第4話



 解決することが困難な問題を前にしたときほど、頭を使うことはない。


 そして、頭を使って疲弊したときこそ、普段であれば考えが及ばないところにまで思考が飛躍するものでもある。


 ……我輩が解決するべき問題はふたつある。


 ひとつめの問題は、もはや妄想といっても過言ではない思考回路でもって弾き出された思い込みでこちらを滅ぼさんとする、一人の人間をどう扱うべきかというものであり。


 ふたつめの問題は、そんなはた迷惑極まりない人間に対する行動選択を誤った我輩のために破壊されてしまった環境をいかにして改善するかというものである。


 ここで面倒な点は、ひとつめの問題に対応した場合に、ふたつめの問題の解決が難しくなるという点にあった。


 命を奪わんとこちらに立ち向かってくる人間に対応すれば、当然のように周囲の環境に影響が出る。


 ……我輩の図体はでかいものなぁ。


 全力で応じなければ死ぬような状況である。

 そこで周囲の環境に配慮をする余裕などあるはずもなく、暴れてしまえば、その動いた範囲の中で我輩よりも弱いものは全て壊れてしまうことだろう。


 だからと言って、逃げ出してしまうのも都合が悪い。


 我輩がここから逃げ出してしまえば、この場所がこれ以上に荒廃することはないが。

 それは我輩の手によって損なわれたものがそのままの状態で放置されることを意味している。


 ――それは負けに等しいのではないか。


 そんな言葉が頭を過ぎるのだ。


 逃げを選択し、心残りと言うべきか後ろめたさと言うべきかわからない――ひたすらに心を苛むような後味の悪さを抱えて生きていくことに納得できないからだった。


 つまり、


 ……本当のところは、我輩の意地によって難しくしている部分が大きいのだろう。


 まだ幼いということでもある。


 生まれてそんなに経っていないのだから当然のことではあろうだろうと、強く思う。

 一方で、未熟で幼いという事実を、言葉で知った気になっている程度の自分にうんざりしたりもするのだが。それは置いておこう。


 ……いま直視するべきことは、我輩自身が何を望んでいるかである。


 だから望みを言葉として形にする。


 逃げたくない。何もせずにこの場を放置して去ることはしたくない。

 負けたくない。何もせずにあの人間に背を向けることはしたくない。


 全ては己が己であることを誇るために、だ。


 ……なんと自分本位なことか。


 だが、それが我輩という自我なのだ。

 受け入れよう。


 ……では、解決するためにはどうすればいいのだろうか。


 ふたつの問題は連続している。

 どちらかひとつの問題に対応すれば、残ったひとつの問題を解決できなくなっている。   


 ――それはすなわち、現状では手が足りていないということである。


「……っ!」


 その言葉を思い浮かべた瞬間、もやもやとした暗雲で覆い隠された思考の中を真っ白にするような光が走ったような錯覚を得た。思わず声もあげてしまった。

 

 そうだ。

 我輩一人でふたつの問題に同時に手を出そうとしているから行き詰るのだ。


 ……だったら、もうひとつ手を増やせばよいではないか!


 それが叶う手段を、我輩は既に知っている。


 ――魔術だ。


 魔術は魔法という奇跡――なんでもありと言い換えてもいい――に近付かんとする狂気の沙汰といってもいいものだが、努力さえすれば考えつくことを実行できるという技術でもある。


 ……人間ごときに使えるものが、竜に使えぬはずもない!

 

 その結論に至ったとき、すべてを解決する妙案を思いつくことができたと確信した。




 ……その瞬間だけはな!


 どうしてそんな面倒な手段を考えてしまったのかと、後になって悔やむことになったのは当然の帰結である。


 我輩、生まれたばかりの割に知識だけは豊富にあるものの、実践経験皆無なのだ。


 あっさりと望んだことを叶える術を導き出せるはずがなかった。

 

 ――ゆえに、それから地獄のような毎日が始まったわけだ。


 その地獄を少しだけ具体的に説明するならば。


 頭の中に詰め込まれた情報を元に手を増やすための手段を模索し、その手段を実験と称して実践しつつ周囲の環境を少しずつ改善する一方で。

 その改善したかもしれない環境が、何度追い返そうとも懲りる様子もなくやってくる人間との争いによって再び荒地に戻るというものだった。


 二歩進んで三歩戻るとでも言えばいいのだろうか。

 そんな経緯でもって、穴を掘っては埋めるような、手応えを感じられない日々がしばらく続くことになったわけだった。



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