OLの日
~ 十一月二十五日(水) OLの日 ~
※
主義主張がくっきりはっきり
「センサー、できた」
「勉強しろ。…………眉根寄せんな」
ほんとに試験前って分かってるのかどうなのか。
勉強嫌いなこいつは。
どうしよう。
先生の言葉、借りてみるか。
「赤点取ったら留年するって、先生言ってたろ」
「うそ」
「ほんと」
まあ、そこまで乱暴な話はねえ。
先生なりに、はっぱかけただけだろうけど。
それでもこいつには。
効果てきめん。
「ど、どうしよ。勉強時間、足りない……」
「ははっ。一週間前に戻りたいとか?」
「二学期の初めに……」
「おい」
冗談じゃねえ。
二度と文化祭の監督なんてやらねえからな?
「ほ、ほんとに留年?」
「聞いとけよお前は。夏木か」
「呼んだ?」
ああ、悪い悪い。
ついお前の名前使っちまったぜ。
「秋乃のやつ、次の試験の説明聞いてなかったらしい」
「え? また試験あるのん? いつ?」
「お前は生まれて来た辺りからやり直せ」
そりゃあるだろうよ期末。
聞いてねえ以前の問題だ。
「それより、ねえ舞浜ちゃん。センサーってなに?」
そっちは聞いてるのな。
お前の耳の優先順位。
意味分からん。
「こ、これ……」
「おお、それね。朝から気になってたのよん!」
リュックサック型になっていて。
背中に背負って持ってきた怪しい機械。
でもさ。
今時、温度なんてシャーペンくらいの機械で測れるだろうよ。
「ごついっての、温度センサー」
「ううん?」
「なんだ。じゃあ、魚センサーか?」
「ううん?」
「じゃ、何が出来たんだよ」
「恋センサーができた」
「は?」
コイ?
どっちの?
そんな質問する間もなく。
興奮しながら食いつくきけ子。
「スイッチ入れてスイッチ入れて!」
鈍い駆動音をあげた機械から伸びた、ライフルの銃身みたいなセンサーを受け取ると。
右へ左へ。
あっちゃこっちゃ向けてるうち。
隣に座る王子くんへかざした瞬間。
ビー! ビー! ビー!
「うわっ!? 音が大きい!」
「うるさいぞほさ……? 何をやっとるか夏木!」
先生による誤爆は回避できたが。
こいつは爆撃されてもただじゃ済ませねえ。
……とばっちり食わねえように黙っておこう。
「あたしは今、勉強より大事なものを探してるのよん!」
「その棒でか? なにを探しているんだ?」
「恋です!」
きけ子の返事と同時に派生した二つの現象。
前側の扉の横。
甲斐が、目を見開いてがたっと立ち上がると。
後ろ側の扉がガラッと開き。
ずかずかと教室に入ってくる二年生。
……いや?
「だれだお前!?」
なに?
その棒に呼び寄せられたの!?
一年生の教室。
その授業中だというのに。
大人びた、OL風の顔だちと身のこなし。
スーツが似合いそうな先輩が、こっちに向かって歩いてくると。
王子くんが天を仰いで。
珍しく力のない声でぽつりとつぶやく。
「あっは……。凄いよ、こんちゃん先輩……」
「演劇部か?」
「うん。今野先輩」
今野先輩と呼ばれたOL女。
俺たちのやり取りも意に介さず。
秋乃の隣。
姫くんの席でぴたりと止まる。
その瞬間。
聞こえるはずもないハイヒールの踵の音が聞こえた気がした。
……なんだろう。
姫くんに文句でもあるんだろうか。
でも、そんな心配をしていた俺は。
OL女が急に表情を柔らかくさせて。
とんでもないことを口にしたせいで。
背筋に冷たいものが走った。
「最上君、テスト前でしょ? 勉強見てあげるって約束してたから来ちゃった!」
来ちゃったって何!?
しかも、その態度の変わりよう!
女子のリバーシブル対応。
日向さんで見慣れてるって思ってたけど。
OL女の方が何倍も怖い!
「……頼んだ覚え無いが」
「そんなこと言わないでよ最上君! 席、空いてないの?」
「空いてるわけないだろう」
「あ! 西野! あんたなんで最上君の前の席なの!?」
「あっは……。なんでって言われても……」
「ちょっとどきなさい!」
OL女に言われるがまま。
王子くんは席を立って、俺と秋乃の間にエスケープ。
するとOL女は嬉々として王子くんの席に座って。
勉強の押し売りを開始した。
「……すげえな」
「せ、先生も、怒るの忘れて惚けてる……」
「あっは……。ここんとこ、ずっとあんな調子でね……」
「恋愛ドラマとかだとよく見かける、主人公にまとわりつくライバルOLさんっぽい感じ」
「主人公にばっさり切り捨てられて、最後に逆恨みするタイプかい?」
「ひ、ひどい……」
俺たちの悪口も。
馬耳東風。
そんな、我が道を行くOL女。
恋センサーは。
こいつに反応してたのか?
しかし、姫くんは心底嫌がってるけど。
めちゃくちゃだけど。
押し掛け女房的なOL女。
ここまでまっすぐだと。
なんとなく応援したくなるから不思議。
「ねえ、そんでね? 前にも話したけど、最上君、彼女いないんだよね?
「何度も言うが、俺は恋愛とか面倒なんだ。芝居の邪魔になることはしたくねえ」
「お芝居の邪魔する気はないから! あたしと付き合って!」
これには教室中の男子が一斉に立ち上がり。
女子一同はキャーとか言って盛り上がる。
でも。
姫くんの答えは。
「だから嫌だと言っている。女がそう口にするのは、最初の三か月だけに決まってるしな」
大方の予想通り。
ばっさり一刀両断だった。
……そんな返事に。
のけ反って苦しんだOL女。
でもそれも一瞬の事。
めげずに勉強の押し売りを再開した。
「こ、恋のお手伝い、してあげたい……、ね?」
ね? じゃねえ。
なに言ってんだ秋乃。
今はテスト前だし。
それに。
さっきの返事で。
火を見るより明らか。
二人の希望が。
重なり合う点なんかどこにもねえ。
……でも。
お前は、引く気ねえんだな?
それほどOL女の一途さが気に入ったんだな?
「むむむ……」
これは、呼吸を忘れるほど重大な選択だ。
OL女を手伝うのが正しいのか。
姫くんを助けるのが正しいのか。
俺が、ここ連日身に降りかかる二択に唸り声をあげてると。
ようやく、山が動いた。
「……今野」
「あ、先生! お気になさらず、授業続けてください!」
「お気になさずにいられるわけあるか!」
「安心してくださいって! あたしは授業聞かなくても大丈夫! 黒板に書いてある問題なんて超簡単!」
「当たり前だ! 立っとれ!」
「うはははははははははははは!!! この人面白い!」
二年生にとって。
一年生の課題なんて簡単に決まってる。
俺は思わず腹を抱えて笑っちまったんだが。
まあ。
そうなるわな。
「貴様も立っとれ」
……
こんな人なら。
二択に悩むことはないんだろうな。
俺はいつものように席を立って。
OL女の首根っこを掴んで。
ずるずる引きずった。
「ちょっと何すんのよ!」
「立ってろって言われたろうが」
「先生! こいつじゃなくて最上君がいい!」
「うるさい」
「うるせえ」
そんな先輩との、廊下での会話は。
意外にも盛り上がった。
……なんだ。
いい人じゃん。
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