いいチームの日


 ~ 十一月二十六日(木)

      いいチームの日 ~

 ※竊鈇之疑せっぷのぎ

  はなから疑ってかかると、

  確証が無くても疑わしく見える




 テスト一週間前。


 世間一般では、勉強以外のことが妙にはかどると言われる期間。


 遊び道具を探してさまようみんなの前に。

 つい昨日、この上ないエサがばらまかれた。


「最上! 年上彼女とか羨ましいぜ!」

「姫くんにも、ついに春到来ね!」

「俺も年上好きなんだ! 彼女の友達とか紹介してくれねえか?」


 額に血管を浮かせるほど怒っているのに。

 それをなんとかこらえる姫くん。


 でも、姫くんを囲む池のコイは。

 もっとエサをよこせと次々に口を開く。


「……鯉センサー、便利だな」

「そ、それは精密機械だから振り回さないで欲しい……、な」


 なにを計測しているのやら。

 恋を検知するという得体のしれない棒を振り回して。


 鯉を追い払う俺の袖を。

 弱めに引っ張るこいつは。


 舞浜まいはま秋乃あきの


 文句を言いながらも。

 強く俺を止めないそのわけは。


 こいつも姫くんのことを。

 心配していたからだろう。


「やれやれ、助かった……」

「災難だったな、姫くん」

「冗談じゃない。全部今野先輩のせいだ」


 苦々しい顔をして。

 ため息をつく姫くんだったが。


「でもさ。ちょっとしか話してねえけど、いい人だよな?」


 俺が王子くんに話を振ると。

 彼女はそうなんだけどねと。

 苦笑いで振り返る。


「確かにいい先輩だよ? 顧問の先生が勘違いして一年生部員みんなを叱ったことあったんだけど、必死にかばってくれたんだ」


 さもありなん。


 優しいし。

 OL風の見た目通り。

 しっかりしてる人。


 一緒に立たされている間に。

 俺はそんな印象を得たんだが……。


「でも、あれだけ大人なのに」

「あっは! 姫リンゴの前だと積極的な子供みたいになるんだ!」

「誰が姫リンゴだ!」

「いたっ!?」


 いつもの、大げさなモーションの割に痛くもなんともない拳骨で。

 

 姫くんが王子くんを殴ったところで先生登場。


 騒ぎはお開きとなったんだが……。


「こら。お開きだって言ってるんだ」

「で、でもね? 最上君を元気づけないと……」


 ぐったりするお隣さんを。

 なんとか癒やしたかったんだろう。


 秋乃は、わたわたしたかと思うと。

 カバンから木製のハンガーを取り出して。


 端っこに輪ゴムをタバで引っ掛けて。

 グイっと引っ張って逆の端に渡して。


 先生の後ろ頭を目掛けて。

 吸盤付きの矢を番えて発射すると。


 ちょうど黒板に書き終えた。

 『金の王冠』という言葉の、三文字目。


 うまいところにぴこんとくっ付いたものだから。


「「「どわっはははははははは!!!!」」」


 俺を含めた、クラスの七割方の連中が。

 腹を抱えて大笑い。


 さすがの先生も。

 今日は秋乃に雷を落とすと。


 盛り上げ上手のお嬢様は。

 大人しく廊下へ出て行った。


「あっは! なんてミラクル……! でも、姫ぽんを元気づけようとして立たされちゃって。かわいそう」

「……こら、西野。女子は分かってても笑うな」

「おや? 女子扱い? 今日は王子扱いしないんだね?」

「王子ならなおさら! 下ネタで笑うな!」


 ごもっともな言葉と共に。

 再び痛くもなんともない拳がゴチン。


 そんな騒ぎを起こした二人も。

 廊下へ連行されると。


「ねえパラガス。今の、なにが面白かったの?」

「まじかよ夏木~」

「教えなさいよ」

「王の字、あそこに点打ったらなんて字になる~?」

「…………あ、分かった! タマ! タマだよね、タマ!」


 続いて、たまたま連呼して。

 クラス中のみんなの肩を揺すらせたピュアな子供を。


 真っ赤な顔した甲斐が廊下へ連れ出した。


「……俺も立って来る~」

「まじか」


 そして、先生の仁王像みたいな視線に耐え切れず。

 パラガスが廊下に出ると。


「うわ」


 前、横、斜め。

 すっからかんになっちまった。


「さすがに居心地悪っ!!! そんじゃ、俺も……」

「廊下に出る事まかりならん」

「いつものチームメンバーで、俺だけ裏切り者ってのも困る」

「ダメだ。座っとれ」

「普段は何が何でも立たせるくせに! ようし、かくなる上は……」


 俺は、考え付くだけの罵詈雑言を浴びせ続けて。


 おでこへのチョークの直撃と共に。

 廊下行きの切符を手に入れた。



 ~´∀`~´∀`~´∀`~



「姫にゃん、こんちゃん先輩と付き合うの?」

「だれが姫にゃんだ!」


 ……立たされることの美学。

 お前らは分かってねえ。


 そんな大騒ぎしねえで。

 落ち着いて、窓の外の景色を眺めて。


 自分の中にいるもう一人の自分と対話するのが。

 立たされ道。


「俺は芝居のことで忙しい。誰とも付き合わねえ」

「それでもいいって感じだけどなー、こんちゃん先輩」

「そうは言っても、相手にしなきゃうるさいだろう、女って生き物は」

「……確かにな」

「分かる~」

「ぎゃー!」

「ぎゃー!!」

「ぎゃー!!!」

「………………ほら」


 立たされてるというのに。

 しゃべりっ放し。


 そんなことではいかんよ君たち。


「お前らちょっとは静かにしろよ。テスト前だってのに、職員室送りになるぞ?」

「お? さすがは立たされのプロだな」

「含蓄ある~」

「だから黙れって。テスト勉強の時間が減っても平気なやつ、ろくにいねえじゃねえか」


 揃いも揃って赤点の常習者。

 なんで俺、こんな連中とつるんでるんだろう。


「まあ、確かに。勉強しねえと」

「優太~! 裏切るなよ~!」

「そうよ優太! 裏切りは許さないわよ!」

「まあ、でも。あれの後で、な」


 そんなことをつぶやく甲斐だが。

 バレちまうだろ。

 タイミング考えろ。


「ああ、あれか~」

「そ、そうね……」


 全員が、曖昧に目配せしていると。

 甲斐の企みを知らないきけ子が。


 当然のことを言い出した。


「何の話? 教えてよ優太」


 ……バカだな、甲斐よ。

 お前の迂闊が招いたことだ。


 自分で何とかしろよ?


「……言えねえ」

「言いなさいよ!」

「それは無理」

「優太、何でも話してくれるって言ってたのに!」

「悪い話じゃねえから」

「ウソよ! 絶対悪い事考えてるんでしょ!」


 竊鈇之疑せっぷのぎ

 甲斐が、どうフォローしようが。


 きけ子の疑いが晴れることは無い。


 そのうち、目に涙溜めながら。

 すげえ落ち込んじまったけど。


 ……明日まで。

 きけ子をこんな気持ちにさせといていいのか?



 でも、話したら。

 こいつを喜ばせるための作戦がパーになる。


 でもでも、話さなければ。

 こいつが悲しいままなんて。

 本末転倒。



 これは、呼吸を忘れるほど重大な選択だ。



「あ……」


 徒手空拳。

 なんの策も無しに喉から絞り出した声。


 それを。


 甲斐の、盛大なため息が掻き消した。


「……しょうがねえな。キッカ、はっきりとは言えない。だが、保坂と二人で企んでることがあってな?」


 ん?

 俺と?


「……なに?」

「だからはっきり言えないって」

「言いなさいよ」

「ちょっと、エロい話だから」

「お、おぅ……」


 こらてめえ!

 なに言い出してんだよ!


 でも、下手に反論したら。

 せっかく話を信じたきけ子がまた疑い持っちまう!


「う、浮気とかじゃないよね?」

「お前が、男性アイドルをきゃーって見るのと同義」

「な、なるほど……。なんとなく、わかった」


 ひでえなこの野郎。

 あとで覚えてやがれ。


 怒りに震える俺をよそに。

 みんなは、ほっと胸を撫でおろしていたんだが。


「や、やっぱりエロ保坂くん……、なの?」


 こら秋乃!

 信じるなって!

 でもそれを言えん!


「哉の字、エロって入ってるからもしやって……」

「ヒトの名前酷く言うな!」

「ああ、なるほど」

「え? どういう意味? 教えなさいよパラガス」

「立哉はエロいって話~」

「てめえら揃いも揃って! 言うぞ!? 全部ぶちまけるぞ!?」

「こら貴様ら! お前ら全員、放課後職員室に来い!」



 ……結果。

 俺の言った通りになっちまった。



「さすが第一人者……」

「さすがプロ……」

「さ、さすがエロ保坂君……」

「お前ら、ほんと覚えてろよ?」



 まあ、それも。

 明日のパーティーの後で、な。

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