下仁田葱の日


 ~ 十二月一日(火) 下仁田葱の日 ~

 ※葷酒山門くんしゅさんもん

  修行の邪魔になるから、酒と

  臭いもんは寺院に入れねえ




 中学と高校の。

 テスト期間の大きな違い。


 高校じゃあ。

 学校に残って勉強してるヤツがかなりいるって事。


 ……そのせいで。


「立哉! 勉強の邪魔だよ!」

「あー、もう! 集中できないからコンビニ行って来る!」

「俺も、弁当食おう」

「……あたしも」


 おそらく朝方までの勉強。

 それの二日目。


 俺の予想通り。

 すっかり目にクマを作ってやがったこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「あ、明日のポイント……。バイト前に……」

「それは今詰め込んでも効率悪い。まだ入りの時間まで時間あるだろ、これ食ってちょっと寝ろ」

「……ふわあ。凄いご馳走……、ね?」


 テスト勉強とバイト。

 頑張ると勝手に決めたのはこいつだから。


 ここまでしてやる義理はねえんだが。


「凄いのよん保坂ちゃん! なにこれ、すき焼き!?」

「立哉~! 俺にも食わせろよ~!」

「お前らは帰れよ」

「あたしのお弁当分けるから!」

「俺のも~」


 テスト期間のお約束。

 俺が秋乃のためにまとめた試験対策ノートを。

 勝手に覗き込む寄生虫コンビ。


 宿主のために準備したメシまで。

 吸い取ろうとするんじゃねえ。


「ねえ、なんで!? 舞浜ちゃんのお誕生日会!?」

「なんで誕生会がすき焼きなんだよ」

「え? あたしんちじゃ当たり前よん?」

「うちもだよ~?」

「なんでだよ」


 鍋から具をよそって。

 秋乃の前に置きながら。


 意味の分からん話をするこいつらに。

 こいつがバイトとテスト勉強両立しようとしてることを教えてやると。


「え~!? 無茶する~!」

「体、大丈夫なの?」

「う、うん……。頑張る……」


 心配してくれたパラきけコンビに。

 秋乃は、苦笑いを返していた。


「まったくお前は。知らねえぞどうなっても」

「だ、大丈夫……。でもこれ、応援、嬉しい……、よ?」

「ああ、ノートか。いつもの事じゃねえか」

「そ、それもだけど……。御馳走……」


 そうな。

 実は、結構悩んだんだ。


 自分じゃあ、勉強する時。

 すきっ腹の方がはかどるんだが。


 でも、何かしてやりたいとも思っちまって。


 世間でよく聞く、勉強してる子供に親が夜食を作りたいって気持ちと。


 それに、いらねえよと文句をつける子供の気持ち。


 この年齢にして。

 両方の気持ちを理解することになった。


 ……今回は、俺の中に眠る。

 親側の気持ちが勝ったせいで。


「ほれ、冷めないうちに食え。二番目に高かった肉だぞ?」

「うん。……うわ、おいしい!」


 こんなことになったわけなんだが。


 正直。

 この、ポイント切り替えの結果。


 トロッコが。

 どっちに走ったのかはわからねえ。


「ほれ、ネギも食え。下仁田ネギだぞ?」

「あ…………。う、うん……」


 どうしたんだろう。

 秋乃のヤツ、一瞬箸を泳がせて。


 なんだか、躊躇しながらネギを口にしたような気がするんだが。


「……まさか。お前、ネギ苦手?」

「そ、そじゃなくて……」

「じゃあ、なに」

「あ、あのね? お父様が連れて行ってくれたお店で食べて、ね?」

「うん」

「この、おっきいネギ、とろっとしてて苦手……」

「うそ」


 とは言いながらも。

 俺も、下仁田ネギなるものを食った事ねえんだが。


 すき焼き用の高級なネギって聞くから買ってみたわけだけど。


 試しに俺も口にしてみると。

 独特のとろみが邪魔して。


 普通のネギみてえに割り下がしみ込んでねえ気がする。


「…………これ。良く焼いてから煮るもんなのか?」

「あ、あの、食べるよ? ごめんね? せっかく作ってくれたのに……」


 そう言いながら二切れ目を口にする秋乃だが。


 お前。

 こういう時にかぶれよ、仮面。


「そんなぶっさいくで言われても」

「ご、ごめんなさい……」

「大丈夫。任せとけ」


 ここしばらく慣らされてきたからな。

 二択って言葉に。


 だったら。

 ちょいと悪だくみに使ってやろうじゃねえの。


 俺のせいで、すっかり昼休み同然になって。

 騒がしくなっていた教室に。


 あくどい……、もとい。

 実に有益な話を持ち掛けてみた。


「おーい! さすがにすき焼きなんてやり始めた詫びだ! 弁当にネギ系のもん入ってるやつ、この高級下仁田ネギとトレードしてやる!」

「え? ほんと?」

「俺食った事ねえんだよ!」

「生姜焼きの玉ねぎでもいい?」

「スープに入ってたネギでもいい?」


 よしよし、食いついてきやがったな?

 多少味がついてても。

 割り下の方が強いから上書き可能。


 俺は、みんなと具材のトレードをした後。

 下仁田ネギが、どれだけ高級かとか。

 適当な有名人の名前出して。

 下仁田ネギ好きって言っていたとか。


 上手いこと情報操作すると……。


「うん! これが下仁田ネギかー!」

「この、独特のトロっとした感じがいい!」

「普通のネギとは別もんだな!」


 よし。

 作戦完了。

 ちょろいぜ。


「さ、さすがにどうかと思う……、よ?」


 秋乃ときけ子はあきれ顔してるが。

 パラガスなんて、全部聞いておきながら下仁田ネギの方が美味いって喜んでんだからいいだろ。


 さてさて。

 それでは、戦利品を見てみましょうかね……。


「うん。玉ねぎと細ネギとニラと……、うわ。ニンニク」

「そ、それ、ニンニクなの? 細井君が置いて行ったの……」


 どういうこと?

 この大量の。

 粒のまんまのニンニク。


 焦げ目がついてるから。

 焼いたものなんだろうけど。

 そのまま食えるんだろうけど。


「…………すげえ数。これを一人で全部食う気だったのか?」

「そ、それで半分なんだって……」

「うそ。……まあいいや。鍋に入れるか」


 葷酒山門くんしゅさんもんとは言うが。

 鍋は寺じゃねえから構わんだろ。


「ニンニクを? それ、困る……」

「ネギの友達だからな。仲間外れにしちゃ可哀そうだ」


 植物には詳しくねえが。

 親戚みてえなもんなんだろ。


 俺が鍋に突っ込んで。

 すき焼き味になったニンニクを、二人の取り皿によそると。


 最後まで悩みに悩んでいた秋乃は。


「ネ、ネギのお友達……」

「だと思う」

「じゃ、じゃあ、友情を取る……」


 きけ子とパラガスの制止も聞かず。

 ぱくりと口に突っ込むと。


「お、美味しい!」


 喜び勇んで。

 俺より沢山食べちまった。



 ……結果、家に帰ってから。



 凜々花が俺から逃げ回るのが楽しくて家中走り回ってたら。



 カンナさんが長ネギ振り回しながら家に怒鳴り込んできた。

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