いいおしりの日


 ~ 十一月三十日(月)

     いいおしりの日 ~

 ※一殺多生いっせつたしょう

  みんなを救うためには

  一人の犠牲もやむなし




 右と左。

 赤と黒。


 どちらを取るか。

 俺たちが悩む姿を。


 ニヤニヤしながら。

 見つめる大人たち。


 彼らから見れば。

 小さな悩み。

 明確な結論。


 長い人生を生きて来たからこそ。

 たった高校生活三年のことで悩んだり。

 無謀な道を選ぶなどあり得ないという。

 そんな物差しを当てた親目線。


 でも、俺たちには。

 高校一年生たる俺たちには。


 この選択が。

 人生のすべて。


 もしも選択を誤れば。

 世界のすべてが閉ざされてしまうのだ。



 ……とはいえ。



「二択?」

「そう! 正直に言うか、適当なことを言うか! 悩みに悩んだけど、正直に言ったんだ!」

「どこが好きかって聞かれたからって。初めてのデートでお尻に惚れましたって言うか普通?」


 大人じゃなくても。

 悩む必要のない二択は。

 この世にいくらでも存在するようだ。



 テスト初日の朝。

 ずいぶん余裕な話で絡んできたのは。


 化学部でおなじみの拓海君。


 成績良いのは知ってるけど。

 ここまでバカとは知らなかった。


 ん? なんか、矛盾してるか?


「しかし、お尻って。恋愛下手とか以前の問題だ」

「ちきしょう……。なあ、舞浜ちゃん! 化学部に入って、俺を慰めてくれよ!」

「まさかと思うが。正直に言うと?」

「毎日放課後、そのかわいいお尻を拝ませて!」


 いらんところで正直な。

 おしり大好き拓海君。


 最近では、パラガスと二人。

 我がクラスを代表する変人コンビと呼ばれているこいつだが。


 テスト前にデートに行って。

 しかも、そんなフラれ方しといて。


 今も、こいつ。

 舞浜まいはま秋乃あきのを。


 引きつった顔のまま停止させるようなこと言いやがる。


「なあ、いいだろ舞浜ちゃん!」

「いいわけあるか」

「立哉には聞いてねえよ!」

「テ、テスト前だから、あがかせて……」

「ああ、そうだな、ゴメン! そんじゃ、また誘うね!」


 いやはや。

 そうでなくても悩ましい問題抱えてるってのに。


 なんて話してきやがる。


「……お前、勉強できたのか?」

「す、少しは……」


 そう言いながらも。

 宣言通り、最後のあがき。


 俺が作った対策ノートに噛り付いた秋乃の横顔に。

 少し疲れの色が見え隠れ。


 先週、OL女からいなくなれなんて罵声を浴びて。

 すっかり意気消沈してしまった王子くん。


 秋乃は、彼女を元気づけようと。

 土日、ずっと話し相手になってあげていたらしい。


 さすがにこれは。

 勉強よりも優先順が高い。


 勉強第一主義な俺でも。

 それくらいのことは分かる。


「わ、私もギリギリだけど、西野さん、テスト大丈夫……、かな?」

「そっちは平気」

「え? ……なんで知ってる、の?」


 それを白状するのは勘弁だ。

 俺は黙ったまま、勉強するよう促したんだが。


 高くついたな。

 情報料。


 ……本件を探るのに。

 適当な知り合い。


 俺は、西野姉に確認しておいたんだが。


 どうやら、王子くん。

 秋乃に感謝して。


 これ以上迷惑はかけまいと。

 日曜の午後から必死に勉強していたらしい。


 で。


 そんな情報料として。

 妙なバイトを押しつけられることになったわけだが。


 それもまた二択。

 これは、やむを得ない出費だ。


「……やっぱ気になる、かな? どうやって知ったの?」

「おい」

「勉強手につかないから、ちゃんと教えて」


 うぐ。

 だが、そうか。


 お前にとっての二択。

 勉強を取るか。

 俺が情報を手に入れた方法を知りたいか。


 後者の方が。

 重要なんだな。


 ……そう考えれば。

 正直に答えてやりたく思える程度には。


 嬉しいぜ。



「西野姉に聞いたんだが、情報代わりに変なバイト引き受けたんだよ」

「変な?」

「ヒーローショーの着ぐるみだ。敵役」

「……へえ、やってみたい。正義役」


 いやいや。

 ヒーローショーって。


 子供向けなんだぞ?


 お前の胸でピッチピチの衣装着たら。



 R-18。



 気付けば、ずっと見つめていたその部分から。

 逃げるように顔ごと窓に向けると。


 やったことのないもの。

 なんにでも興味を示す秋乃が。


 興奮気味にプレゼンを開始する。


「アクション、得意だし」

「向いてねえ」

「爆破装置だって作れるし」

「デパートの屋上で爆破しねえ」

「ロボだって操縦できるし」

「できるわけあるか!」

「悪でエロの保坂君を退治できる」

「うはははははははははははは!!! ってかエロ保坂って呼ぶな!」


 さすがに体ごと振り返ると。

 いつから気づいていたのやら。


 こいつは胸を隠しながらにっこり笑ったかと思うと。


「私も、アルバイト、頼まれてる……、のよ?」


 急に。

 妙なことを言い出した。


 ……優先順。


 最後のあがきの時間をあげたい。

 でも、さすがに気になる。


 ええい、くそっ。


「バイトって、なに?」

「ワンコ・バーガー」

「はあ!?」

「どうしても手が足りないからって、今日から……」

「テスト期間中に!?」


 ああ、そう言えば。

 昨日、凜々花が言ってたな。


 しばらくだれもバイトが来なくて。

 カンナさん、凜々花を働かせようとしてたって。


 でも……。


「なんで断らなかった!?」

「き、気になっちゃうと、勉強どころじゃない……」


 そうか。

 さっき、そんなこと言っててもんな、お前。


 人にとって優先順が違う。

 きっとこいつには。

 バイトしてから勉強した方が身につくだろう。


「だめ……、かな?」

「いや。がんばれよ」

「うん」


 よく見れば。

 いつも真っ白なこいつの肌。


 目の下が。

 少しくすんで見える。


 きっと、王子くんの心配をして。

 カンナさんの心配をして。


 両方の心配事を。

 すっきり解決した後。


 朝まで勉強してたんだろう。



 改めて、大したやつだと感心してると。


 秋乃に抱き着いてから席に着いた王子くんを含めた。

 遅刻すれすれ組が教室に駆け込んできて。


 その後から。

 新任の、元気な女性の先生がテスト用紙を胸に抱えて入室してきた。


「ああ、まだ時間あるからあがいてていいわよ! あたし、遅刻とかしないように早めに来ただけだから!」


 でも。


 みんなに、元気に声をかけた先生が。

 クラスの様子を見て、眉根を潜める。


「……なんか、鬼気迫るものがあるわね。リラックス! リラックス!」


 言いたい事は分かるけど。

 うちのクラスだけ、そうもいかねえんだ。


 赤点を取ると留年。

 担任にはっぱをかけられて。


 それを、ほとんどの奴が鵜呑みにしちまってるからな。


「ちょっと、聞いてる!? リラックスしなさいって!」


 黒板に、テストの時間割を板書していた先生が。

 振り返りざまにムッとするんだが。


 そんな先生に声をかけたのは。

 拓海君だった。


「先生、いいこと言った!」

「でしょ?」

「俺もリラックスしたいから、後ろ向いてくれ!」

「え? ……え?」


 おどおどしながら、再び黒板の方を向いて。

 先生がお尻をこっちに向けたと同時に。


 俺たちが一斉にあげた叫び声。



「「「見境なしか!!!」」」



 全員そろって。

 呆れかえって。

 肩から脱力。


 ある意味。


「……先生のおかげで、みんなリラックスできたよ」

「え? え? 背中に何かイタズラされてる!?」


 俺たちにいぶかしげな視線を投げながら。


 上着を脱いで、スラックスの後ろをしきりに確認する先生。


 ……うん。

 今、あんたが見てるところが正解だ。


「す、すごい。わざと犠牲になって、みんなをリラックスさせるなんて……」

「拓海君、一殺多生いっせつたしょうなんて思ってねえと思うぞ?」

「わ、私も見習わないと……」


 いつものように。

 わたわたと机の中からガラクタを取り出して。


 ネタを披露しようとしてる秋乃。


 こいつなりの正義感か。

 正義の味方、演じてみたいって言ってたもんな。


 ぴちぴちのスーツ着て。

 正義の味方。


 ……ぴちぴちのスーツ着て。



 …………ぴちぴちの。



「ね、ねえ。たつ、保坂君は、どうすれば試験に集中できる?」

「…………じゃあ、一つ分席を後ろに下げろ」


 多分。

 試験中もそっち向いちまうから。

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