!」


 店員さんが。

 ようやく串に刺さったみたらし以外の品をテーブルに置いていった。


「みたらし団子のピラミッドっ!」

「ピラミッたらし団子って言うのよん!」

「さあ~! 食うか~!」


 どうあってもみたらししか食わない気か貴様ら。


 でも、そうだな。

 急いで食った方がいいぞ。

 タレがどんどん下に落ちてくから。


 団子の縁からのったり流れ落ちる黄金色のタレに光が反射して。

 まるでシャンペンタワーのような美しさ。


 そう感じたのは俺だけではなかったようで。

 きけ子が急に騒ぎ出す。


「あ! これ見て思い付いた! 来週のクリスマス会ん時さ、シャンペンタワーやろうよ!」

「クリスマス会? そんなのやるんだ」


 バスケ部とチアの合同とかかな。

 すげえ羨ましい。


「ん? 保坂お前、そんなのやるも何も……」

「立哉は来ないの~?」

「は?」


 なんだよお前ら。

 その意外そうな顔。


 何の話だっての。


「そう言うなって。俺たちの他には西野と最上しか誘ってねえから」

「待て待て。何の話だ?」

「なに言ってんのよ! 保坂ちゃんと舞浜ちゃんは、あたしが誘っ…………、おや?」

「おや? じゃねえよ~」

「てめえ、聞かねえばかりか言うのも忘れるようになるとは……」

「それよりキッカ。舞浜がしょぼくれてるから急いで愛を注入してやれ」


 今ので、俺は話の流れが分かったが。

 こいつは未だによく分からずに。


 自分だけ誘われないのかと。

 しょんぼり肩を落としてる。


「舞浜ちゃん、ごめんね~! 保坂はいらないけど、舞浜ちゃんには参加して欲しいのよん!」

「ひでえ」

「そ、そうなの? ほんとに?」

「もちろんよー!」

「う、嬉しい……」

「そうでしょそうでしょ! ……って! そこまで喜ぶ!?」

「だって……。お友達と、クリスマスパーティー、初めて……」

「うそっ!?」


 そんなに驚くこたねえだろ。

 俺だって初めてだ。


 こいつと俺。

 似たような境遇だったからな。


 友達とのクリスマス会ってものに特別な憧れがあるの。

 痛いほどよく分かる。


 でも、嬉しいからって。

 泣くこたねえだろ。


「た、たとえ幾万の敵が待ち構えていても必ず突破して参加する……」

「大げさね!」

「……お前の場合、ほんとに補習とか追試とかありそうだが」

「こ、孔明の罠……!」

「単に自堕落が招いた結果だろうが」

「じゃあ、来週じゃない方がいいかも……、ね?」


 なんて身勝手な。

 でも、全員揃う日なんかあるのか?


 お茶をすすりながら。

 おそらく幹事であろう甲斐に聞いてみる。


「いつやる予定なんだよ」

「日程調整中だ。でも、来週だと今の時点で全員参加は無理」

「そうなのか?」

「多分、俺たちのうち誰かが補習あるからな」

「じゃあ、再来週にすればいいだろ」


 秋乃も確実に赤点あるから。

 再来週の方が時間取れるはず。


 俺の提案に、秋乃が全力で首肯すると。

 同意しかけた甲斐の携帯が振動した。


「お、西野だ。……ん?」

「あ、返事きてる~。…………げ」

「どうした?」

「再来週は、二人揃って全部NGだってさ」

「ああ、そうなのよん! 十九、二十に学校の関係者招いてクリスマス公演するって言ってたから……」


 まじか。

 でも、そうなると……。


「ないったな。どの日見ても七人中三人はNGって」

「その次の週はどうなんだよ」

「クリスマスの週か? ……お?」

「おお~! 奇跡的に全員OKの日あるじゃ~ん!」

「けど……。キッカ、ここでいいか?」

「うん。いいよん!」


 どうやら日取りが決定したようで。

 俺は予定を書き込んでおこうと携帯を取り出しながら。


「いつなんだよ」


 笑顔の三人に聞いてみると……。


「二十四日の木曜日!」


 …………思わず携帯を落っことしそうになるほど。

 絶望的な答えが返って来た。


「え? 保坂ちゃん、どうしたのん?」

「立哉、どうせ空いてるんだろ~?」

「いや、俺は空いてるんだが……」


 みんなの視線が集中する中。

 辛うじて笑顔の仮面を被って堪える秋乃。


「え? え? 舞浜ちゃん、用事あった?」

「ち、ちょっと考える……、ね?」

「なんだよ~! こっち来いよ~!」

「こら、無茶言うなよ。返事はギリギリでも構わないからな」

「うん……」


 そう言ったきり。

 みんなのはしゃぐ姿を笑顔の仮面越しに。

 黙って見つめ続けていた。



 ――昨日。

 あれだけ楽しみだと話していた。


 親父さんと、家族みんなと過ごすクリスマス。

 千里結言せんりのけつげんを取るか。


 涙を流して喜んだ。


 初めての、友達とのクリスマス。

 近くの友を取るか。



 どっちを取るか。

 決められるはずはない。



 ……これは。


 呼吸を忘れるほど重大な選択だ。

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