第5話



 荒廃した環境を改善するべく方法を模索しつつ、やってくる人間を追い払う日々が始まってからどれくらい経ったのかは覚えていない。


 昼夜の区別なく、我輩が本当に困るという時機にやってくる人間の相手をすることに加えて、どのような方法であればこの場所をよりよい状態にできるのかについて考える毎日であったからだ。


 ……最初のうちは、むしろ負債が増える一方であったな。


 修復など夢幻のごとく遠いものであり、実際には戦闘の余波で破壊された木々を片付けたり、掘り返された地面を整地する暇さえなかった。散らかった場所をさらに散らかすような有様だった。


 ……しかし、何事も続けていれば分岐点というものが見えてくるものである。


 転換点が訪れたのは、足りない手を補うための方向性を固めた瞬間だった。





 試行錯誤の当初から、物理的に手が足りないのだから増やせばよいという方向で模索していたわけだが。具体的にどのような方法と形で実現するのかについて大いに悩んでいたものだ。


 ……元より竜という身体は、その構造上作業には向かぬ。


 でかい図体は他者を圧倒する上ではこの上ない利点であるが、今回やろうと思っている作業の対象は自分よりもはるかに小さく繊細なものだ。


 なんであろうと喰らう強靭な顎、砕き裂く爪、強靭な体躯。

 そのいずれも役に立たないということになる。


 ……つまり、我輩をそのまま増やしてみただけでは何の意味もないということだ。


 もっとも、これが修復作業をするだけであればそんなに難しい話にはならなかっただろう、とは思う。


 細かい作業に適しているだろう、人間の手と同じ構造を造るだけなら容易いからだ。


 ……だが、それだけでは足りないのだ。


 現状の問題を解決するために必要なことは、人間の撃退と環境の修復、そのふたつを両立することであって、作業が可能になるかどうかではない。

 

 ――何を造ればよいのだ。


 解決策を見出せず、ひたすら悩む毎日だった。


 人間の撃退回数は十を超えたあたりから数えるのをやめてしまったが、戦闘の間隔が短くなったときに、周囲の荒れ具合がますますひどくなっていく様子を見て、そもそもこの場に留まる選択そのものが間違っていたのではないかと後悔した瞬間は今でも鮮明に思い出せる。


 何もかもを覚えている。

 その後悔を抱いた時間が朝であったか、昼であったか、夜であったか。

 そのときの光景も、そのときの思いも全てだ。


 ……そのたびに心が折れそうになっていたな。


 そのまま折れてしまってもよかったのかもしれないけれども。

 光明を得られたのは、その日々があったからに他ならない。


 まず最初に理解したことは、


 ……我輩のでかい図体で暴れるから被害が大きくなるのだ。


 という事実だった。


 次に思いついた内容は、


 ……同じ大きさなら被害が小さくできるのではないか?


 という気付きであった。


 ――ならば、人を造ればよいのか。


 馬鹿な発想だが、それこそ唯一無二の正解だったと確信した。


 ――それでは結局、頭が足りぬだろう。


 ……否、戦闘に頭など要らぬ。


 仮に魔術を用いたとしても、身体の構造という物理的な制限がある以上は、ある姿勢から為せる行動は制限される。限定される。


 戦闘行為のすべては、突き詰めれば最善最適を選ぶ反射であるがゆえに。


 数える気すら起きないような、意識が遠くなるほど多くの条件付けさえ出来たのならば。

 何が相手であろうとも、被害を抑え込む結果が生み出せる現象が生じることとなる。


 ……結局のところは、代わりの頭を生み出すようなものだが。


 "自ら考えて行動する生き物を作ること"と比べれば、"条件反射を蓄積する作業"は現実的に可能なことだろうと感じる表現だったし。

 少なくとも、そこからの毎日がただ損なうだけにはなっていないと、言い訳が出来るだけマシだった。


 それに、


 ――それは、決して出来ないことではない。

 

 そう思った。


 だから、我輩は迷わずその目標に向かって突き進むことを決意した。


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